『蒼天のトライアド』最終回 愛すべき人

「どこなんですのここは」

「孤島の洋館ですねえ」


 ざっぱーん。

 周囲をぐるりと取り巻く断崖絶壁、荒波が飛沫となって砕け散る。

 空は一面の曇天どんてん、雷鳴が響き暴風が吹き荒れ大粒の雨が轟音と共に降り注ぐ。13・14人目の新たなヒロインとして潜入したアルマとエルモは登場人物諸共、嵐の洋館に閉じ込められていた。


「高校生の恋愛物語と聞いてきたのになんで舞台が急に洋館になってるんですの?」

「ミステリーと言えば閉鎖環境クローズドサークルだ!ということで急遽入った新展開らしいです」

「愛憎模様の13人がバトルロワってるとは聞いてましたけど、なんで全員大人しく一つの洋館に収まってるんですの?」

「修学旅行ですね」

「頭がおかしいんですの?というか女子は全員テコ入れヒロインということで納得するとしても男子生徒はどこ行ったんですの?」

「全員病欠だそうで」

「一周して理性的な判断に思えてきますわね。まあ良いですわ、登場人物達はそれぞれどうしてるんですの?」

「あてがわれた個室にそれぞれ閉じこもってますね、メインヒロインと主人公だけは同室ですけど」

「……ツッコミはもう良いですわ、とにかくこの拗れこじれ倒した人間関係をどうにかしましょう。全員個室に閉じこもってるなら好都合ですわ、個別撃破と行きましょう」

「個別撃破って具体的には?こう、我々に与えられた神秘パワーでガツーンと?」

「暴力は無しですわ、一応恋愛物なんですし。そうではなくて、要は総勢12人の女が主人公一人に惚れているのが問題なんでしょう?だったらシンプルに一人にすれば済む話ですわ」

「というと?」

「私達が他の11人を惚れさせましょう。分担は6対5で」

「でも私達ヒロインとして参加してますけど」

「そんなもん『実は男だったんだ』とか言っとけば通りますわ。そういえばヒロインの中にレズビアンは居まして?そこは確認しておかないと後々面倒ですわ」

「居ますね一人だけ。ライバル役の当馬サブヒロインが」

「……ああ、そういう話だったんですのね。それも今となっては詮無い話ですけど。エルモ、全員分の詳細なプロフィールを。嗜好傾向から性感帯に至るまで余す所なく」

「うわあ、何する気なんですか一体」

をよ。数多の物語を渡り歩いた私達がカンニングペーパーまで手にする以上、失敗は許されませんわ」


 全員分のカンペを読み込んだアルマとエルモは二手に分かれ、テコ入れヒロイン達の部屋を戸別訪問し一人ずつ口説き落とした。


 エルモはまずこの状況の異常さを客観的な視点から説明して正気に戻し、異性としてではなく「あなたを純粋に心配しているんだ」という誠実な態度で一人ずつ説得に掛かった。少女達は始めは警戒したものの例外なくその真摯な態度に打たれ、涙を流しながら己の過去を演出付きで吐露した後でエルモに心を委ねていった。


 一方アルマは手段を選ばなかった。見た目の好みから性的嗜好に至るまで全ての個人情報プロファイルを抑えている上に調自由自在のアルマに6人のヒロイン達は為す術がなく、合意の上であらゆる体液をアルマにぶっかけながら己の肉体の全てを曝け出していった。それらの描写はこの場では出来かねるので一切省略させて頂くが、ご容赦願いたい。

 

「先輩、こっちは終わりましたよ!そっちはどうでうわぁクッサぁ!なんかもう全てが入り混じった匂いがする!」

「うっさいですわね、仕事上仕方のない汚れでしてよ。『下水工事の業者さんってこういう気分なんだな』と思い知りましたわ。そっちのヒロイン達は今どうしてますの?」

「全員、安心仕切って眠ってます。多分EDエンディングまで起きることはないかと」

「こっちの方も全員気絶させましたわ。後はメインヒロインと主人公だけですわね」

「先輩はまずお風呂入ってきて下さい。……ところで気になってたんですけど、これメインヒロインの不治の病は解決してなくないですか?」

「そこは解決しなくて良いですわ。物語の成り行きに任せましょう」

「でも、それってハッピーエンドじゃ」

「ハッピーであることが幸福とは限らない。全てを横槍で解決しまったら、そこには何も残りませんわ」


 一時間後、風呂入ってサッパリしたアルマとエルモは主人公とメインヒロインの部屋を訪れた。全ての愛憎の糸は解きほぐされ、残ったのは貴方達だけだと告げるためである。


「ねえ貴方、話がありますの。ここを開けて頂戴」

「誠夜さん、全ては落着しました。もう貴方達を煩わせる人は誰もいません」

 

 ああそんな名前だったのかとアルマが一人得心していると、ゆっくりとドアが開かれた。そこには身長170後半で痩せすぎでもなく筋肉質でもない、人間よりも精巧な人形に近いような透明感のある青年が立っていた。


