6.墜落
空から墜ち続けている。約束を違って。
空へ墜ち続けている。法則を違って。
別に死ぬ速度ではないとぼくは判断した。このまま落下を続けても、ぼくは傷ひとつつけないで着地することができるだろう。だからこのままでも構わないと、そういう判断。
ぼくはきっと頭からまっさかさまに墜ちていて、だから頭の上には街が見える。スーパーマーケット。魚屋。八百屋。図書館。学校。プール。墓地。病院。時計塔。鉄塔。朽ちた民家。いかれた金持ちが住む丘のうえの豪邸。誰も出入りはしないのにいつも清潔に保たれたトイレ。市場……。いろいろだ。
人の姿が見えないのはまだ日が昇りかけているから。横を向けば輪郭がつかめないほどに眩しい太陽が顔を完全に覗かせつつある。そっちに面したぼくの体は赤い。なんだかそっちばかりが温かく感じられる。影になっている方はとても冷たい。雪に埋もれる金属球を連想させる冷たさだ。つまり、耐えがたい。
朝の煙が昇り始めている。ぼくと合流するつもりかもしれない。
ぼくはまだまだ墜ち続けていて、地上はぐんぐんぼくに近づいている。だろう。でもどういうわけか、ぼくは一秒まえと今とを比べてどれくらい近づいているのかを理解できない。ぼくはどれくらい落下している? 参照できる記憶はない。
ところで、ぼくの足元にも街が見える。風景は頭上の街と変わったところがない。つまりぼくは上昇をしている? あるいは、そう言える。落下と上昇はここでは同じことなのだ。ここはそういう場所で、そういう街で、そういう人が住んでいる。
誰でも、風邪をひいたときに見る夢のパターンを持っているものだ。
ぼくの場合、それは落下し続ける夢だ。場所はさまざまだけど、落下が終わることはない点が共通している。どこまで落ちても地面は近づかない。そして気がつくわけだ。落下しているのではなくて、上昇しているのだと。だがそれにしてもおかしい。地面が離れることもないことに気がつく。つまり、上昇していて、同時に落下もしている。
ぼくはいま落下してるけど、見方を変えれば上昇している。頭上の街と足元の街。二つの街の住人はお互いのことをこう思っている。
「あいつらは嘘だ」
彼らの理屈はこうだ。自分たちの街の人間に急に空へと落下していく人間はいない。街のマンホールの蓋が開いていれば、そこに落ちることはある。つまり正常ってことだ。だから自分たちの頭上でさかさまになっている街は何かはわからないが何かが間違っていると。
お互いがそう思っているんだ。
オレンジ・マーマレードのびんがぼくの横を通過する。上から下へ、と思うのはそのびんがぼくの頭上からやってきたからだ。このびんは、もしかしたらぼくの足元の方の街の誰かを殺すかもしれない。ガラス製の割れにくく作られたびんが空から落ちてくるなんて事件と呼んでもいいだろう。街の住人はその事件の原因を、彼らが言うさかさまの街の住人に見出すだろう。そうやって敵愾心は醸造されるんだ。
ぼくは自分がどっちの街の住人なのか知らない。
コズミックシティ 武見倉森 @KrmrTkm
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