12(終) 二人の始まり
命がけで和平交渉をするような強引なやり方をしてしまった。しかし後悔はしていない。わたし一人死んだところで悲しむ人間などいないのだから。そのときそう思って、星瀬くんがいることを思い出した。
だんだん意識が遠のいていくのを必死でつなぎとめる。もうすでに、屠龍戦士側の首脳であるタリアさまと、『新党人類の幸福を許すな』の首脳である星瀬くんの従姉が、難しい顔をして向き合っていた。
これで、よかったんだ。貧血のめまいを覚えながら、どうか無事に進んでくれと願う。そりゃあ、ずっと戦ってきた二つの組織に、いきなり和解しろというのが無茶なのは理解している。しかし、それしか手段はないのだ。
それしか、わたしと星瀬くんの恋を成就させる手段はないのだ。
頭のなかで、微かに「亜心、」と呼ぶ声がする。
「亜心、いままでよく頑張ったね」誰の声だろう。聞いたことのない声だ。タリア様じゃない、女の人の声。その声は、わたしをよしよしするように、優しい。
「亜心、戦い続けてきたお前を、私たちは誇りに思うよ」聞いたことのない、男の人の声。
わたしはしばらく考えて、それが今は亡き両親の声だと気付いた。ああ、わたしは死ぬのか。失血死だ。両親のいるところに行くのか。
「お前に、ゲオルギウスの名を譲って、本当によかった」
先代のゲオルギウスがそう言い、わたしはえへへと笑う。
「亜心?」急に星瀬くんの声がした。はっと正気に戻る。リアルにえへへと笑ってしまったらしい。そうだ、わたしが両親や先代のゲオルギウスに褒められる理由なんてない。両親の仇も討てなかったし、先代のゲオルギウスの名を受け継いだのにこうやって宇宙人との和平を結ぼうとしているのだから。
「なあ亜心、死なないよな?」
「死なないよ、これくらいの怪我ならよくあること」
「俺は――亜心に生きていてほしい」
「そっか。頑張ってみる」わたしは頑張って、意識を現実につなぎとめることにした。死ぬなんていやだ。もっともっと、楽しいことが、わたしたちには必要なのだ。
手をつないで買い物に行きたい。洋服を選んでもらいたい。勉強を教えてもらいたい。そんな当たり前のことが、すごくすごく楽しいこととして想像された。
屠龍戦士とか、「新党人類の幸福を許すな」とか、そういうものとは無関係に、星瀬くんと親しくなりたい。
星瀬くんと……似合いの二人に、なりたい。
――そこでわたしの意識は途絶えている。
むくり、と布団から体を起こす。肩の傷は縫われている。ここはどこだ? 辺りを見渡すより早く、鼻を消毒液の匂いが刺す。病院だ。
一人部屋のようで、ほかの患者はいない。完全にわたし一人だ。……これは、どういうことだろう。枕元にある小さなテレビの電源を入れる。
どのチャンネルでもニュースを放送していた。NHKのEテレすらL字画面。テレ東はここの県では観られないので、どんな塩梅かは分からないが、しかしこの状況ならニュースでもおかしくないはずだ。
宇宙からの難民船が、次々と地球に飛来しているそうだ。じゃあ和平交渉はうまくいったのかな。ザッピングしてみるとどうやら和平交渉はわりとすんなりまとまったらしい。宇宙人には地球のルールを徹底して守ってもらうこと。宇宙人と地球人の価値観は長い時間をかけてすり合わせていくこと。屠龍戦士はあくまで抑止力としての存在にとどめること。
やる気になればこんなふうにできるんだ。ほっと安堵する。テレビを停める。
病室の開けっ放しになっているドアから、誰かが入ってきた。スーさんと、星瀬くんだ。
「よお。ようやく目を覚ましたな、お姫様」そう言ってスーさんはテーブルの上に果物がぎっちり入ったお見舞いセットをでんと置いた。
「これ俺からも」もうひとかご、お見舞いセットが置かれる。こんなにバナナばっかり食べられるかっつうの。そう思っているとスーさんは勝手にバナナを取って食べ始めた。いやお前が食べるんかい。思わず笑いが出た。
◇◇◇◇
