エピローグ

「知らないものを見に行こう」

「うわ~っ!

 露天風呂っ。露天風呂がありますよっ!

 誰もいなくて貸し切りみたいっ!」


 大会の会場で松江国引高校のみんなと別れた後、天城先生の車で帰路についた。

 だけど出雲の街に向かうと思っていたのに、気が付いたら温泉に到着していたのだ――。



 ここは三瓶山のふもとにあるお宿で、日帰り入浴も可能な温泉だ。

 泡がボコボコ出てるお風呂もあるし、窓の外には大きな岩を並べた露天風呂も見える。

 天城先生は「校長からのご褒美ほうびよぉ~」と言っていた。

 ……たぶん、校長先生もちょっと気まずかったに違いない。


 とにかく私は気分が良くなって、「ひゃっほ~ぅ」と素っ裸で露天風呂に駆け出していく。


「ましろさん。……体、洗おう」


「そうでしたっ! 久しぶりのお風呂なんで、興奮しちゃった!」


 そうだそうだ。

 まずは体をきれいにしないとね!


 振り返ると当然のごとく三人も裸で、それを見るだけで鼻息が荒くなってしまう。


 ほたかさんと美嶺はしなやかで引き締まったアスリートの体だし、千景さんは恥ずかしそうに大きな胸を隠してて、その仕草を見るだけで可愛くてたまらない。


 みんなでこうしてるのは学校キャンプの日以来だし、大会が終わって気分爽快!

 お風呂イベントで定番の洗い合いっこがしたくなって、みんなの元に駆け寄っていった。



 私たちは仲良く椅子に並んで、手始めにお湯を浴びる。


「すごいっ。お湯の刺激が新鮮ですよ! あったか~い」


「うん。三日ぶりの……お風呂だから」


「大会中はシャワーも浴びれなかったもんなっ。

 アタシなんて汗でベトベトだよ~」


 美嶺がかゆそうに背中をかいている。

 ……これは自然に洗い合いっこができるチャンス!

 特に美嶺の背中は愛情込めて、念入りに洗おう!

 私は泡立てたタオルで触れた。


「じゃあ私が背中を洗うよ~」


「うおぉ……。ま、ましろっ? 嘘。……こ。心の準備が……」


「じゃあ、ボクは……ましろさんの、背中」


「あぅぅ……? ち、千景さんが私を……っ?」


 はからずして、洗い合いが始まってしまった!

 千景さんの細い指が背中を撫でる。

 あまりにも気持ちよくて、変な声が出てしまいそうだ。


「えへ、えへ。自分がされると、スッゴクこそばゆいです~」


 すると、ほたかさんが迷った顔で私たちを見つめている。


「えっと……わたしは……どうしよっかな」


「梓川さんはアタシが洗いましょうか?」


「ボクとふたりで……洗いっこ、する?」


「えっと、えっと……。じゃあ、わたしはこんな感じっ!」


 何かを思いついた顔をしたかと思うと、ほたかさんは私の真横に座った。


「……って、ええっ?」


 ほたかさんの泡だらけの手が、私のお腹や二の腕に伸びてくる。


「なんで私っ?」


「ましろちゃんのふわふわのお肌、だ~い好きっ!

 ムキムキにならなくてよかったよ~」


「ふひゃひゃっ! く、くすぐったいですよぉ~。

 そこは胸だから、自分で洗いますって~」


 念入りに胸の下を洗ってくれるけど、ほたかさんの手つきが……なんかエッチだ!

 確かにそこは蒸れるし汗ばむけど、石鹸のツルツルした感触がたまらなく恥ずかしい。

 すると、急に千景さんの手が止まり、美嶺もこっちを振り向いた。


「梓川さんのアピール、ストレートっすね……。じゃあ、アタシもっ」


「なるほど……。徹底的に、洗う」


「ええ? えええ~っ?」


 そう言って二人も私の体をゴシゴシ洗い始める。


「ちょっ……待っ……!

