光(ヒカリ)と光(ヒカル)

@yuichi_takano

第1話

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「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーないと思う。だって、この世の中、煩わしくない?私はヒカルが好きで、ヒカルは私が好き。その事実だけで良いはずなのに、その愛を育むためには、お金が必要だったり、場所が必要だったり、節度が必要だったり。手は繋いだ、とか、キスはした、とか、どーでも良くない?二人は愛し合っていますって、それだけで十分でしょ?なのに皆、時期、規則、束縛、そんな漠然としたものばっかり。愛って、もっとこう、確固たるものなんじゃないの?」

 光(ヒカリ)の声が震える。自分たちのこの感情が、ゆらぎのある物であるという可能性は、光(ヒカリ)にとって全てを失うことと等しいのだ。

「だからね、今から私たちがするのは、『死』へ向かうことじゃなくて、ここから『解放』されることなの。こんな道理もない、あべこべな世界からの『解放』。私ね、そう考えると、未練なんてなくなってきて、なんだか気分が高揚してくるの。ヒカルもそうでしょ。だって、ねぇ、考えてもみてよ!私たち、この鬱陶しい社会から『解放』されるんだよ!?確かにね、一般的にはただの『死』だよ。でも、でもね、私は思うの。『死』ってものは、単に人生の『終わり』とか『途絶え』とかそういう、『収束』っていうだけじゃないって。だってそうじゃない?生きている私たちにとっては、死んだ人の人生は既に終わってるかもしれない、けど、死んだ本人にとっては違うかもしれないじゃん。その人は転生輪廻してるかもしれない。そしたら、死んだ時にそこで終わる訳じゃないでしょ?それに、私たちが死んだ後も、ただの死体になる訳じゃないかもしれないよ?今までそうだったからって次も同じとは限らない。ね?」

 光(ヒカリ)は身体を反転させて、光(ヒカル)に同意を求めた。その表情はまた心からの微笑みに戻っている。

「死後のことを観測できない以上、無限大の可能性があるんだよ。だからさ、私たちがこれから迎えるのは、『収束』する死なんかじゃなくて、『発散』する死なんだよ。だって、そう考えた方が美しくない?私たちは生まれてくる瞬間、何にでもなれる、どんな風にでもできる、そんな未来を手にする。でもその未来も、次第に、狭まって、縮めて、絞られていく。それは、自分の努力不足のせいだったり、周りの環境のせいだったり、社会的な問題のせいだったり。そして最期に『死』という、生きている人にとっての、未来の可能性が本当にゼロになる、『収束』を迎える。でもさ、それと同時にさ、死んだ人間にとってはさ、未来の可能性がさ、無限大に広がるとしたらさ、そう考えたらさ、キレイだって、ステキだって、スゴイなって、そう思わない?だってそうでしょう?なんで心臓は止まるの?それまでは正弦波の重なりで表されていた連続関数が、定数になってそれっきり、なんて不自然じゃない?どうして意識が消えるの?今まで存在していたものが急に無くなっちゃうなんて、不合理じゃない?逆も同じ。どうして心臓は動き始めるの?なんで意識は生まれるの?ねぇ、無から生まれて、無に還るなんて、不条理で、それでいて、なんだか、非道くない?だって、そしたら、私たちのこの愛も、嘘ってことになっちゃうじゃん」

 光(ヒカリ)にとって、自分たちの愛が否定されるのは、死ぬことよりも、生き続けることよりも、おぞましいことなのだと光(ヒカル)は改めて実感する。光(ヒカル)が顔を上げると、光(ヒカリ)の、今にも泣き出してしまいそうな表情が目に入る。光(ヒカリ)は涙を隠すように、ビルの縁に立ち直ってから話を続けた。

「でも、もし、もしもだよ。『生』が終わるのと同時に『死』が始まって、そのあと『死』が終わる時がきて、その終わりとともに『生』が始まる。そんなことを繰り返してるとしたら。そしたらさ、均衡が取れるじゃない?『生』の軸での鼓動がゼロになるのと同時に『死』の軸での鼓動が現れる。『生』と『死』の間では意識の量が保存される。宇宙がビッグバンとビッグクランチを繰り返してるって説と同じように、未来の可能性は『生』の領域と『死』の領域で収束発散を繰り返す。きっと他にもいっぱい、そう考えた方が都合が良くなる事象って、あるはずなの。だからね、要するにね、私が言いたいのは、ヒカルと私の愛は失われないんだよ、ってこと」

 光が幸せのあまり、満面の笑みを溢れさせる。

「『死』の中での愛がどんなものかは分からない。でも、本当の愛から生まれるものなんだから、それもきっと、本当のものだよ。そうなんだったらさ、私たち、安心して死ねるよね」

 そこまで言い終えると、光(ヒカリ)は一つ伸びをした。

「あーあ、私、ちょっと怖いな。ううん、これは『終わる』ことへの恐怖なんじゃなくて、『始まる』ことへの恐怖。だってそうじゃない?新しいことをしたり、知らない場所に行ったりするのって、ちょっと怖い。それと同じ。私たちどうなっちゃうんだろうね。死後の世界とかに連れてかれちゃうのかな。『死』の領域に入っちゃうのかな。それともゾンビになって蘇る?ブラックホールに飲み込まれるみたいに、時間が永遠に引き伸ばされちゃったりして!あ、でもそれだと『死』を迎えないから、この考えとは別の説になるのか。でもそれでもいいや。もしそうなるんだとしても、私たちの愛も永遠に続くもんね」

 光(ヒカリ)は嬉々としてそれらを語り、光(ヒカル)はそれらを受け入れ始めた。

「あーあ少し喋りすぎちゃったかな。現世なんかに心残りなんてないけど、これからのことを考えてたら、つい愉しくなっちゃった。でも、さっきも言ったかもしれないけど、時間は待ってくれない。そろそろ潮時だよね。じゃ、改めまして、今までありがとうございました。そして、不束者ですが、これからもよろしくお願いします」

 光(ヒカリ)は照れ隠しをするように、世界一幸せな笑顔をみせた。光(ヒカル)を後ろ手で縛る縄をほどき、地上七階からの景色を共にする。今度も地上のことなど眼中にはない。「誓いの言葉」の前口上を終え、光(ヒカリ)は最期の言葉を口にする。

「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、死せる時も、生ける時も、いつ如何なる時も、私を愛し、そして、私に愛されることを、誓いますか」

 光(ヒカル)が頷き、二人は宙に舞った。重力が二人を引っ張り、光は一つになる。

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