休憩室にて

「だっる」

「先輩お疲れ様でーす。ってうわ、顔色すごい事になってますよ。何日休んでないんですか?」


 純銀シルバーのボブカットに翠玉エメラルドの瞳を持つ少女が、ヨタヨタと歩み寄って来た少女を気遣う。声を掛けられた白金の長髪ストレート蒼玉サファイアの瞳を持つ少女は、ただ無言でソファに頭から突っ込んだ。


「100徹ですわ100徹。いくら肉体がない魂だけの存在だからって限度がありますわよ。本当に山も谷もないどっかで見たような話を延々継ぎ足しおってからに、挙げ句こっちに丸投げとか世界を生み出す責任ってモノをよく考えてほしいですわ」

「あはは、そですねー。まあそれが私達の飯の種になってるんですけど」

「因果な商売ですわね、文字通り」


 白金の少女が着ているスーツの胸ポケットから煙草たばこを取り出し指先で火を付ける。この空間において、あらゆる事象は滞在する二人の少女のイメージによって自由自在である。唯一彼女達を縛っている、全身純白のスーツと黒いネクタイを除いては。

 

「今回も一応何とかなったんですよね?」

「まあ、依頼者クライアントは喜んでくれましたわ。例によってどう収集付けたものか分からなくなってたようですから、一旦オチがつくだけで案外納得してくれるものですわよ」

「オチですかー。隕石ドカーンとかじゃ駄目なんですかね?」 

「それで良いなら私達はここに存在できてませんわよ。『もう何でも良いから終わらせたい、けど何でも良いわけじゃない』……分からなくはないですけどもね」


 ここは世界の狭間。無数に存在する多元世界のどれにも属さない、どこでもない場所。背景には無限に白が広がっていて、壁も無く天井も無く、空でも大地でも無い。

 そんな空間にポツンと革張りのソファーだけが無造作に二脚並んでいた。


「やっぱり、自分の子供には幸せになってほしいものなんでしょうか」

「そりゃあそうなんでしょうよ。幸福と言っても色々ですけどもね」

「とりあえずハッピーにしとけば丸く収まるのでは?」

「大抵の場合はね。ハッピーイコール幸福ではない、という案件も存在するんですのよ、この業界には」

「はー。奥が深いんですねえ世界幸福保険って。私はまだ二十年目の見習いですけど」

「そういえば貴方の案件も長いですけど、そろそろ目処は見えそうなんですの?」


 世界幸福保険。己の生み出した世界を管理しきれなくなった『管理者』達の需要に応えるべく作り出された、混沌とした世界をハッピーエンドで決着させる『世界保険』であり、白金の少女・立花たちばなアルマと、純銀の少女・水那坂みなさかエルモはその営業員である。


「や、それがですねえ」


 先輩である立花アルマの質問に対し、水那坂エルモは口籠る。

 この時点でアルマは「何日休んでからならフォローが間に合うか」を想定し始めていた。


「途中までは上手く行ってたんですけど、ちょーっと私の手には負えなくなってきたというかですね」

「いや貴女アナタの抱えてた案件って、確か『ニッポン』の高校生活をイメージした恋愛物でしょ?今時珍しいシンプルな三角関係の」


 この業界に於いて『ニッポン』は最も有名な既知概念なので、この一語だけで全てが通じる。


「そんな簡単な案件を仕損じるって、流石に始末書レベルですわよ」

「バカにしないで下さい!いくら私だってハジメテじゃないんですからそんなレベルでミスなんかしませんよ。ただですね、思いの外軌道修正が上手く行った事に気を良くした依頼者の要望で、急なテコ入れが入りまして」

「……入りまして?」

「ヒロインが10人ほど追加された上に当初のメインヒロインは不治の病に罹り余命幾許よめいいくばく、付きっきりで看病する主人公を他所に残ったヒロイン達が争奪戦を繰り広げる中、不治の病は伝染性でしかも人工ウィルスによるものだった事が発覚して一体誰が犯人なのかを探り合うミステリー展開に」

「登場人物全員の頭にピンポイントで隕石を落とすべきですわね」

「それはダメだってさっき先輩が言ったんじゃないですかー!お願いですから手伝ってくーだーさーいー!」


 ソファから立ち上がり、縋り付くエルモをズルズル引き摺りながら立ち去ろうと試みるアルマであったが、生憎この『休憩室』は無限の空間なのでどこにも行けない。彼女等にあるのは「仕事」と「休み」の二つだけなのだ。


「分かった、分かりましたからせめて一日寝かせて頂戴、100日寝てないんですのよこっちは……」


 手に持った煙草を投げ捨て、アルマは再びソファに身を沈めた。

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