記憶喪失

旗 ユウ

記憶喪失

あれ、ここは...?


「やぁ、目覚めたかい」


白衣の男がこちらを見ている。あぁ、医者か。となるとここは、病院?

「あ、はい。...あの、なぜ僕はここに?」

「君は事故に遭ったんだ。そして、落ち着いて聞いてほしいんだけど...記憶喪失って分かるかな」

「えっ......僕が...ですか?」

にわかには信じられなかった。映画やドラマでよく見る記憶喪失。まさか自分がなるなんて...


「あぁ。どうやら君は事故の衝撃で、一部の記憶が飛んでしまっているみたいなんだ。その記憶がいつ戻るかは分からない。一時的なものかもしれないし、しばらく続k...」

「ちょ、ちょっと待って下さい!僕、別に何か忘れてる感じはしないんですけど」

「そりゃそうさ。忘れている記憶に気づけるはずないだろう」

笑いながら医者は言う。確かにその通りだ。つい自分でもおかしくて笑ってしまった。記憶喪失ってこんな感じなんだなぁ。


「まぁ、記憶喪失になった人はみんな最初はそんな感じだよ。実感がなくて戸惑うからね。だからまずはどんなことを忘れているのか一緒に調べよう」

そう言うと医者は、机にあった問診票のようなものを手に取って改めてこちらを向く。

「じゃあまずお名前を言ってみて下さい」

「佐藤和真です」

「生年月日と住所は言える?」

「平成14年6月7日生まれ、東京都○○区△△□□××~です」

「うん、基本事項は問題なさそうだね」

淡々と答える僕を見て、医者はひとりでにうんうん、と頷く。


「次はもう少し細かなことを聞いていくよー。何人家族?」

「4人です。父、母、妹がいますね」

「妹さんいるんだね~。何年生?」

「中学3年です。今ちょうど受験期なんですよー」

「あ~それは大変だね。じゃあ普段はずっと勉強だ?」

「そうですねー、学校行ったあとはそのまま塾へ行って、帰ってくるのも9時とか10時ですからね。頑張ってるみたいですよ」

「そっかそっか、お父さんとお母さんは何してるんだい?」

「両親は共働きで休日以外はずっと働いてますね。帰ってくるのも遅いし。あ、でも休日はちゃんと家にいてくれて、たまにみんなで買い物とか日帰り旅行にも行くんです」

「へえ~、良い家族じゃない。うん、これだけしっかり覚えていれば日常的な記憶は大丈夫だよ」

ハッ、そうだ!これ記憶喪失の問診なんだった。ついつい話し込んでしまったことになんだか気恥ずかしくなる。


「そしたら今度は身体記憶と知識記憶もチェックしよう。身体記憶は自転車の乗り方みたいな体で覚えるもののこと。知識記憶っていうのは、例えば勉強で得た知識なんかが分かりやすいかな」

なるほど。記憶にもいろいろ種類があるのか。


「じゃ、う~ん、そうだね、このシャーペンで名前でも書いてみようか」

名前を書くだけ?そんなの書けるに決まってんじゃん。サササーっと、ほらね。

「シャーペンの使い方は問題なし、と。今度はそこのペットボトルの水を開けて飲んで見せてくれるかい?ちょうど喉も乾いただろう」

あー、今のシャーペンもこのペットボトルも身体記憶ってやつを確かめる方法だったわけだ!あれ、てことはもし身体記憶がなくなったら日常生活なんてほぼ全部できないよね?なにそれこわい...!

なんてことを考えながらも普通にペットボトルを開け、普通に飲んで、普通に閉めた。よかった、僕は正常だ。


「よし、次は知識記憶だ。簡単なクイズを出すから答えてほしい。...じゃー、問題です。2+3は?」

「ちょっと簡単すぎやしませんかね?5です」

「まーまー、あくまで診断だから。それなら、アメリカの首都は?」

「ニューヨーク!!!」

「そんなに堂々と間違えられたら先生も困るよ...」

あれっ!?違った!?うそっ、え、それじゃあ僕は...!!

「ハッハッハ、心配しないでいいよ。君の場合は単に知識不足だ」

なんだ、びっくりした~。でもそれはそれでなんか複雑かも。


「よーし、これで最後だ。最後はエピソード記憶ってやつさ。聞いたことはあるんじゃない?」

「ええ、そうですねー」

「うん、いわゆる思い出だ。じゃ、いろいろ聞いてくよー」

そうして、幼少期から小中高に至るまで、いろいろなことを話した。サッカークラブに入っていたことや、友達と遊びに行った話、恋愛の話も少し。先生はいろんな質問をしては、僕の話をじっくりと聞いてくれた。でも、だんだんと疑問が芽生え始めた。話が最近に近づいてきても、僕はすんなりと思い出して話せてしまう。一体、僕の失った記憶って何なんだ...?


「おっと、もうこんな時間だ。長くなっちゃってごめんね?今日はこの辺にしt...」

「あの、先生!ひとつ聞いていいですか?」

「え?うん、どうぞ」

「その~、いろいろ話したんですけど、今のところ僕何も忘れてることない思うんですよね......記憶喪失って間違いだったりしませんか?」

「はは、最初も言ったじゃないか。本人は自分が記憶喪失だって気づかないって」

「いやでも、こんなに話したのに思い出せないことが1回もなかったんですよ?そもそも先生はなんで僕が記憶喪失だと分かったんです?」

すると先生は冷たい声で言った。

「...じゃあ昨日のことは思い出せるかい?」

「昨日...のこと...?」

ん、そういや昨日何してたっけ?確か普通に学校行って帰ってきたような...

「あまり思い出せないようだね。そう、それが君の失っている記憶だ」

んん??どういうことだ?昨日のことが思い出せないだけの記憶喪失?それだけ?...クソ!やっぱり下校後のことが思い出せねぇ!あー、考えてたらちょっとクラクラしてきた...っていうか眠い......

「先生、ちょっと僕、急に疲れが...」

...ドサッ


「...おやおや、よっぽど眠かったんだねえ。まったく、最後はヒヤヒヤさせられたけど、君が思い出す前でよかった。おかげでいろいろ知れたよ。

...情報、いや“記憶”ってか」

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