第11話 旅装束、完成する

 僕がダンジョン探索の準備に着手するようになって二日の時が流れた。

 準備といっても、使いこなせるかどうか分からない武器を見繕う程度のことしかしてないけどね。そもそもダンジョンに入るのにどういう準備をすればいいのかちゃんと知ってるわけじゃないし……ヘンゼルさんに教わっとけば良かったかな。

 ともあれ、世話になった職人ギルドの人たちには本当に感謝である。

 今日は、いよいよ依頼していた旅装束が完成する日だ。

 明日のことがあるため早めに仕事から上がらせてもらった僕は、帰宅そのままの足で裁縫ギルドへと赴いた。


「こんにちは」


 挨拶をしながらギルドの中に入ると、奥から大量の反物を抱えたナンナさんが現れた。

 ……足下よたよたしてるけど、大丈夫なのかなあれ。

 あ、転んだ。

 ばらばらと彼女の腕の中から反物が散っていく。

 彼女はがばっと身を起こして、床上の惨状に目を向けた。


「……はわわわわ、やってしまいましたぁ。大変ですぅ」

「大丈夫ですか? 手伝いますよ」

「あぁ、イオさぁん。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたぁ」


 僕とナンナさんは、床に散った反物を拾い集めた。

 綺麗な布だなぁ。これが色々な服になるなんて、裁縫に疎い僕には全く想像がつかない。

 拾い集めた反物は、ナンナさんが持ってきた籠の中に納められた。


「最初から籠を使えば良かったですぅ」


 膝をぽんぽんとはたいて、ナンナさんはえへへと笑った。


「頼まれていた旅装束、できてますよぉ。御覧になられますかぁ?」

「ええ。そのつもりでお伺いしました」

「分かりましたぁ。奥の部屋にあるので、こちらに来て頂けますかぁ」


 言って、ナンナさんはギルドの奥にある部屋に僕を招いた。

 そういえば、職人ギルドの奥に入るのは初めてだな。

 奥の部屋は、職人たちが使う道具や作業台が所狭しと並んだ如何にも作業場ですといった風の装いだった。

 冒険者ギルドの場合だと冒険者のための交流スペースになっている場所なので、こうして物がたくさんある部屋というのは新鮮だ。

 壁際にはトルソーが何体も並んでおり、職人たちの作品だろうか、様々なデザインの衣服が着せられている。

 ナンナさんが指し示したのは、最も奥に立っているトルソーが着ている服だった。


「これが、イオさんに納品させて頂く旅装束になりますぅ」


 それは、一見すると魔道士が身に着けるローブのような衣裳だった。

 基調色は黒。上下に分かれており、足下は動きやすさを考慮してかパンタロン風のデザインになっている。

 若干長めの袖に、要所に銀糸で刺繍された花のような形の紋章がさり気なくて美しい。

 これを二日足らずで作ったとは……とてもそんな風には思えないほどのクオリティだ。


「鑑定士は鑑定魔法を使うお仕事ですからぁ、魔道士さんぽいデザインにしてみましたぁ」


 ああ、やっぱり魔道士を意識してのデザインなのか。

 あまり華美ではないけれど、僕なんかが着て似合うのだろうか。


「今回は革細工ギルドの方にも御協力頂けましてぇ、服とセットで靴も御用意させて頂きましたぁ」


 革細工ギルドって……ロウェンさん、何も言ってなかったんだけど。僕が来た後でナンナさんから話が行ったのかな。

 ナンナさんがトルソーの前に置いたのは、服と同じ色をした靴。冒険者たちの間で広く使われている膝下丈のブーツで、編み上げという紐で締めるタイプではなく留め具が付いた革のテープをぐるっと側面に回して留める形状になっている。初めて見るタイプの靴だけど、ギルドオリジナルのデザインなのかな。

 一式揃った旅装束を見て、ナンナさんは満足げな表情をしている。まさに仕事をやり遂げた職人の顔、というやつだ。


「久々に良い仕事ができて、楽しかったですぅ」

「あの、御代は……?」


 これだけの服を仕立ててもらったのだ、無料でとはいくまい。

 しかしナンナさんは首を振り、


「あ、代金でしたらヘンゼルさんから頂いてますぅ。イオさんの晴れ舞台だから応援するって、ヘンゼルさん、まるで息子さんを送り出すお母さんみたいになってましたよぉ」


 ……ヘンゼルさん、資金は一体何処から工面したのだろう。

 もしや、冒険者ギルドの資金から?……いやいや、まさかね。

 ナンナさんはトルソーから優しく装束を外し始めた。


「今、お包みしますねぇ」

「……そういえばナンナさん、この服、耐久性としてはどれくらいのものなんですか?」


 僕としては、やはりデザインよりもそちらの方が気になる問題だったりする。

 ダンジョンの中で魔物との戦闘になった時に、激しく動く場面がないとは限らない。幾ら動きやすく作られていても、破れやすかったりしたら意味がないのだ。

 無論、そんな場面などないに越したことはないのだが、念のため。

 ナンナさんは大丈夫ですよぉと笑顔で胸を張った。


「理論上では、ゴブリンの爪に引っ掛かれても大丈夫なはずですぅ。旅装束は、丈夫さが肝心ですからねぇ」


 ゴブリンとは『亜人種』に区分される人型の魔物の一種で、小鬼とも呼ばれる。その中でも群を抜いて知名度が高い魔物だ。

 駆け出しの冒険者が実戦経験を積むための練習相手としてよく選ぶ、魔物としての脅威は並程度の存在である。

 そのゴブリンの爪って……また微妙に判断に困る例えだなぁ。

 そもそも僕、ゴブリンの爪の強度なんて知らないし。普通のナイフとかと比較してどっちの方が切れ味が上なの?

 まぁ、布の服は所詮布の服ってことなのだろうか。

 服と靴を包んだ大きな布包みを僕に手渡して、ナンナさんはうんっと力こぶを作る仕草をした。


「ダンジョン調査、頑張って下さいねぇ」


 本当に頑張るのはラーシュさんたちなんだろうけれど。

 僕は頷いて、ナンナさんの微笑みに微笑みを返したのだった。


「死なない程度にお勤めしてきますよ」

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鑑定士のおしごと【改稿版】 高柳神羅 @blood5

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