エルロンの夢

K

 それは、一本のメールだった。

 件名はご依頼、と極めて簡素なものだった。

 いつもの自分なら、こんなメール目にも止めず未読のままフォルダの奥底に眠っていくはずだった。

 ただ、なんとなく気になった。気になってしまった。


「ふぅん……?」


 タバコを吸いながらスマホの明かりを見つめる。

 夜の街に、吐かれた煙は消えていく。

 液晶が表示していたのは、久々のクライアント仕事だった。


---------------♪-----------------


 ネットニュースのCMに三人の女の子が映っている。

 アイドルである彼女たちは、その輝きを、瑞々しさを弾けさせていた。


「凄いな、今どきの子ってのは」


 一人きりの部屋で呟く。

 室内ではタバコを吸わないようにしているから、少し口寂しい。

 ネットニュースを映すブラウザの横でメーラーを起動する。

 長方形にV字のマークが表示され、消えると目的のものにたどり着く。

 まどろっこしい時季の挨拶の後、本題が記載されていた。


【どうか、彼女たちに曲を作ってくれませんか。

 金額については是非相談させていただければと。

 彼女たちには、あなたの曲が必要なんです。】


「あなたの曲が、ねぇ……」


 このメールの送り主は何を考えて自分を必要としているのだろう。

 ネットニュースは、いつの間にか音楽番組へと変わっていた。


「いや~懐かしい曲でしたね」

「そうですね~、この頃はこういうインディーズ……というか、ネット発の音楽が盛んでしたからね」

「気になる曲とかありました?」

「昔ずっと聞いてたのは【甘いものが好き~】ってサビの……なんて曲でしたっけ?」

「忘れちゃうの!?ははっ、なんだろうね。ちょっとわからないですけど。続いては……」


「Bitter Girlsだ」


 誰かが聞いてるわけでも、応えてくれるわけでもないのに反応してしまった。

 いつだかに自分が書いた曲。

 中身は、恋愛がうまくいかない女の子の話。

 本当は甘いのが好きなのに、なかなか食べられない。甘いものを食べさせて。甘く、私を。


「チッ」


 思い出したらいつの間にか舌打ちをしていた。

 別に嫌な思い出というわけでない。ただ、嫌な思い出と思い出したくないものは一致しているわけではない。

 とにかくメールに返信をしよう。そしたら、またタバコを吸おう。


「あー……拝啓……いや、違うか」


 独り言を言いながら文章を打っていく。

 やってもいいという中身と、ビジネス的なマナーの取り繕い。

 本当に大人というのは面倒な生き物だ。

 最後に自分の名前と連絡先を署名として挿入して、送信。

 仕事でもメールはあまり得意じゃないのに、プレイベートならなおさら気疲れしてしまう。

 ただ必要なことをタイピングするだけなのに。

 まあ、そんなことはどうでもいい。タバコを吸おう。煙に巻かれよう。

 タバコを手に取って、外に出ようとした矢先。

 スマホが鳴る。

 画面には、見知らぬ電話番号が……いや?


「これ、さっきのメールに書いてなかったか?」


 記憶が確かなら、【ご依頼】の送り主の番号。

 返信を見てすぐに電話をかけてきたというのだろうか。

 どちらにせよ、無視できる理由がない。


「はい、もしもし」


 こういうときは名乗らない方がいい。相手に無駄な情報を与えると、面倒な事になりがちだ。


「あー、もしもし!ローさんですか?すみません夜遅くに!」

「はぁ……ん?今なんと」

「ローさん、ですよね?あ、そうか。メールにお名前あったな……水野さん、ですね」


 なんでそんな名前を。


「そうですね、水野です」

「すみません、突然お電話して……今お時間大丈夫ですか?」

「タバコ吸いながらでも良ければ」


 火をつける。


「はは、ありがとうございます。メールにて受けていただけるとのことでしたので、ひとまずお礼のお電話をと思いまして」

「仕事熱心っすね」

「これが今の私のミッションですから!」


 活発な女だ。電話越しだと若く聞こえる。まだ25ぐらいか?


