未来へ、祈りをこめて

 今度は、栞が聞き役になった。

 明里はぽつりぽつりと心の裡を語った。

 明里がこれまでしてくれたように、栞はうんうんと優しく耳を傾けた。

 明里は話すうちに何度かまた泣いてしまったが、その度に栞は明里を抱き締めて頭を撫でた。そして、泣き止むまでは、自分がどれだけ明里に救われたかを語って聞かせた。

 そうしているうちに、いつの間にか二人は眠ってしまった。


 翌日、明里は栞を自分の部屋に招き入れた。栞が部屋に入るのは初めてだった。


 明里は小さなキャンバスを出してきた。

 真っ黒に絵の具を塗りたくられた、彼女の心の象徴。

「この上に、どんな色を塗れば良いかわからないの。自分じゃ何も浮かばなくて。」

 明里が悲しそうに肩を落とす。

 そっか、と栞は頷く。しばらくキャンバスを見つめて考える。

「ねえ、私が手伝っても良いかな。」

 明里が了承すると、栞は絵筆を取って、黒いキャンバスに迷いなく黄色い円を描き、中を塗り潰した。

「お月様だよ。」

 そう言って、筆を明里に渡した。

「私にとって、やっぱり明里は、光なんだ。この月みたいに。」

 受け取った明里は驚いたように何度か瞬きをすると、キャンバスに現れた天体をしげしげと眺めて、頷いた。

「ああ、そうか…。」

 おずおずと小さな黄色い点を散らしていく。

「お星様もいっぱい。良いね。」

 栞が横から覗きこんで、小さく笑う。

 明里も笑った。筆が震えて、流れ星になった。

 たまらず、二人は大きく噴き出した。

 笑い声が、部屋中に響いた。


 隠すことばかりを考えていた。

 全て見えなくしてしまえば、「無かったこと」にできるような気がしていた。

 無いものにできないとわかっているから、何も塗り重ねられなかったのかもしれない。


 闇夜にぽっかりと浮かんだ月と輝く星達。


 祈ろう。

 光に。

 傷も痛みも、ここにある。

 これまでも、これからも。

 抱えて、それでも。

 照らせますように。

 私を。

 貴女を。

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私を照らすもの 惟風 @ifuw

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