第2話

 


  ◇ ◆ とある冒険者 ◆ ◇



 僕には戦う才能が無い。

 冒険者を目指して村を飛び出し、初めて受けた討伐依頼で見事に惨敗。


 しかも負けたのがゴブリン相手だなんて、自分はなんて弱いんだって戦闘力の無さに絶望したものだ。


 けれど、僕には採取の才能があったらしい。


 色んな薬草や鉱石や虫なんかの特徴を調べて覚えて採取して、それが高品質だと褒められ感謝されるのが楽しかった。


 だから僕は採取の依頼を中心に請け負って、採取専門冒険者としてランクを上げた。

 そこそこ高ランクの冒険者と臨時パーティを組むことも多くなり、稼ぎは増えて装備も整って、だからきっと調子に乗り過ぎていたんだと思う。


 森にはゴブリン程度しかいない、初心者が狩場にしてるような森だって。そう決めつけて魔物除けの薬だけを持って採取に出かけた。


 最近品薄だって聞いたポーションに使う薬草を求めて......。


 まぁ、実際に向かったのは初心者が出入りするような森に違いは無く。本当なら魔物除けの薬だけで安全に帰って来れたに違いない。けれどその日の森は決して初心者が行くような場所じゃあなかった。


 僕には運が無かったんだろうね......。

 森の中で変異種のオーガと鉢合わせてしてしまったんだから間違いない。


 え? 変異種のオーガが居るのに危険度が低い森なのかって?

 こんなヤバいのがこの森に居るはずがないんだよ、なんで居るんだよこんちくしょう。


 そんなわけで、装備はおろか心の準備もしてこなかった僕は逃げ出した。そう、何故か森の奥へと向かって。


 何故わざわざ森の奥に?

 何か作戦が?


 そんなの無い。ただパニックになって気が付けば森の奥に向かって走ってただけだ。

 もしもあの瞬間に戻れるなら何も考えずに走り出した自分をぶん殴ってやるところだ。

 なんせ、『冒険者は冷静さを欠いたらそこで終わり』そんな基本中の基本を忘れた結果、僕は絶体絶命の状況に置かれているのだから。



「ステラはちょっと聞きたい事があるのよ」



 血を吸ったルビーのような瞳と羊のような角を持つ女の子が、僕を見下ろしながらそんな言葉を投げかけてきた。


 真っ白な肌に整った顔立ち、まるで人形のような美しい女の子だ。

 普段ならばドキドキしながら『なんでしょうか』と返してしまうところなのだろうが、その子はさっき一瞬で変異種のオーガを殺した化け物だ。


 高ランクの冒険者でも倒すのに多少は苦労する、そんな魔物をたった1発。絶対にまともな存在じゃない。


  --きっと僕も殺される


 普通に見ればこの娘が助けてくれたように見えるかもしれない。けれど、僕には確信があった。

 先程から僕の持つ『敵意感知』のスキルがガンガン警報を上げているのだ。


 そんなスキルを持ってんならそもそも変異種のオーガに襲われる前に気づけって?

 残念、このスキルは相手と目を合わさなきゃ発動しない、要は相手が自分に害をなそうとしてるかどうかを察知するスキルなのだ。


 それがこう反応しているって事は、相手は僕に何かしらの害を加えようとしてるって事で......それはつまり。


 いっ、嫌だっ......。

 あの殺され方は嫌だっ!


 全身の骨を砕かれながら肉を潰され小石のように小さく折りたたまれていく。あの屈強なオーガが何も出来ず、ただ断末魔の悲鳴をあげながら目の前で絶命した。


 思い出しただけで震えが止まらない。

 あんな殺され方だけは 絶 対 に 嫌 だっ!!



「お、お願いだから痛くないように一思いに......」

「だから殺さないって言っているのよ」



 そ、そう言われても、敵意感知のスキルがまだビンビンに反応してる。

 それに、気が動転して不可抗力だったと言っても、押し倒した上にむっ......胸まで...その、さわっちゃったし。


 なっ、何より、殺さず見逃してくれるならこうやって足で踏みつけて逃さないようにしてるのは絶対に可怪しいよねっ!?