「水野様は彼女たちのことを知ってましたか?」

「まあ、名前ぐらいは……」

「名前だけですか?曲は?」

「いや、一曲も。もしかしたらCMとか有線放送とかで流れてたのかもしれないですが」

「なんと!?」

「あ、いや……すんません」

「いえいえ、彼女たちにまだまだ伸びしろがあるということです!そしたらご依頼を受けていただいた水野様に、是非彼女たちのライブを見てほしいなと思いまして」

「あのー……水野でいいです。様とかじゃなくていいです」

「それでは水野さん!どうですか?」

「どうですかと言われても……」

「是非!」


 ここまで言われて、断る理由もない。

 何も知らないで曲を書くより、少しはマシなものが作れるだろう。


「じゃあ……」


 いいですよ、と答えようとしたところで電話越しに複数人の声が聞こえてくる。


「あー……………サー!………………して…………」

「…………めだよっ…………ごと…………」

「………………ぁまぁ…………そいから………………」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」


 答えを言うまでもなく、電話はミュートにされた。

 タバコは半分ぐらい吸わずに灰になっていた。

 吸って、吐く。吐いた煙に、巻かれる。

 ぼーっと吸いながら待ってると、再び女の声が聞こえてきた。


「すみません、彼女たちが事務所に帰ってきたもので……」

「はぁ……元気ですね」


 もうそれなりに夜も遅いというのに。


「あ、ご心配なく!彼女たちは必ず22時には家に着くようにしてますので!」


 安全な事務所だ、と言いたいのだろうか。

 おそらくこういった心配をされ続けているのか、自らの潔癖の証明のどちらかなのだろう。

 芸能界にいる若い女の子、と聞いていらぬ配慮をされているのか。


「すみません、話が逸れましたね。来週少し大きめのライブがあるんです。是非お越しいただきたいなと」

「まあ……いいですよ」

「良かった!それではメールにてチケットと詳細をお送りしますね。今回の会場は電子チケットですので、メールさえご用意いただければ大丈夫です!」

「ありがとうございます」

「他に不明なところございましたら、メールなり電話なりしてください!」

「わかりました」


 あとはビジネス的な挨拶をして、終わりだ。

 次のタバコに火をつける。


「っあっ……こらっ……」

「ん?」


 通るべき道から外れた気配。

 もう終わる寸前だったというのに。


「ねえっ!」

「んあっ!?」


 耳元で大声がする。

 さっきの女より、もっと若い。例の彼女たちか?


