11 二人の覚悟
もう戻るわけにも、かといって学校にいるわけにもいかない。最後の先生が出ていけば警備会社のセキュリティシステムが動くので俺らは捕まりかねない。
二人で、学校の近くの公園に向かった。ふたりでブランコに乗る。きぃきぃとわずかに漕ぎながら、俺は口を開いた。
「俺は和平を結んで平和な世の中にしたいと思ってる。こないだまで改造兵士を作ってたやつの口から言うのもどうかと思うけど」
「それができたら一番いい。わたしもそうしたい。だけどきっと許してはもらえない」
「……互いに、詰んでるな」
「つんでる?」亜心が訊ね返してくる。どうやら意味がピンとこなかったらしい。俺は、将棋用語でもう玉の行き所がないことだと答えた。そっかあ、と亜心は理解した顔をする。
「将棋……とか、そういう教養とは無縁の育ち方してるから……ごめんね、バカで」
「バカだったら勉強しようとかものを知ろうとかしねーよ。バカっていうのは俺の取り巻き連中みたいなのを言うんだ。自分で考えないで他人の言うことにそのまんま乗っかるやつらが、結局のところ一番バカなんだ。俺が右って言えば右だし左って言えば左。それがバカだ」
「そんなふうに悪く言っちゃだめだよ。星瀬くんの取り巻き、みんな成績いいし」
「人間がバカかそうでないかは成績の良い悪いじゃないんだ。そこに意志があるかどうかだ」
「意志……」亜心はそう呟き、すんっと鼻を鳴らした。
「どうすれば、この戦争は終わるのかな」
「わかんね。詰んでるな。どっちに逃げても意味ナッシンだ」
そんなことを話していると、俺のポケットでスマホが鳴った。取り出してみる。うげぇっ、父上からだ。どうしよこれ、出るしかないのかな。無視して留守電聞いてみっか。
とりあえず父上からの電話を放置してみた。留守電機能で、父上からのメッセージが録音された。
「ダイオキシアス。お前が地球人の、それも屠龍戦士の女にたぶらかされてしまったことを、カイヨ=ウプラゴ・ミから聞いた。今なら許す、戻れ」
メッセージはそれだけだった。
「たぶらかされたんじゃねーし……」俺は悔しくて顔をゆがめた。
「戻ったうえで和平の話をしてみたら?」
「俺の話なんて聞いてもらえないよ」俺はため息をついた。亜心はぼんやりと、公園の灯りを眺めている。
「どうしたもんかなあ……帰っても帰らなくてもどうにもならない。もっと根本的な問題がある気がすんだよなあ。地球人と俺たちの間には」
「互いの無理解がこの事態を招いたんじゃないかなあ」
「無理解?」俺は首をかしげる。
「そう無理解。互いに、相手とは和解不可能だと思ってる。もっと互いのことを知れば、きっと共存だってできるはず。人間と変わらない感情をもって、人間と同じように暮らしているわけだから、きっとできるはず」
「でも俺らの移民を認めたら地球がキャパシティオーバーになるってこないだ言ってたろ」
「移民……そうだった。問題は星瀬くんとその家族だけじゃないんだ」
二人でそうやってぼそぼそ話していると、向こうから自転車の明かりが近づいてきた。
「きみたち、なにやってるの?」警察官だ。俺はびっくりして後ろにすっこけそうになった。
「あ、え、えーと」亜心が答えようとしてモゴモゴする。警察官は、
「こんな夜遅くにこんなところにいちゃだめだよ、君らまだ高校生でしょー。ほら帰った帰った!」と、なんの情緒もないことを言いだした。
まさしくペッパー警部である。俺はしぶしぶ立ち上がろうとする。そのとき亜心がするどく叫んだ。
「――彼は人質です! 解放してほしくば屠龍戦士との和平交渉のテーブルにつくようにと、『新党人類の幸福を許すな』に伝えてください! 屠龍戦士側にも、わたしに、ゲオルギウスに戻ってほしくば和平交渉に応じるようにと伝えてください!」
「え、あ、ああええっ?」警察官はわけがわからないよの顔をして、なにやら無線でどこかに連絡を入れた。
◇◇◇◇
拙速だったろうか。
