届かなかった空の青さ

 ミュージシャンの男性が久しぶりの仕事依頼を受け、三人組アイドルの楽曲を作ることになるお話。
 堅実で静かな手触りの現代ドラマです。アイドルや音楽、いわゆる芸能の世界がモチーフなのですが、でもアプローチの仕方が少し変わっているというか、キラキラした派手なイメージとは正反対の切り口から攻めてきます。若い才能がスターダムを目指すお話ではなく、その裏あるいはすぐ傍で、それを支える位置にいる人々の物語。
 いえ正確にはただ立ち位置や仕事内容の違いではないのですけれど、でもそこに触れるとどうしてもネタバレになるため、この先はそのつもりでお願いします。一応、ネタバレが即座に致命傷になるようなお話ではないと思うのですが、でも気にする方でまだ未読のかたはご注意下さい。
 魅力や特色はいろいろとあるのですが、まず目が行くのはやっぱりこの作品の空気感です。静かで落ち着いた、というかどこか煤けてざらついた手触りの情景描写。冒頭、すべてのきっかけとなる仕事依頼のメールでさえ、たまたま気まぐれから開いたような調子で(本当なら無視していた?)、なんだかやさぐれたような様子が伝わってきます。
 それもそのはず、これは過去に一度スターダムを目指し、しかしうまくいかず破れた男の物語です。
 過去の栄光と挫折、そしてそれ以来その世界の眩しさに怯えるようになった主人公。いやずっと刺さったままの棘のようなものというか、とにかくこの感覚の生々しさが鮮烈でした。うっかり夢が叶ってしまうことの功罪。最も輝いていた頃の記憶というのは、確かに宝物には違いないのですけれど、でも同時に手からこぼれ落ちてしまったものでもある以上、振り返るたびに心が苦痛に軋んでしまうのもまた事実なわけです。つらい……。
 このひりつくような日々の描写に対して、でもお話の筋自体は実に真っ直ぐというか、ちゃんと前に向かって進んでいくところが好きです。夢破れ傷ついたままの主人公が、でも新しい才能の輝きに励まされ、再び立ち上がるまでの物語。その上で特にというか、個人的に面白いと思ったのが、彼に救いをもたらすアイドルグループ『エルロン』の描かれ方や使われ方です。
 彼女たちは作中に存在する人物で、描写や言及自体はそこそこあるはずなのに、でもどこか抽象的な感覚。電話越しに聞こえた言葉ですらどこか聖句めいた響きがあって(実際それは彼女たちのキャッチコピーのようなもの)、つまりこの作品において彼女たちは、本当に偶像としての役割を果たしているんです。主人公にもたらされる救いの光明としてのエルロン。この辺りがなんとも象徴的で、不思議な美しさを感じました。物語的な救済の強さを際立たせているような感覚。
 うまく言えないのですけれど、沁みました。個人的に序盤の主人公の境遇、あのくさくさした感じがとても好きというか、どうしても共感させられてしまうお話です。華々しいスポットライトの輝きと、その下の栄光と挫折。素敵な物語でした。