「エルロンの往く空に、ついてきてね!」

「こらっ……もう、すみません」

「あぁ、いえ……」


 少し、心打たれたなんて思ってしまった。

 これが彼女たちの魅力なのだろうか。


「すみません、騒々しくて……それでは来週お願いしますね」

「あぁ……はい」


 いや、待て。


「あの」


 一つ、大事な疑問が残っているではないか。


「自分がローであること、どうやって知りました?」


 そうだ。あまりの勢いに流されそうになったが、大事なことを聞いていない。

 かつて捨てた名を、どうして。


「それはっ…………はは、また次の機会に」

「えっ」

「それでは来週お願いします!失礼します!」


 そう言われ、電話は切れてしまった。

 タバコはまた、半分灰になっていた。


---------------♪-----------------


 結局疑問は解消しないまま、ライブの日になっていた。

 関係者席と一般の席どっちがいいかメールで聞かれたので、少し悩んで一般の方を希望した。

 特に理由はない。強いて言うなら、そっちのほうがより彼女たちの魅力や、ファンの熱気に触れられるかもしれないと思っただけだ。

 曲を作る上で、知ることは重要だと思っている。

 現実のものをモチーフにするにせよ、ファンタジーであっても、知らないものは書けない。

 彼女たちの雰囲気に合わせた曲を書く必要がある。

 それが、作曲者自身の癖を殺すものであっても。


「これ、どうやって使うんだろうな……」


 電車に揺られながらスマホに表示された電子チケットを見る。

 受付にて表示してください、と書いてある本文にはURLとチケット番号、名前まで書かれている。

 Bluetoothのイヤホンから流れてくる曲は、エルロンの曲だった。


【まだ見ぬ空へ 飛んでみようよ 不安も過去も全部 空が受け止めてくれるよ】


 エルロンの曲は全体的に明るく、ポップな曲が多い。

 わかりやすく”アイドル”を形成しているような曲だった。


【重たい荷物は置いてきなよ 空を飛ぶのに邪魔だから】


 「Wings」と題されたその曲は、どうやら彼女たちの十八番のようなものになっているらしい。

 ライブではコール・アンド・レスポンスがされるのだろう。


【太陽は私達を焼かない もうすでに夢中だから!】


 空を飛び続ける彼女たちに、惹かれる曲。

 これを書いた人はどんな気持ちだったのだろうか。


「まもなくー…………お出口は……」


 車内アナウンスが響く。

 会場に付く前に一本吸いたい気分だった。


 近くの喫煙所に寄ってから会場へと足をすすめると、他にもライブのために来ている風貌の人たちがいた。

 皆進む方向は一緒で、人によっては法被のようなものを着ていたり、「最☆高」と書かれたうちわを持っていたり。

 それぞれ彼女たちの輝く姿を見に来るという目的は一致しているようだ。


「少し大きい、ね……」


 会場自体の収容人数は200にも満たないだろう。

 地下アイドルとは言えないぐらいのキャパだが、売れっ子にしては少なすぎる。

 ブレイク直前、とでも言うのだろうか。

 受付に並び、開いていた地図アプリから電子チケットへと表示を変える。

 そういえば今日のメールチェックをしていない。

 大体どうでもいいクーポンだったりキャンペーンのメールばかりだろう。


「次の方どうぞー」


 いつの間にか順番になっていた。

 受付の女性に電子チケットを見せる。


「はい、確認いたしました!」


 物販の位置や簡単な注意事項を聞き、会場へ入る。

 とはいえ開場ギリギリに来ているので、物販を見る余裕はないだろうが。


 最小限の明かりとなっている通路を抜け、自分の席へと歩む。

 スタッフが開場整理をしていたり、何らかの指示をしていたりと「ライブが始まるぞ」という高揚感を与えてくれる。

 場内アナウンスは、事前に撮ってあったであろうエルロンの声だった。


「本日はご来場いただきましてありがとうございます!えーっと……」

「も、もうっ……これより場内の注意事項についてご案内しますっ」

「二人とも元気だね。ライブ中は携帯、カメラ等による録画は……」


 三人組のアイドルエルロン。

 活発そうな子と、ふわふわした雰囲気の子と、真面目、というより不思議な子の三人。

 三人とも仲がいいのだろう。場内は彼女たちの仲睦まじさで満たされていた。

 この前電話で声を書けてきた子は活発な子なのだろう。


「意外と貴重な経験だったのかもな……」


 座席についたら、一枚の紙が置いてあった。


【エルロンの往く空に、ついてきてね!】

 直筆と思われるサインとともに書かれているのは、電話のときのそれだった。

 そして一枚と思われたその紙は重なっていただけで、下には別のメッセージが。


【水野さん。本日はお越しいただきありがとうございます。是非、彼女たちの姿を見ていってください。そして、あなたの感じたように曲を作って欲しいです】


 会場が暗くなり、曲が流れる。

 彼女たちの曲では珍しく、アコースティック・ギターから始まる曲だ。