だが現状これしか手段はなかった。屠龍戦士に変身することは装備の都合上できないが、まあ星瀬くんの首の骨をぽきっと折るくらいは簡単にできる。
ありがたいのはわたしがスマホを持っていないことだ。博士だのタリアさまだのスーさんだの、わたしを止められる人間はわたしと連絡がとれない。
警官があちこちと無線でやり取りをするうちに、公園の周りはパトカーだらけになった。そりゃそうだろうな、「新党人類の幸福を許すな」の総裁が人質に取られているのだから、屠龍戦士側か、「新党人類の幸福を許すな」側か、どちらのほうにつくとしても緊急事態である。
星瀬くんの首に右腕をかけて、いつでも折れるアピールをする。星瀬くんが苦しくないギリギリのところで捕まえているので、星瀬くんも苦しんでいるアピールをしている。
上空にはドローンが飛んでいる。ニュースにするのだろう。もしかしたら近くの建物の上に、狙撃手がいたりするのかもしれないが、とりあえず火薬の匂いはしない。
星瀬くんの、ちょっと熱い体温が、着ているものの向こうから伝わってくる。
「亜心……お前、悪いやつになるのか?」
「もとから悪いやつだよ。星瀬くん側から見ればね」
「亜心……なんで、」
「それ以上喋ると狂言だと思われるから黙ってて」
「お、おう」星瀬くんはそう答えて、苦しい顔を続行した。
公園のまわりでは、パトカーがひっきりなしに行ったり来たりしている。騒然、というのはこういう状態なのか。星瀬くんの表情は分からないが、予想外に大ごとにしてしまったので、驚いたりしているんだろう。
人混みをかき分けて、誰かが近づいてきた。――星瀬くんの従姉だ。相変わらず品のいい服を着て、いかにも知的な見た目をしている。
「ダイオキシアスさまっ!」
星瀬くんの従姉が駆け寄ってきた。そのとき、わたしの耳は、遠くで微かに鳴る金属音を捉えた。
「伏せて!」
わたしは叫ぶ。星瀬くんの従姉が伏せるのとほぼ同時に銃声がして、星瀬くんの従姉の頭があった位置を弾丸が通過していった。
「ひえ……狙撃されてた……」星瀬くんの従姉は青ざめる。宇宙人も青ざめるんだ。
銃弾の飛んできたほうをぎっと睨む。――微かに見えた装備から察するに自衛隊だ。この混乱を鎮圧するために出てきたんだ。これじゃあ安全な和平交渉なんてできたものじゃない。
「自衛隊が彼らを狙撃しようとしたようですが、人間のほうから和平交渉の道を絶つ気ですか?」わたしは警官にそう訊ねた。警官はあわあわとして、ぺこぺこ謝った。
「謝らなくていいから、早く和平交渉の――」
そう言おうとして、一瞬意識が遠のいた。それから激痛が走った。――撃たれたんだ。普段蹴ったり殴ったり槍でド突いたりの戦いをしているので、銃弾を受けることはめったにない。激痛の走った場所は、ちょうど肩のあたり。制服の肩を、どくどくと血が染める。
冷や汗をぼたぼた落としながら、わたしは星瀬くんの首をぎゅっと抱えた。
「もしダイオキシアスが死ねば、宇宙からの難民は地球を蹂躙する。屠龍戦士のわたしが人間に殺されれば、屠龍戦士は人間のために戦うことを放棄するでしょう。平和的交渉を望みます」
頼む、話の通じる相手であってくれ。星瀬くんの従姉はわたしをまっすぐに見ると、
「我々は話し合うことに賛成です。もう改造兵士に割くリソースも残り少ない。人類の出方次第、ということになります」と、真面目にそう答えて、口元を手で押さえた。
向こうから誰かが走ってくる。スーさんとタリアさまだ。
「どうしたぁゲオルギウス! なに早まってる! 生き急ぐな!」スーさんが叫ぶ。
「もし和平交渉が行われないなら、わたしは屠龍戦士をやめて、『新党人類の幸福を許すな』側の味方をする!」そう怒鳴り返す。だんだん気が遠くなってきた。相変わらず肩からは血が止まらない。
わたしの命なんてどうだっていい。和平交渉に持ち込むしかない……。
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