 くすぐったいです。なんか……へ、変な気分になるぅ~」


 どれが誰の手なのか、分からない。

 私はなすすべもなく、体が泡だらけになっていった――。



 ……その時、聞き覚えのある声が浴場に響き渡った。


「あらあら~。みんな、仲がいいわねぇ~」


 ハッとして、みんなの手が止まる。

 なんと露天風呂に向かう扉に、バスタオル一枚の天城先生が立っていた。

 すでにお風呂に入っていたのか、ゆるい巻き毛のロングヘアを頭の上にまとめ、全身から水を滴らせている。

 ……その顔はニヤニヤしっぱなしだ。


「天城先生……! い、いつの間に入ってたの?」


「最初からいたわよぉ~。

 露天風呂の岩陰にいたから、気が付かなかったのかしらぁ?」


「全部……見てたんすか?」


「うふふふふ。エッチなことも程々にねぇ~」


 またしても、恥ずかしいところを先生に目撃されていたのであった……。



 △ ▲ △



「空木さんと剱さんは、初めての大会……どうだったかしらぁ?」


 みんなで露天風呂の湯につかっていると、天城先生が聞いてきた。


「私は……」


 その問いに、しばし考える。


「……私って元々、運動もアウトドアも苦手だったんです。疲れるのはもちろんだけど、プライベートで色々あって、心が疲れちゃってた……。

 でも、なんか不思議。

 大会に負けた悔しさはあるけど、優しいみんなにかこまれて、知らなかったことにたくさん触れられて……

 すごく楽しかったです!」


「ああ。アタシも……すごく楽しかった。

 アタシは人付き合いが苦手で、一人でいる方が楽で好きだったんすけど、

 この部はなんか居心地がいいんすよ」


 私たちが応えると、ほたかさんはとてもうれしそうに微笑んだ。


「そう言ってもらえて、うれしいなっ。

 お山では、みんな心があったかくなる気がするの~」



「その気持ち、わかりますっ!」


 私は身を乗り出してしゃべり出す。


「特に私が凄いって思ったのは、助け合いの心!

 山の中だと、ライバルや初めて会う人とも思いやりをもって助け合う。

 ……そんなの、なかなかないことですよ!

 ……それに、山ってなんか雄大で、私たちを温かく包み込んでくれる気がします。

 登山って、凄いですね!」



 興奮気味にしゃべり切った後、ふと周りを見てみると……みんなが止まっている。


「……アタシの言いたいこと、全部言われちゃったよ……」


「ましろさん、凄いです。……山の大事なことを、そんなにも分かって」


「そ、そうでしょうか……? ……って、ほたかさん! また泣いてるっ?」


 ほたかさんは嬉しそうに笑い、目をぬぐっていた。


「うれしいのぉ~。

 ましろちゃんが、こんなにうれしいことを言ってくれるなんて……」


「うっうっう……。梓川さんの気持ち、わかるわぁ……」


「天城先生までっ?」


 なんと、天城先生まで鼻をすすりながら目頭を押さえているではないか……。


「空木さんが、こんなに立派になるなんてねぇ……」


「うれしいですよね……」


 そこまで大げさに感激されるなんて、私って今まで、どれだけ後ろ向きだったんだろう。

 嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑だ。



「それはそうとして……。

 今回は校長をうまく丸め込めたけど、もう同じ手は使えないわよぉ」


 先生が急に神妙な顔つきになった。


「秋には新人登山大会があるのぉ。

 それは中国地方の五県が参加する中国大会の予選も兼ねてる。

 その時は本当の実力が試されるはずよぉぉ~」


「確かにそうですね……。

 あっ、でも……ましろちゃんはあまり心配しなくていいからねっ!

 わたしが頑張るから……」


 私を心配してか、ほたかさんは慌てたようにフォローしてくれる。

 ……でも、もうそんな心配、必要なかった。


「ほたかさ~ん。自分ひとりで頑張らないって約束でしたよね~。

 私たちの同盟がある以上、みんなで背負いあうんですっ!

 ……それに、秋の前に夏があること、忘れてないですよ~」


「夏……?」


「夏合宿ですよ!

 入部した日のお話、忘れてないんですから~。

 秋の大会の準備も兼ねて、遠くに合宿に行きましょう!

 できるだけ東の方に!」


 千景さんも美嶺は、その私らしからぬ言葉に目を丸くしている。

 でも、私の一声でほたかさんの表情が輝きだした。


「さっすがましろちゃん!