亜心が穏やかな顔で笑うので、俺はとても、うれしくなった。
「和平交渉、ちゃんとまとまったみたいでよかった」
「課題は山積してるけどな……ぜんぶ亜心の勇気のおかげだ」
俺がそう言うと、スーさんとか言う奴がへへへと笑って、
「今回の事件のおかげでゲオルギウスの本名が分かって嬉しいよ」という。お前ら家族なのに本名知らないのかよ。そうツッコもうと思ったが、こいつらは家庭の事情がやっべえ複雑であることを思い出して俺は黙った。
「えっなに俺の本名聞かないの?」と、スーさん。亜心ははあとため息をついて、
「別に知ってもいいことないし」と答えた。スーさんはムギギ顔をした。
「……亜心、転勤、なくなったぞ」
俺はそう言った。亜心はしばらくポカーンとしてから、小さい声で、
「……なんで?」と訊ねてきた。俺はスーさんをちらっと見る。
「ゲオルギウスは、屠龍戦士の登録名簿から削除されたんだ」
スーさんがそう答えた。亜心はよく分からない顔をしてから、
「人類の敵と和平を結ぼうとしたから?」とスーさんに訊ねた。スーさんは黙っている。ああ、やっぱりスーさんは亜心に屠龍戦士でいてほしかったんだ。スーさんはしばらく黙って、
「おおむねそんなとこだ。あるいはタリアさまの気づかい、かな」と、そう答えた。
「タリアさまに気をつかう気があるなんて。びっくりぽんだわ」亜心はそう言って笑う。
「で、お前はここを退院し次第、一人暮らしをすることになるわけだ」
「一人暮らし」亜心は喋る小鳥のようにそう繰り返した。スーさんは頷く。
「じゃあ、もうスーさんやタリアさまのぶんのご飯作らなくていいの? それだとだれが作るの? 大丈夫?」
「俺らのメシのことなんか心配しなくていいんだって。適当に冷凍パスタとか食べるから。な?」
「分かった……けど。そっかあ、一人暮らし……家賃はどこから出るの?」
「屠龍戦士引退年金というのがたんまり出る」スーさんがそう答えて、亜心はにこりと笑顔になった。
「失礼します」亜心の病室にまた誰か入ってきた。振り返るとカイヨ=ウプラゴ・ミ、つまり月山ちひろだった。やっぱり果物のかごを持っている。お見舞いがかぶりすぎだ。
「……星瀬くんの、従姉さんですか」亜心はそう訊ねた。
「従姉、というか参謀だと思っていただければ。ふふ……まさかこんな形で和解するとは、みじんも思っていませんでしたよ」ちひろはそう言うと、さみしげに笑った。
「まさか高校生の恋から宇宙の平和に繋がるなんて思いもしませんでした。すごいことです」
「あの、恋じゃなくて、これは愛だと思います」
亜心は赤面するどころか全く平静を保った表情でそう言う。んで俺が赤面する。
「どういうことです?」と、ちひろはよく分からない顔だ。
「恋は下心、愛は真心って言うじゃないですか。漢字で書いた時の心の位置から」
「あーなるほど! 理解理解! 愛ですね!」
「……ゲオルギウス、お前よく恥ずかしくもなく愛とか恋とか言えるな」
スーさんが呆れた顔をした。亜心は小さく笑って、
「なんとでも言いなさいよ」と答える。そういうそばからスーさんが二本目のバナナに手を伸ばす。食いすぎだ。
「とにかく地球の平和についてはまだいろいろと始まったばかりだ」俺がそんな風に、亜心に現状を説明していると、なぜかスーさんとちひろが出ていってしまった。
……二人っきり。俺も亜心も顔を赤らめて、互いを見ている。
「手、つなごう」亜心が俺の手をぎゅっと握る。顔と顔がぐいっと近寄る。
「――昼飯、ペペロンチーノだったんだよなぁ……」
俺がそうつぶやいた瞬間、亜心は俺の顔を引き寄せて思いきりキスしてきた。下手くそなキスは、前歯が激突する痛いやつだった。
「これからも、よろしくね」
「こちらこそ、これからもよろしくな」
恋は、まだ始まったばかりだ!
屠龍戦士vs新党人類の幸福を許すな 金澤流都 @kanezya
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