 そう、僕は今この娘に、鳩尾の辺りを踏みつけられて地面から起きられなくされている。しかもさっきから妙に踵でグリグリしてきてもの凄く痛い。



「だから言っているのよ、ステラは聞きたい事があるのだわ」


「きっ、聞きたいこと?」



 どうやらこの娘は僕に何かを聞きたいらしい。なるほどだから生かされているのか。


 僕なんかに何を聞きたいのかは知らないけど、返答を間違えれば間違いなく待っているのは先程のオーガと同じ末路。

 かといって、この子が聞きたいことを全部答えてしまえば、それはそれで用済みとして同じ末路を辿る事になるかもしれない......。


 これは慎重に言葉を選ばないと、迂闊な事を言ってしまえば僕の命が即おさらばなのではないだろうか?


  --ゴクリ


 ......。



「そ、それで、聞きたいことって何かな?」



 僕の持ってる知識なんてたかが知れてるんだけど、一体何が聞きたいんだろう。


 知らないことを聞かれたらどうしよう。採取関係ならそれなりに答える自信はあるんだけど。取り合えず、何を聞かれても出来るだけ時間を引き延ばして助かる手段を考えないと...。



「ステラは街の場所が知りたいのよ、オマエなら知っているはずなのだわ」


「ま、街の場所?」



 ど、どうしよう。


 身構えてたのに途轍もなく簡単な質問が飛んできちゃった。

 これはとんでもなく想定外だぞ。


 当然だけど街の場所は知っている、毎日そこへ帰ってるわけだし...そこからこの森にも良く通ってたわけだし。

 我武者羅に森の中を走って来ちゃったけど、方角は分かるから帰るのはそこまで難しくない。歩けば2・3時間くらいで街までついてしまうだろう。


 だからと言って此処で『知ってる』って返答すると次は場所を聞かれて僕は用済みに。かと言って『知らない』って答えたらそれはそれで用済みに。


  --あれ?


 どっちを選択しても僕の人生終わりじゃないかなっ!?

 ま、待て、考えろ。考えるんだ僕っ! 何か良い返答の仕方があるはずだ。



「どうしたのかしら? ステラは急いでいるのよ、早く街の場所を教えるのだわ」


  --ギリリッ


「ひっ、ひぃぃっ」



 僕を踏んでる足に体重を乗せて来た!!


 い、いや、体重を乗せられても全然重くないし、さっきのグリグリの方が痛かったんだけど。あっ、でも足が小さすぎるせいでちょっと鳩尾に刺さってきたかも、胃への不快感が増したような気がする。



「ちょっ、ちょっと待って」

「待たないのよっ!」



 か、考える時間が無い!?

 今すぐ何か言わないと、何か、何かっ!


  --ギリリッ


 ひぃぃ、さらに体重がっ! いや、それでもまだ軽いけどっ。

 でもこれ妙に思考を乱されるからよけいにキツイ。


 どうしよう何か答えないと、早くしないと折りたたまれちゃう。

 あっ、そうだっ!!



「街の方角は知ってるけど森の中で道に迷うかもしれないし、ぼ、僕が案内するから命だけは助けて下さいっ!」


「......ふんっ、そう......?

 それならまぁ...良いのだわ」



 咄嗟に口から出た命乞いはどうやらこの女の子に受け入れられたみたいだ。

 鳩尾から不快感と一緒に小さい足の感触が遠のいていく。


 はっ、はぁ......。何とか踏みつけからは開放された。


  --けど......


