👁👁


 蛇口から高くくぐもった音を混ぜて吐き出される水を睨みつけながら、バシャバシャと飛沫を飛ばして荒っぽく目を洗う。

 でも、どんなに力いっぱい擦り上げても手の中の目は曇ったままだ。


 ――ああ、私の目はいったいどうしてしまったんだ。


 手の中に納まっている眼球を傍目に見れば健康的なことこの上ないのに、洗っても洗っても目からは鱗がポロポロ落ちてくる。

 疲れてるんだと思って、目を澄ませるように青々と茂った新緑に浸してみても、一向に明るくなってくれる様子はない。

 その癖、目に触れる全部がキラキラ輝いているみたいに新鮮で、世界が美しいもので作り直されたみたいだ。


 ついさっきまで、こんなんじゃなかったのに。

 出会ったのなんて、ほんの少し前のことなのに。


 あの視線に晒された時から、私の目はおかしくなってしまったんだ!


 上辺ばかりを滑っていくようで、こちらの底の裏まで覗き込んでくるような無遠慮な視線。

 私のことなんて世に溢れる薄っぺらな奴の一人としか見てない癖に、私を形作っている全部を分解して観察するみたいに冷ややかに見つめてくる。

 それでいて奥の方に燻ぶっているような熱が覗いているのに、ドキリとさせられる。


 それまでは目の端にも止まらなかったのにその視線に射られた瞬間、私の目は奪われてしまっていた。

 慌てて取り返そうとしたけど、なかなか目が離れなくてもの凄く苦労した。それなのにやっとの思いで返ってきたのは目を疑いたくなる有様だった。


 ――ああ、これは毒だ。

 ――私の目を腐らせる、甘い甘い目の毒だ。


 お坊さんみたいに落ち着き払った静かな呼吸も、顕微鏡を覗き込む研究者みたいな視線も、なにもかもが白い息を吐きながら飲むミルクと砂糖たっぷりの紅茶みたいに目に染みた。


 恋は盲目なんて言うけど、これはあんまりだ。目も当てられない。

 目は心の鏡なんて言うけど、姿を見ただけでこんなに目が遊んでいたんじゃ自分でも何が映っているかなんて分かんない。


 それなのに私の目は口以上に雄弁に物を言うのだから、目に余る。

 猫の目だって、もうちょっと分かりづらいんじゃないかって思う。


 さっきなんて別の人を見ているっていうだけで冷たく三角になる目を抜いて、どうにか長くしようと宥めたり揉んだりしたけど、どんどん鋭くなっていって、どうにもならなかった。


 その癖、視線が少しでも私を掠めると目が白黒して、ぐるぐると回ってしまって一目散に逃げていこうとするから目を止めるのが大変だった。


 でも、これでマシになった方だ。


 その前までは気がついた時には目が無くて、慌てて探したらギラギラ輝きながらわずかな視線の動きも逃さないと忍んで目を光らせていた(光っているから丸分かりだった)。


 ――その時の目の速さと言ったら!


 これはダメだ、私の目の黒いうちは好き勝手させられない。

 そう決心して目を見張ったけど、見ている目が勝手をするんだからどうしようもない。


 色目を使ってどうにか気を引こうとする勝手を抑え込むのに目の色を変えてやり過ごそうとしてみても、ちょっと目を離してしまえばふらふらと目が行ってしまうのを止められなくて、その度に慌てて目を晦ました。


 もう自分でもどうすれば良いのか分からなくて、いっそのこと目で捕らえて閉じ込めてしまおうかと思った。


 ――きっと目の中に入れても痛みなんて感じない。


 でも、そんな勇気がある筈もなくて、なら隠してしまおうとしたけど、鞘から外れた目は刀みたいに鋭くきらめいて落ち着いてくれない。

 しょうがないから口の中に放り込んでみたら私の目は甘く蕩けて、ぼんやりした熱っぽさと花畑みたいな香りと夢みたいな味がした。


 脳みそまで目と同じようにツルツルに皺が無くなったみたいに考えが纏まらなかった。いっそ歯を立てて噛み潰してしまえばとも思ったけど、きっとそれをしてしまったら痛い目にあう。

 中からドロリとした目にも入れたくない現実が溢れてきて、二目とは見られない有様になってしまう。


 そもそも二つしかないから二回もやったら節穴だ。


 ――だから見ているだけで良かった。


 それだけで目の保養になるから、それ以上は望まなかったのに。


 ――触れられた、……触れられてしまった!


 驚きすぎた私の目は点になってしまって、口の中からコロコロ転がって飛び出してしまった。

 なんとか空中でキャッチしたけど、あんまりのことに信じられなくて、空目なんじゃないかって思った。

 節穴なんかじゃなくて元々、私の目は空だったじゃないかって。


 でも、そんなこと気にしている余裕なんてない。


 面と向かっているのに耐えられなくて、目が今度は泳いでどっかに行こうとするのを無理やり瞼の裏側に押し込んで目を覆った。


 ――やっと向き合えたのに目を見ることもできないなんて!


 もう目に背を向けてニッコリ笑っていれば全部見なくて済むけど、せっかくのチャンスを見て見ぬ振りなんて絶対にしたくない。


 でも目を曝して注いでしまったら、気持ち悪いって思われる。

 こんな血眼じゃきっと引かれる。


 そもそも、こうも出鱈目な私に目をくれる目星なんてない。


 それでも何か言いたい、何か伝えたい。

 でも私の口は震えてばっかりで、言葉を吐きだす余裕なんてなくて……。

 目の前が真っ暗になりそうになった時、目が覚めるみたいに妙案が閃いた。


 ――だったら目に物言わせればいいんだ!


 これなら、瞼を開くだけでいい。

 もう向き合ってるのは分かっているから、後は目で見てくれればそれでいいんだから。


 ――だから、ちゃんと見ててね?



「そんなに、ジロジロ見ないでよ」



 見つめ合っているだけで、目が喜んでしまうから。




   ☆   あとがき   ☆


 はい、ということで『目』のお話でした。

 これは先に投降したホラー系ショートショート『👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁👁』の原案になります。


 とりあえず、『目』に関する慣用句が使いたくて、これでもかとぶち込んだだけの自己満全開のとなっております。


 やりたいことはできたので、個人的には満足しているのですが、果たしてどれだけの読者に内容を理解していただけるやら……。


 まっ、いいや。そこは目を瞑ってもらおう。

 じゃなければ、前の話みたいに……。


 少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 おもしろいと思っていただけたら、★・レビュー・感想のほど、

 ぜひよろしくお願い致します。


 他作品も読んでいただけたら嬉しいです!

 それでは――。



 👁 👁

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イケメンの話 黒一黒 @ikkoku

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