「Sometimes I get lost. I can't see the future, I'm trapped in the darkness.」


 ステージにライトが集まる。


「Find the light. Turn on the light. Illuminate me.」


 いつからかそこにいた彼女たちは、目を閉じ、しかし堂々と。


「And find me.」


 エレキ・ギターとドラムの音に合わせ目を開く。

 その目の先に、空があることを知っているかのように。


---------------♪-----------------


 ライブが終わって数日。

 MIDIキーボードをパソコンに接続し、音を入れていく。


「うーん……」


 ライブは最高だった。

 いつぞやに見たネットニュースのCMに出てきていた彼女たちの、本気の姿。

 アンコールまで完全に聴き入って……彼女たちに惹かれてしまった。


「らしさ、らしさ……」


 音を作る。少し作っては聴き、気に入らなかったら作り直す。

 メロディを作り、周りの音を作り、歌詞を入れる。

 仕事終わりの身体にはハードワークだった。


「……タバコ吸うか」


 そもそも楽曲作りが久々なのだ。身体を慣らすにせよ、頭を慣らすにせよ休憩は必要だ。

 ベランダに出てタバコに火をつける。

 スマホの光が顔を照らす。

 ネット記事を流し見していると、「あの人は今」なる記事にたどり着いた。


「ん……?」


 それは、自分の話だった。

 かつて「ロー」として作った曲をネットに投稿し続け、少し人気が出た頃。

 メジャーデビューの機会に「ロー」の名を捨て、水野として活動することにした。

 しかし残念ながら、売れたのは最初の数曲だけ。

 後は泣かず飛ばず、雑多に埋もれることとなった。

 それでも、曲を作りたいという気持ちは変わらず「楽曲提供者」としての立ち位置を目指すことにした。

 だが、それもうまく行かなかった。

 「作詞・作曲:水野」と書かれた曲はどれも話題になることはなかった。

 あるときはダメ出しをされ続け、あるときは「水野らしさ」を失わされた。

 いつからか自分の作りたいものが作れなくなり、自然と業界から消えることとなった。


「……ふん」


 ネット記事にはそこまで書いていないが、知っている人いるのだろうか。

 そもそも、もうファンなんていないだろう。活動していたのも何年も昔の話だ。

 次のタバコに火をつける。

 今回の依頼がだめだったら、MIDIキーボードは売ってしまおう。

 自分の力が彼女たちの手助けにすらならないんだったら、もう曲を作る意味はないだろう。


 諦めるには丁度いい。潮時、というやつだ。


「……たまには、ローとして書くか」


 幸いにも今回の依頼はテーマとかこうしてほしいとか一切ない。

 ライブが終わった翌日にかかってきた電話では


「どうでしたか!?彼女たちの凄さが!?」

「あの……いや、凄かったですよ。正直想像以上でした」

「是非、水野さんの好きなように書いてほしいんです!……いや、水野さんの好きなように、思ったように書いてください!」

「まあ……はい」


 そんなやり取りもあったぐらいだ。

 水野、として書いてほしいとは言われていない。好きなように書いてくれと、言われている。

 拡大解釈できるように言う方が悪い。


「っはぁ」


 煙を吐く。

 少しクリアになった頭に、メロディが浮かぶ。

 そのメロディに合わせて踊る、エルロンの姿も。

 夢物語かもしれないが、これで最後だ。

 彼女たちの往く空というやつに、ついていけるだろうか。



---------------♪-----------------


 二ヶ月後。

 完成した曲は、無事納品された。

 あとは向こうさんがどう評価してくれるかだ。

 しばらく仕事と作曲を繰り返す日々を過ごしていた。今度の土日はゆっくり休む時間を用意するとしよう。

 銭湯か?たまには遠出して温泉でも行くか?いや、少しジジくさいか……?

 何がいいかなと考えを巡らせると、着信音が響いた。


「もしもし」

「あ、水野さん!今お時間大丈夫ですか?」


 電話の主は、依頼者だった。

 曲のダメ出しだろうか。それとも、ボツにでもする気なのだろうか。


「はぁ、大丈夫ですけど」

「曲聴かせていただきました!それでですね……」


 あぁ、やっぱり。


「どこを直した方がいいですか?」


 世の中そんなうまくは行かないようになっているか。


「どこでも直しますよ。作り直しですか?納品期日的にもう厳しいかもしれませんが……」


 往々にして、この世はそういうふうにできている。

 思ったとおりに物事が進むなんて、ほんの一握りだ。


「え?いや、違いますよっ」

「ん?」

「すっごくいい曲でした!ってお伝えしたくてお電話させていただいたんです!」


 気が抜ける。


「やっぱり水野さんに……ローさんに依頼させて頂いてよかったです。好きなように書いてほしい、とは言いましたがここまで好きに書いていただけるなんて思いもしませんでした」


 評価、か?


