第14話 っ〜〜〜…時任くんのばか!!!!!!
「時任くんのクラスは、どうだった?」
生徒指導室から出てすぐに天童さんが心配そうに声をかけてくれる。
朝はあんなに楽しそうだった彼女も、今はあまり楽しそうじゃない。
「やっぱりそれなりに向けられる視線は多くなったかな」
今まではみんな僕のことに注目することはなかったけれど、今回のことで完全に悪目立ちした形になってしまっている。
ほんの昨日まではそこら辺にいる一般生徒だったのに、今では学校の有名人だ。
「…つらくない?」
天童さんは暗い顔で聞いてくる。
自分のせいで大変なことになってしまった。
もしかしたらそんな風に感じているのかもしれないけれど、彼女と一緒にいることを選んだのは僕だし、なにより彼女に責任があるはずもない。
「僕は今のところ平気だよ。クラスのみんなの視線は多少痛いけど、光輝は事情を知ってるし、他にも僕のことを信じてくれてる人がちゃんといるから」
クラスの中だと光輝と早乙女と和泉の三人だけだけど、いるってだけでも心強いものがある。
その他だと僕の姉さんも味方か。非常に過激な味方だけど、それはそれで心強い。
「そっか…よかった。でも、これって私のせい、だよね?」
悲しそうに呟いたその言葉に息が詰まるような感覚を覚える。
話すようになってから初めてみる辛そうな姿。
いつもはきらきらしていて、まるで花のように笑う彼女。付き合いはごくわずかだけれど、そんな輝いている彼女を知っている僕からすれば、今の状況はとてもではないけど看過できない。
犯人をどうするかまではまだ考えていないけれど、まずは見つけて彼女に謝罪をさせる。話はそれからだろう。
「天童さんのせいじゃないよ。悪いのは君じゃない」
「そうかな…?」
涙が滲んだ声で言う。
「そうだよ」
悪いのは彼女に対して間違ったアプローチをしている人物であって、彼女自身には決して責任はない。
一体誰がこんなことをしたのか。その目星はついていないけど、ヒントはあった。
僕のことを、『人を脅す卑怯者』と称した部分。
清水先生は僕が天童さんを脅していたと勘違いしていたようだけど、それは間違っている。おそらく間違っている推理を聞いたか、誰かに
『時任は天童のことを脅して無理矢理一緒にいる』
そんなようなことを言われ、女子がそんな風にされているのは見過ごせないと正義感を発揮した結果がこれ。
悪い先生ではないのかもしれないけど、今回は合わなかったようだ。
ここら辺を探ったら清水先生は他にも何か出てきそうな気はするけどそんなことする必要はないだろうなあ。余計なことには首を突っ込むまい。
「そうだよ。だから天童さんは心配しなくても大丈夫」
僕が全部なんとかするから。
そんな決意を込めて天童さんに告げた。
僕がそう言うと、天童さんはぴたりと泣き止んだ。
俯いてしまって僕からは顔が見えないけれど、なんだか心なしか肌寒くなってきたような。
怖い映画を観た夜に、映画に出てきたお化けが出てきそうな、ありえないけど否定しきなくて想像してしまうような恐怖感が込み上げてくる。
「心配しなくても大丈夫…?」
感情のこもっていない声。一瞬彼女が話しているのかどうかわからなかった。
今の声は本当に彼女が発したものなのだろうか。
いや、僕はこれによく似た声をごく最近に聞いている。
近藤さんにレンタル彼女と言われた時にもこんなような雰囲気だった。
「え?」
「心配しなくても大丈夫なわけないじゃん!」
顔を上げたと思ったらぐっと詰め寄ってくる天童さん。まつ毛が数えられそうなほど距離が近い。
綺麗な瞳だなあと見当違いなことを考えてしまう。
近藤さんの時と違うのは、彼女の目には溢れんばかりの涙が溜まっていること。
「私のせいで時任くんが困ってるのなんてわかりきってるもの! 鈍い私にだってわかるよ!
初めて会った時から時任くんは変に心配かけないように誤魔化すようなことばっか言って! 心配するなっていう方が心配するの!!
