夜の白昼夢

安良巻祐介

 デイドリーム・コジマという個人雑貨店へ行こうと、蒸し暑い晩夏の夜に家を出たら、ふと見上げた中天にかかる丸い月が、何かおかしい。

 目を凝らしてみると、円の真ん中部分がゆるゆると蕩けて左右に流れ、蜃気楼のようになっている。そして、その辺りから、月光が七色に変色している。

 なんだあれは、と思わず口走ったとき、ヴィオロロロン、と古い巴旦杏琴ツォケルトをかき鳴らしたような音が一面に響き渡り、行く手に小さなシルエットで見えていた雑貨店から、異様に大きな頭をした人影が一つ、バタンと戸を開いて駆け出し、叫んだ。

「デイドリーム、コジマ、交響曲!」

 その絶叫は、先ほどの巴旦杏琴のような音色を幾分か帯びており、おやおやと思っているうちに、大小のきのこのシルエットの群れのような辺りの景色から一斉に、トォトォトォトォケルロー、テュオロロケルロオロロロロ、と不可思議な合奏があふれ出して、まるで目に見える音符の舞踊の如く、とろけた七色の月の横たわる夜空を震わし、見ている者全ての、瞳の狭間にある薄硝子の膜を震わし、知らず、奥のほうから塩辛く美しい、色とりどりの液体を、洪水のように溢れせしめた。

 私は凍り付いたように、手足も頭も強張らして、白昼夢の名を冠した小さな雑貨店のシルエットを、滲む視界の中心に据えたまま、色彩の奔流に染められて夜でなくなっていく夜の中で、ゆっくりと、何もかもがわからなくなっていった。

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夜の白昼夢 安良巻祐介 @aramaki88

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