休憩室にて・2
「ねえ先輩」
「なんですの、疲れてるんで簡潔にしてくださいまし」
「先輩は、どうしてこの仕事をしてるんですか?」
革張りのソファーに泥のように沈むアルマに、エルモが問いかける。
アルマは何も言わなかった。エルモはしばらく待ってみたが、答えは返ってこなかったので報告書をまとめ始めた。魂だけになってもまだこんな業務が存在するのかとエルモは不思議でならなかった。媒体こそ紙ではないものの。
空中に浮かべた霊子コンソールに思念で文字を綴っていくエルマだったが、どうもこの態勢は書き辛い。壁に紙を当てて書いているようなものなのだ。
何にでも存在する理由はあるものだなと感心してエルモが机を具現化させようとしたところで、ごろりと寝返りを打ったアルマが語り出した。
「妹がいたんですの」
「妹さん、ですか?」
エルモは机を出すのを止めて、そのまま執筆を続けた。何となくそれが必要な気がしたのだ。
「そう。私がこうなる前の話、一番最初の私……いえ、『俺』だったかしらね」
「へえ。お兄さんだったんですね先輩」
「ええ、まあ良くある話で恐縮ではあるんですけども……ある日、妹を庇って車に撥ねられたんですわ」
「それはそれは」
「妹は助けられたけども、自分は即死。それで目が覚めたら、今の上司の前に居たんですわ。即死なのに目が覚めたってのも変な話ですけど」
「あはは、そうですねえ」
「貴方もきっとそうだったんでしょうけど、その後はまあお決まり通りですわ。『貴方のような魂をただ死なせるのは惜しいから云々カンヌン』って言われて、転生者デビューですわよ」
「ベルトコンベア感覚で話が進んでいくからびっくりしますよねアレ。拒否する暇もないんだもん」
「で、まあなっちゃったもんはしょうがないと、割り切って私も最初は楽しんでたんですわよ。冒険者だの勇者だの魔王だの魔物だの一通り。一つの世界を終わらせる度にまた次の世界に。失敗しても成功してもまた次に」
「今思えばアレ採用テスト兼研修ですよね」
「ですわね、無駄のないことで。そんでいい加減飽きたから新規開拓してみようといわゆる令嬢モノに手を出して」
「それでその変なお嬢様口調になっちゃったんですね」
「るっさいですわね、気に入ってんですのよこれでも。で、そこから令嬢を10回ほど続けて、ふと話の中で妹の……なんて名前だったかしら。クリスティーナだったかしら、それともアンジェリカ?まあ良いですわ。妹を呼ぼうとして、そこで引っ掛かったんですの」
「何にですか?」
「妹というのは、どの妹だ、って」
「……。」
「随分いろんな世界で主人公やら何やらやりましたからね。出来た妹も一人や二人ではありませんでしたわ。けど、私はそこで『最初の妹』の顔も名前も声も全部思い出せなくなっていたことに気付いたんですの。覚えているのは妹がいたという事だけ」
「それで、ここに」
「そう。その世界をさっさと切り上げて、上司に食って掛かったんですのよ。もううんざりだ、元の世界に返してくれって。あの時の上司の顔は永遠に忘れませんわ」
「ああ……はい、そうですね」
「何の感情もない、壊れたおもちゃを見るような顔。『ああ、またか』って声が聞こえるようでしたわ。きっとよくある事なんでしょうね、数えるのも面倒なほどに。で、その顔のままあいつは言い放ちやがったんですの」
「望みを叶えて欲しければ、今まで転生に使ってやったコスト分を返してからだ。それまでは部下として働け」
「よく覚えてますわね、一言一句そのままですわ。決り文句なんでしょうかしらね。それで、自分の世界と記憶を質に取られて、ここで馬車馬やってるって訳ですわ」
言い終わるとアルマはごろりと寝返りを打ち、エルモに背中を向けた。
少し耳の端が赤くなっている。そんな情緒までこの体にはあるのだなとエルモは妙なところで感心した。そのまましばらくアルマの背中を眺めていたエルモだったが、アルマは疲れていたのか、そのまま眠ってしまった。てっきり今度は自分が聞かれる番だと思っていたのだが。まあいいか、楽しみはまた後に取っておこう。まさかあの上司もとんだ誤算だったろう。まあ確率的には有り得ないと言っても良い事だろうし。私達より遥か昔から『業務』を続けているあの上司は、とっくに擦り切れてしまっているのだから。なので、エルモは今の自分に与えられた奇跡を考えるだけで無限に嬉しくなってしまうのだ。
「先輩、私も同じだけど、ほんの少しだけ違うんです。私の願いは『兄に会って、思い出して欲しい』。けど、先輩がお嬢様言葉を気に入ってるように、私も今の自分とこの部屋が気に入ってるんです。お仕事を終えた後帰ってくる、先輩と二人っきりのこの部屋が。だから」
だから、今はまだこのままで。あともう少しだけ、全てが交わる前のこの瞬間を、どこまでも。
世界幸福保険営業員・立花アルマの輝かしい日々 不死身バンシィ @f-tantei
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