っ〜〜〜…時任くんのばか!!!!!!」
結構な大声で話し、天童さんは行ってしまった。
瞳から堪えきれなかった涙を流し去っていった彼女の姿を僕は見ていることしかできなかった。
♢
昼休み。今朝の話を聞こうと集まってきた光輝と早乙女と和泉。
いつもは光輝と二人でご飯を食べているけれど、今日は早乙女と和泉もやってきた。多分、クラスで浮いてしまっている僕への配慮なんだろうな。
「で、お前そっからどうしたの?」
「うーん…」
開口一番に直球を投げてくる光輝。
僕は購買で買ったパンの袋を開きながらどう答えたものかと悩む。
光輝が胡乱げな目で僕を見る。
その顔は僕がどうしたかわかっていて聞いてるな。
僕は言い淀んだ。天童さんが泣いてしまったことを言うのは良くないとわかっていた。
先生たちとのやりとりは話しても問題ないし、なんなら犯人を見つけるのに協力してほしいとさえ思っている。
僕が返事に困っていると、光輝はやれやれと頭を振った。
「ああ、みなまで言うな。わかってるよ。どうせ普通に教室に戻ってきたんだろ? 授業もあるし〜って」
「普通にっていうか、清水先生には僕が本当に痴漢したんじゃないかって疑われてたよ。佐藤先生は信じてなくて、とりあえず事情を聞きたいって感じだった。そのあとは…」
思い起こされるのは去り際の天童さんの姿。
怒っていたかのような、悲しそうだったかのような。ごちゃ混ぜになった感情を彼女自身も理解できていなくて困惑ていたのかもしれない。
「…お前、なんかあっただろ?」
明るい雰囲気から一転、真剣な顔になる光輝。相変わらず察しがいいことだ。
あの時、僕の何が悪かったのかを考え続けている。
僕としては天童さんに心配をかけまいと思って行動していたつもりなんだけど、天童さんはそういうことを求めていたわけじゃなかったようだった。
「…まあ、その通りなんだけど」
「お前わかりやすいもんな。話せよ、力になれるかもしれないぜ?」
「うん。実は…」
そう切り出して僕は生徒指導室を出てからの天童さんとの事件をかいつまんで話した。
落ち込んでしまっている彼女を心配させまいと、彼女には気にしなくていいと伝えたこと。
すると彼女が目に涙を溜めて怒って悲しんで、肩を怒らせて先に行ってしまったこと。
自分はそれを見ていることしかできなかったこと。
「…どうかな? 僕はなにも変なことは言ってないとは思うんだけど…」
「まあ…うん、まあな? 変なことは言ってないな。
でもそれはお前が考えていたことを聞いた俺らだからわかるだけで、それだけ聞かされた天童の身にもなってみてやれよ」
呆れている光輝。和泉は信じられないといった様子で僕のことを見ていた。早乙女は特に何をいうわけでもなく弁当をぱくついている。本当にマイペースだよね。
「もし私がそんなこと言われたらブチギレるわね。天童さん、優しいのね。手が出ないなんて」
神妙な顔で頷いて弁当を食べ始める和泉。
「どうしてさ?」
「心配かけまいと相手のことを思いやって行動することと、あなたは関係ないって言われることとは違うもの」
「…僕、そんなこと言ったかな」
全然そんなつもりはなかったんだけどな。
「…はあ。『天童さん“は“心配しなくても大丈夫』。時任くんはそう言ったのよね?」
「うん」
「それは、言われた側にとっては『あなたには関係ない』って言われているのと同義なのよ。特に“は“って言ったのは良くないわね」
「どういうことなの?」
「…神谷くん、頼んだわ」
「悪い。俺にも手がつけられないわ」
「要するに」
ここまで沈黙を保っていた早乙女が口を開く。高校生の男子が食べるにしてもいささか量の多い弁当の中身は既に空っぽになっていた。
これまで静かに聞いていた早乙女だけど、それは話すのが面倒なだけで頭の中では人一倍考えているタイプだ。
きっと今も話を聞きながら何かを考えていたんだと思う。
「時任は天童に謝ってこいって話。どうして時任が、天童は心配しなくていいって言ったのかっていう理由も込みで。そしたら許してくれるんじゃないの?」
ごちそうさま、と呟いて弁当をしまい新しくパンを取り出す早乙女。
男子高校生の平均身長より少し低いその身体のどこに食べ物が入っていくのかは謎だけど、アドバイスはありがたかった。
ぶっきらぼうだけど、相手のことを考えていないわけではない。
「ま、そうだな。あの天童だ。許してくれないってことはないだろ」
ニヤリと笑いながら光輝が言う。
面白いおもちゃを見つけた少年のような、けれどそれは近所で有名な悪戯小僧のような笑いだった。
「あのってどういうことなの?」
疑問符を浮かべる和泉。早乙女は何も言わないで和泉のことを見ている。
多分早乙女はなんのことなのかわかっているんだろう。僕はよくわかっていないけど、光輝に聞いたところで教えてくれないのは目に見えているから聞かない。
「あー…ま、見てればわかるよ。わかってないのは当事者たちだけってこと」
「あれを見て気づかない司も時任と仲間だよ」
「ちょっと、それってどういう意味なの!」
「僕も和泉と一緒っていうのはなんか納得がいかないなあ」
「はあ!? 私の方こそ一緒にされたくないわよ!」
こちらを睨みつけるかのように見てくる和泉。彼女は本当に気が強いから一緒にいると疲れそうだ。
勝気で負けず嫌いを思わせるような瞳に胸あたりまである栗色の髪を縛ることなくそのままにしている。髪の先は少しカールがかかっているけれど、本人曰くそれは地毛らしく、そのことをいじったらだいぶ怒られるらしい。と、早乙女が言っていた。
早乙女は背はそんなに高くないけれど、落ち着いた雰囲気を感じさせるので一緒にいてとても居心地がいい。無理に会話を続ける必要もないからそこも気楽だ。
ちなみに、僕と光輝が一緒にいる時はもっぱら光輝が話し役。僕は基本的には聞き役に徹している。
光輝が話し上手だというのもあるし、僕が話すよりもゲームを優先させているということもある。
一度ちゃんと話を聞いていたかと聞かれた時にそれまで話していたことを簡単に説明してあげると、それ以来ゲームをしてても文句を言わなくなった。
求められた時は返事を返しているから会話としては成り立っているけれど、周りから見ると光輝が可哀想なやつだと思われていそうだ。
姉さんと話している時はそんなことはしないけど。ゲームも僕も壊されてしまうからね。人の話はしっかり聞くのが大事だよ、うん。
「俺は時任と一緒でいいと思うけどな。一緒にいて居心地がいい。あと、見ていて面白い」
早乙女、最後は小声だったな。絶対に和泉に聞こえてないよ?
「え、そ、そう? ならいいんだけど!」
和泉は和泉で満更でもない顔しているし、絶対気付いてないな。
でも、早乙女も和泉も楽しそうな顔をしてる。なんだかそういうのがとてもいいと思った。
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