 まだ助かったわけじゃ無いんだよねぇ......これ。



「さぁ早く案内するのよ、ステラはこんな場所に居たくないのだわ」


「はっ、はい......」



  --ザッ


   --ザッ


  --ザッ


   --ザッ


 静まり返った夜の森に踏みしめた枯葉の音を響かせながら、僕と女の子の二人が藪を掻き分けて進んでいく。



「あの......」


「...なにかしら?」


「......いえ、なんでもないです...」



 どうしよう。


 女の子が魔法で光をだしてるんだけど、正直言って魔物が寄って来るから消してほしい。けど、声をかけると物凄い睨んでくるから恐くて言えない。


 一応、魔物除けの薬を服にふりかけてあるからゴブリン程度なら寄ってこないんだけど、まだあのオーガみたいなのが潜んでる可能性もある。

 確かに出て来てもこの娘なら瞬殺するだろうけど、そこに僕を護ってくれる保証はない。


 それに何をしに街へ行こうとしてるのかもわからないし、何とかしても会話を成立させないと。次は睨まれても頑張って話してみよう。

 大丈夫、僕の事は殺さないって言ってるから大丈夫、睨まれてもへーき、睨まれても......。



「おいオマエ、もっと早く歩くのよ」


「ひっ」



 い、いや、ここで言葉を返さないと、また会話が終わっちゃう。

 なんでも良いから言葉を出すんだ僕っ!!



「もっ、もう夜だから!

 夜に街まで案内するのはちょっと無理だからっ!!」



 そ、そうだよ、言ってて思い出したけど夜は街の門が閉まって特別な理由でも無い限り開けてもらえない。だから案内したって無駄じゃないか。



「何を言ってるのかしら? オマエは街へ案内するって言ったのよ?」


「で、でも......夜は街の門が閉まってて朝まで開けてもらえないんだけど」

「なっ......ステラはとってもお腹が空いたの、一晩も待つなんて不可能なのだわっ!」



 えっ、急かされてるのってそんな理由!?



「そ、それなら、僕が食べ物を用意するよ!

 もっ、森の出口にキャンプ道具があるから、そこでご飯を作るからっ!」


「ふむむ、ご飯......?」



 おっ?

 ご飯に食いついた?


 食べ物を用意すると言うと、女の子はあからさまに悩む様子を見せている。

 妙にイライラしてると思ったけどもしかして空腹のせいなんだろうか。


  --ふむ......


 この様子だと、もしかして食べ物で釣れるのでは?

 よし。



「そっ、そう、ご飯っ。キャンプ道具と一緒に食料も持ってきてるから、お腹が空いたのならそこでちょっと休んでいこうよ」


「まぁ......食べる物があるなら

 ちょっとくらい寄り道してやっても良いかしら?」


「よ、良かった......」


「けど、ステラはマズイものは食べないのよっ!?

 もしもマズかったらその時は......」

「だ、大丈夫! 絶対に美味しいの作るから!!」


「ホントかしら? まぁ、食べてみればわかるのよ」


「あ...うん.......」


「ステラはお肉も好きだけれど、甘いものも好きなのよ」


「そ、そうなんだー......」


「食後には紅茶もあると良いの」


「......」



 ちょっとまって、ハードル高くない?

 いや、料理に自信が無いわけじゃないよ?


 臨時パーティでは料理を作ってふるまったりもしたし、それもそこそこ評判が良かったし。けどそれはあくまで野外料理であって、食後に紅茶とか甘いものとかこの娘レストランみたいな食事を期待してない?


 お肉は塩辛い干し肉しか持ってきてないし、甘いものって言うと街を出た所で採った野イチゴくらいしか持ってない。


 こんな素材で果たして僕にこの娘の満足する料理がだせるんだろうか?


