卵が先か
四百文寺 嘘築
鶏が先か
「あんたのこと好きかもしれない」
朝焼けの路地裏。ラブホ街。タバコをふかしながら、セフレがそんなことを言った。
「え? 今なんて?」
唐突なことに理解が追いつかず、素っ頓狂な返答をしてしまった。真野抜けた声に、自分のことながら可笑しくなる。
「だから、あんたのこと好きになっちゃったって言ってんの。女にこんなこと二回も言わすなよ」
細身の体、よく似合うジージャンに、ぴっちりとした黒のTシャツ。対照的に真っ白なホットパンツからは、すらりと長い足。
遊び相手には困らそうな美女。タバコがよく似合う。
「それはライク的な?」
「いや、ラブ的な」
頼みの綱もすぐに振り解かれる。
これは噂に聞く修羅場というやつのなのでは?
「私もさ、こんなこと言ったらあんたが困るってわかってんだよ。でも、言わずにいられなかった。返事はいらない、伝えたかっただけ。関係も今日で終わりにしよう」
彼女はそう言って、ニッと可愛く笑う。おとなびた風貌に反して、茶目っ気のある仕草。背景の朝日と混ざって、すごく魅力的だ。
彼女はタバコの火を消すと「じゃあね」と言って、手をひらひらさせながら行ってしまった。
胸がもやもやする。ここで言わなきゃ、一生後悔する。
「待って!」
徹夜明けの声帯に鞭打って、大きな声を出した。朝靄の中に私の声だけがこだまする。
ピタリ。まさに視界から消えようとしていた彼女の歩みが、機械仕掛けのように止まる。あるいは、何かを期待していたかのように。
「私も好きです。遊び相手でも、女同士でも。あなたが好きです」
振り返った顔には、二筋の涙と、満面の笑みが浮かんでいた。
卵が先か 四百文寺 嘘築 @usotuki_suki
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