描かれていない数多の夜を超えて

 偶然拾った(正確には拾われた)化け猫に気に入られ、なし崩しで部屋に住み着かれることになってしまった、ひとりの男性の物語。
 個性的なキャラクターたちの織りなす、コミカルな掛け合いが楽しい王道ラブコメディ——かと思いきや意外や意外、静かで落ち着いた人間ドラマでした。いや最初の一話を見る限りどう見てもいわゆる〝落ちもの〟的なお話で、なにしろヒロイン(?)の人物造形が人物造形です。
 自称『幸福を呼ぶ招き猫』のタマさん。時代がかった年寄り口調で喋るばかりか、見た目が頭に猫耳生やした小中学生くらいの女の子という、「ははーんなるほどそういうお話ねオッケー大好物」とこちらをすっかり懐柔してからのこの展開。やられました。単に「思った以上にいい話」というだけでなく、物語の形式というかスタンスというか、描き出される主題の大きさと暖かさがすごい。
 でもその前に、というか「順を追って」と言いますか、なんだかんだタマさんの造形が好きです。普通にかわいい。ある種のありがちさ・あざとさがしっかり魅力として機能していて、つまりわかりやすい属性は結局どうしたって強いというのと、でも〝キャラクターとしての軸自体は決してそこに頼っていない〟からこその魅力を感じました。こういう人って本当に好き。ネタに走るでもなくてらいもなく、記号や属性をしっかりキャラクターの一部としてしまうこと。よく見れば主人公も結構それっぽいというか、例えばこのタマさんに全然なびかないところや、各話冒頭が呼びかけで始まっているところなんかは、非常にライトな手触りを感じました。絶妙。
 と、コメディっぽい空気に見せかけておいて、というかその軽妙な文章/キャラクターの形式もそのままに、展開していく物語のこの、何? シリアスさというか内容の太さというか、とにかく胸に沁みました。嘘でしょ……まさかこんな物語が待っていたなんて……。
 端的に言ってしまうならひとりの男性の、その生涯を幕切れまで追ったお話になるのですけれど。何がこんなにも「良い」のか説明が難しいというか、結構いろいろ積み重なっている感覚。主人公の人生における様々な苦楽であったり、長い年月を経ても変わらないふたりの関係であったり。ただその中でも一番強烈だったのは、やはり最後の第四話、タマさんの視点から見た物語の終幕です。
 彼女の言う、「ひとつの幸福が生まれた夜」。その言葉から逆説的に連想される、彼女がこれまでに見送ってきたであろういくつもの夜。幸福なこともあればそうでないこともあったであろうそれらに、でもひとつだけ共通しているのは、彼女は常にそれを見送る側であったということ。胸に迫るその事実を、でも一切書かないままに表現してしまう。
 効きました。想像の余地、という語で合っているのか自信がないのですけれど、でも言葉でもって語られないからこそ語られること。人と人ならざるものとの交わり、そこに避けようなく生じる道の長さの違いを描いた、まさかのラブコメ風人間ドラマでした。やっぱりタマさんが好きです。特に第一話、わりとドン引きものの過去をあっけらかんと語る場面。謎の生々しさと猫っぽさ(というか野生動物っぽさ)。大好き。