 あー......。


 駄目だ、さっきまでのイライラした表情が一転して無茶苦茶ニマニマしてる。あれは確実に美味しい料理を期待してるメシの顔だ。


 あんな顔されると流石に美味しい料理が無理だとは言えないよ。仕方ない、出来る限り頑張ってみよう。


 確か紅茶は前に組んだ臨時パーティの女の子が茶葉を少し分けてくれたのが残ってるはずだから、多分まだ鞄に入ってる。

 この紅茶で少しでも機嫌がとれれば良いんだけど、念のために甘いものもちょっと工夫してみよう。


 さて、そうこうしてるうちに森を抜けたわけだけど。採取の前に置いといた荷物は無事だろうか。

 一応魔物除けの香草を置いて枯葉で隠しといたんだけど。薬草を採ったらすぐに戻ってくるつもりだったからなぁ。結構雑にしちゃったんだけど......。


  --無事でありますように


 おおっ? 枯葉で出来た山がある、どうやら荷物は無事みたいだ。

 掘り起こされた様子もないし......うん、食材もちゃんと入ってる。


 これで調理道具も食材も無いなんていう最悪の事態は免れた。


 えーっと、それで問題は何の食材が残ってたかだ。

 採取したあと軽く何か食べて帰ろうと思ってたから、適当に食べ物を突っ込んで来ちゃったんだよね。


  --ガサゴソ


 そんなわけで、祈る思いで食材確認。


 まずは野イチゴ、それから紅茶の茶葉。この二つはちゃんとある。

 それから、おっ? 前に奮発して買った香辛料がちょこっと残ってるな。それから干したキノコも入ってる。良いダシが出るんだよなこのキノコ。


 他にも朝食べた残りの山菜と香草も入ってる。これはなかなか使えそうだ。

 それから塩辛い干し肉か......これで何を作ろうかな。



「オマエっ! はやく、はやくするのよっ!!」


「ああ、うん、すぐ作るから」



 僕がどう調理するか悩んでいると、よっぽど空腹なのか待ちきれない様子で急かしてきた。


 ここだけ見ればお腹を空かせた子供にしか見えないんだけどなぁ。こんな娘がオーガを一撃なんて、言っても誰も信じないだろうな。

 ......まさか、空腹で僕が齧られたりなんかはしないよね?


 ま、まぁ、齧られなくても暴れだされる危険はある。そうなると手が付けられないし、機嫌を損ねる前にちゃちゃっと何か作っちゃおう。


 えーっと...それじゃあまず、干し肉は流石に直接出せないよね。獣の臭みが強すぎるし塩辛すぎる。こんなの出したら殺されかねない。


 んー......スープにすれば塩気も丁度良くなるかな?

 革袋に入れた水はまた結構残ってるし、肉の臭みも革袋の臭みもこの香草を入れれば消えるはず。干しキノコがあるから出汁も問題ないし、アクセントに香辛料もちょうど有る。


 よし、手っ取り早くスープを作ろう。


 この山菜もスープに入れると独特な苦みと甘みが出て結構合うし......。

 ......。


 あー......この子、山菜は食べれるよね?

 まさか子供みたいに野菜類は全部嫌いとか言わないよね?


 これは迂闊なものを入れる前に聞いておいた方がいいな。

 なんだかちょっと機嫌が悪くなってきてるみたいだし、出来る事ならこのタイミングであんまり話しかけたくはないんだけど、こればっかりは仕方がないか。


 覚悟を決めろ僕っ。 



「ね、ねぇ」


「なにかしら? もう出来たのかしらっ?」



 予想通り機嫌の悪そうな声が返ってきたけど、予想外の言葉も返ってきたよ。



「あのさ、鞄漁ってるの見えてるよね? どう見てもまだ調理してないよね!?」


「ふんっ、ご飯じゃないのならいったい何なのかしら」


「えーっと、スープに山菜とか肉を入れたいんだけど、嫌いなものとか食べられない物があるかなと......」


「ステラは不味いもの以外は山菜もお肉も大好きなの」


「なら入れても大丈夫だね」


「かまわないのよ」



 『ぷぃっ』と横を向きながらお許しの言葉が飛んできた。

 何とも子供らしい反応に、なんだかちょっとホッコリしてしまったが。


 この子の機嫌次第ではいつ僕が消されても可怪しくないないと思えば、この状況は全然笑えない。


 うん、出来るだけ素早く調理しよう。そうしよう。



「はぁ......まったく」



 今日はなんて厄日だ......。



 

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ステラはいつも機嫌が悪い るかに @RUKANI

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