「ああ、君達か……全ては落着したって、どういうことだい?」

「この館にいる貴方達二人以外の全員と対話し、ここ最近貴方に押し寄せていた懸想の数々は、全て思春期によって齎された一時の錯覚だと納得して頂きました。もう誰も貴方達の仲を邪魔する人はいませんよ」

「先輩、今どき懸想はちょっと」

「うっさい。……ええと、咲理亜さりあさんの具合はいかがかしら?それだけは私達ではどうすることも出来ませんの」

「彼女は……眠っているよ。とても綺麗に。病に冒されているなんて信じられないくらいに」


 誠夜は目の前にいる二人と目を合わせず、虚空を見上げながら謳うように呟いた。

 普段からこんな喋り方をしていることが伺える、慣れた動きだ。


「はあ」

「それはそれは」

「まるで眠り姫みたいで……童話みたいに、口づけをしたら目を覚ますんじゃないかと何度も試してみたんだけど、咲理亜の口からはただ息遣いが伝わってくるだけなんだ。いっそ、僕の命を咲理亜に吹き込めればいいのに」


 ウッザ。

 キッショ。

 アルマとエルモは別々の言葉を聞こえないように呟きながら完全にシンクロした。


「それでは、看病の邪魔になってはいけませんから私達もこれで。どうかお大事になさってください」

「待ってくれ。他の皆は、僕への想いを勘違いで納得したと言ったね?」

「ええ、まあ」

「じゃあ、?」

「えっ」

「いや、それは」


 ぞわりと。

 何かに首筋を撫でられたような感覚が二人を襲った。


「咲理亜がこの先目を覚ますのにどれだけ掛かるか分からない。もしかしたらずっと目を覚まさないかも知れないんだ。看病はずっと僕がしていくつもりだけど、正直一人では不便なこともあるんだ。だから、君達に手を貸して欲しい。一生を共にしてくれるパートナーが僕と咲理亜には必要なんだ」


 誠夜はそっとアルマの手を握った。そうする事に何の疑問も抱いていないような、極めて自然な手付きだった。

 等身大の蝿に手を握られたらこんな気分なのだろうなとアルマは思った。

 エルモは既にバックステップで3m後ろに下がっていた。


「……チ」

「チ?なに?契約のチッスが欲しいって?」


「チェ―――――ストォォォ――――――!!!!」


 アルマは握られた右手をそのまま正拳突きで誠夜に叩き込んだ。

 渾身の螺旋捻りを練り込んだ一撃を受けた誠夜は錐揉み上に吹き飛んでそのまま壁を突き破った。


「ああっ、暴力!やはり最終的には暴力が全てを解決するんですね先輩!?」


 そう、暴力は物語の全てを解決するのだ……!


「はぁ、はぁ……下水工事の上があるとは思いませんでしたわ。今日はつくづく勉強になる日ですわね」

「私もです先輩……おや?」

「う、うぅん……」

「先輩!咲理亜さんが目を覚ましたよ!」

「え?なんで?不治の病ではなかったんですの?」

「きっと咲理亜さんは目を開けられなかっただけで意識はあったんじゃないでしょうか。私達のやり取りは全部聞こえてたんですよ!」

「いやだからなんでそれで不治の病が治るんですの?キモすぎて治ったんですの?」

「チッチッチ、鈍いなあ先輩は。人の手によって作られた、伝染性の不治の病。そんなの一つしか無いじゃないですか!」

「……そのこころは?」

「恋のや、ま、い!咲理亜さんは永遠の恋から目を覚ましたんですよ!ほら、見て下さい先輩、誠夜さんが開けた穴から外が……もうすっかり嵐も止んで、綺麗な青空と水平線がどこまでも澄み渡っています!」

「いやいやいやなんですのそれは、そんな雑なまとめで話がオチる訳が」


 そう、青空と大地の間にはどこまでも水平線が横たわり、決して交わる事はない。


「は?」


 しかし、交わる事がないからこそ二つはどこまでもどこまでも、きっと永遠に続いていく。水平線と共に、世界の果てまで。私達も、きっとどこまでも……


「いやだからさっきから何を言ってるんですの?」

「ほらED入りましたよ先輩、依頼者クライアントもこれでいいって!」


 エルモが指差す先を見ると、一面の青空と海と水平線をバックにスタッフロールが流れ始め、BGMにオーケストラアレンジのRAD○○MPSが流れ始めていた。


「ああそうですの、じゃあもう帰りますわあほくさ」

「はーい先輩」


 全てを終えた二人の少女は洋館を後にした。

 その後、目を覚ました12人の少女も通報を受けた救急隊に無事救助され家路についた。皆少しづつ事件のことを忘れ日常に回帰していく。惨劇の唯一の犠牲者である北沢誠夜ただ一人を残して……


「あっ死んでたんですね彼」

「まあミステリーっぽく落ちたから良しとしましょう。生きてたほうがややこしかったでしょうし」

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