「彼女たちも曲を聴いて、すっごい気に入ってますっ!早速ライブ用のダンスの準備をしているぐらいです!」

「ど、どうも……」

「ど、どうしましたか?」


 どうしたもこうしたも。


「いや、凄く評価していただけたのでびっくりしているんです。てっきり作り直しかと思ったので」

「まさか!こんなにいい曲を書いていただいたのに、作り直しなんて!」

「それはどうも……ところで」


 ところで。


「なんで僕のことをローって知っていたんです?」


 もうローという名で知っているのはほんの僅かのはず。

 世間的には”オワコン”とされてしまった、水野の名とは紐づきにくい。


「あはは……そういえば言ってませんでしたね。いや、恥ずかしくて言えなかったんですが……」

「恥ずかしい?」

「実は私、ローさんのファンなんです。学生のときに聴いたBitter Girlsから、ずっと好きで……いつか私のために曲を書いてほしいな、なんて思ってたんです。水野さんはその後、水野さんとして活動してから……失礼かもしれませんが、うまく行ってなかったじゃないですか。そんな水野さんの曲を聴いてて、悔しくて。なんでこの人が評価されないんだろうって」

「……………そんなこと、ないですよ。自分の力不足だっただけです」


 悔しいが、事実だ。

 水野として書いた曲でダメ出しをされたときは、ぐうの音も出なかった。

 メジャーデビューしても曲も売れず、トッププロの世界との差をまじまじと見せつけられただけで終わってしまったのだ。


「私考えたんです。どうしたら水野さんにまた曲を作ってもらえるかって。そしたらエルロンの次の曲の候補を私が決められるようになったので、書いてもらおうって」

「……公私混合ですね」

「いいんですっ。エルロンの子たちにもローさんの曲を聴かせたら気に入ってくれたので。それに、彼女たちにもきっと合うだろうって思って。そしたら、できた曲が水野さん……というより、ローさんの曲で本当に感動しちゃって」

「確かに今回は水野、としてではなくどっちかといえばローとして書きましたが……」


 よくそこまで差にわかるものだ。

 誰かに明示的に言ったわけではないが、水野とローでは曲作りに差を作っている。

 水野はどっちかといえば売れるための曲だったから、楽器構成やメロディラインにこだわりを持たなかった。

 特に、あまり好きではなかったキャッチーな歌詞を入れたりとわかりやすい曲を作ることだけを意識していた。

 対してローは、人が、キャラが輝く曲だったりインストゥルメンタルだったりと「ただ聴きたい、書きたいだけ」の曲ばかりだった。


「……とにかくありがとうございましたっ!御礼はまた別途お送りさせていだきます!」


 そんな細かいところに気づいたのだろうか。わかりやすくもない、ただのエゴの塊に。


「……あの、ありがとうございます。僕のファンでいてくれて。きっと貴女のおかげで、ローはまた復活できると思います」

「ふふっ……ローさんらしいですね。そしたら、ついて来てください。私達の……彼女たちの、往く空に!」



---------------♪-----------------


 電子チケットの示す会場へと足を歩める。

 喫煙所に寄って簡単に一服していたら時間がぎりぎりになってしまった。


「次の方どうぞー」


 受付の女性に電子チケットを見せる。


「はい、確認いたしました!」


 物販の場所や、簡単な注意事項についての説明。

 もうすでに聴いたことのあるそれは、ライブの始まりを告げるものと同義であると身にしみる。


「……始まるんだな」


 エルロンのライブ。今度のキャパは、500人。

もう少ないだなんて言えない。かなりのキャパシティだ。


「……ん?」


 スマホにメール通知が来る。

 通知には件名として「ご依頼」とだけ書かれていた。

 差出人は、エルロンのプロデューサー……前の、依頼者。


【どうか、彼女たちに曲を作ってくれませんか。

 金額については是非相談させていただければと。

 私達には、あなたの曲が必要なんです。】


 いつぞやと同じような本文。だけど、ちょっと違う。

 物販ではエルロンの新曲のCDが売られていた。

 作詞作曲は、ロー。


「あなたの曲が、ねぇ……」


 ニヤけづらになっていないだろうか。

 いつからかの諦念感は薄れ、高揚感に満ちる。

 これはこれからのライブのせいだろうか、それとも。


「ま、とにかく」


 まずは目の前のライブを見てからにしよう。答えは、そこから出そう。

 余計なことを考えていたら、彼女たちの往く空に置いてかれてしまう。


「いくよー!新曲!」


 ライブ会場は、空色のサイリウムで埋め尽くされた。

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エルロンの夢 K @kino_ls_s

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