 だったらわたし、行きたい場所があるの~。

 それは……」


「北アルプスの森林限界っ! ……ですよねっ?」


 ほたかさんが言い終わらぬうちに宣言する。

 『森林限界』とは高い木が生えない場所で、すごく見晴らしのいい場所のことだ。部活について説明してもらった時、その魅力を熱く語ってたことを思い出していた。

 ……それは大正解だったみたいで、ほたかさんは満面の笑みで大きくうなづき続ける。


「ほたか……岩山に、飢えてる」


「うん! うずうずしてて……。

 それに、みんなに北アルプスの魅力を体で感じてほしいの~」


「体で感じるってなんか、それだけだとヒワイな響きっすね……。

 どの山がおススメなんすか?」


「それが問題なんだよぉ。

 ぜんぶ歩きたいけど、何日かかるか分からないし……。

 ましろちゃんは初心者だから、どこか一か所がいいかなぁって思うんだけど……。

 迷っちゃう~」


 そう言って、ほたかさんはクネクネしながら困り始めた。

 まるで「スイーツ全部食べたいけど、太るから迷っちゃう~」みたいな口ぶりだ。


 その時、私はふと思った。


「あ。……じゃあ、穂高ほたかはどうですか?」


「ましろ。先輩なんだから『さん』ぐらいつけろって」


「違うよ~。穂高連峰ほたかれんぽう

 ほたかさんの名前の元になったお山だよ~」



 山の魅力を力説された時、その名前が印象的だった。

 その提案に、ほたかさんは大きくうなづいてくれる。


「いいと思うっ!」


「あらあら。大丈夫かしらぁ? 難易度、高いわよぉ~」


「え、そうなんですか?」


 難易度が高いと聞いてひるんでしまったけど、ほたかさんの表情は揺らがない。


「大丈夫っ。わたし、計画を練ってみます!

 穂高にはいくつもの山頂があって、難易度の高すぎない場所もあるので……」


「ボクも……協力する」


 ほたかさんの熱意に千景さんの協力が加われば完璧だ。

 私は私で勉強し、頑張って体力をつけよう。


 ほたかさんが熱く語ってくれた『森林限界の世界』や『雲海』をこの目で見たい。

 アウトドアになじみのなかった自分がワクワクしてるなんて、本当に驚きだった。



「ところでさ。……ましろのことだから、お目当ては山だけじゃないんだろ?」


「えへへ……。バレてたか……」


 美嶺のツッコミに、私はいたずらっぽく舌を出す。

 そう、私の狙いは『合宿ついでの東京観光』!

 この夏合宿こそ最大のチャンスなのだ。


「……合宿ついでに、東京のアキバに行きたいんです~っ!」


 私は想いを込めて強調した。

 千景さんと美嶺に自分の趣味や隠し事を知られた今、オタクを公表するのは怖くない。

 それにここでアピールしなくては意味がないのだ!


「はぁ……。梓川さんもセンセーも、オッケーなんすか?」


「行きたいったら行きたいの~っ!

 去年だって東京観光をしたって聞いたもん!」


 そして、ほたかさんにすり寄っておねだりする。


「ほたかさん。行っていい? 行きたいよぉ~」


「わたしとしては応援したいけど……。先生、予算は大丈夫ですか?」


 ほたかさんが心配そうに先生に視線を送ると、天城先生はケロリとした表情をしている。


「問題ないわよぉ」


「……ほんとにっ?」


「校長には今日の温泉以外にもご褒美をせびって

 ……いえ、ご褒美をあげたいって言われてますからねぇ~。

 そ、れ、に、先生も東京観光は楽しみだわぁ」


 天城先生はうっとりとした表情で宙を見つめる。

 先生の笑みからちょっと黒さがにじみ出てたけど、今は指摘するまい。

 そのしたたかさが私たちを救ったのだから!


「マジか……。東京に行ってもオッケーなのか……」


「そういう美嶺も、顔がニヤケてるよ~。本当は行きたいくせに!」


「ぐぬぬ……。行きたい。行きたいさ!」


 そう、美嶺は同志。これ以上に心強いことはない!


「ちなみに、ほたかさんと千景さんは秋葉原にご興味は?」


「え……えっと……。あまり詳しくないかなぁ……」


 なるほどなるほど。

 詳しくないのは無垢ともいえる。

 私が山に興味を持てたのだから、二人がオタクになれる可能性だって同じぐらいにあるはずだ。

 ……これはオタクの沼に導くチャンスと言える!


「千景さんとほたかさんが楽しめるように、完璧に研究します!」


 私は力いっぱいに宣言する。

 心の底では、オタク仲間を増やそうと考えながら。



 今から夏合宿が待ち遠しくてたまらない。


 旅先でどんなことが待っているんだろう。

 これからの部活でどんなことが起こるんだろう。


 自分の部屋に閉じこもるだけのインドア人間だった私が、こんなにもアウトドアが好きになるなんて、思わなかった。



 世界には知らないものがいっぱいだ。

 未知を探索したい気持ちが湧きおこる。


 それもこれも、大好きなみんなのおかげ……。


「穂高連峰へのチャレンジと秋葉原観光……!

 あぅぅ~楽しみになってきた!」


「うん。楽しんでいこっか!」


「楽しみましょ~~っ!」


 五人の元気な声が露天風呂にこだまするのだった――。




 『バックパックガールズ

  ~お絵描き娘、美少女につられてお山を目指す~』 完

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バックパックガールズ ~お絵描き娘、美少女につられてお山を目指す~ 宮城こはく @TakehitoMiyagi

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