最後に笑うのは僕だ
屋上へと続く階段を下りて、廊下を進んだ先。壁に背を預けながら、黄昏ているスグルがいる。
僕はそんな彼に近づくと、向こうもこっちに気付いて、顔を向けてくる。
「お前、牧野さんはどうしたんだよ。あ、ひょっとしてこれから、デートにでも行くのか?」
「勝手に話を進めないでよ。だいたい、これから部活があるだろう」
「ああ、そうだったな。それじゃあ初デートは、週末までお預けか」
「だから勝手に決めるなって。……牧野さんからは告白されたけど、付き合っていないから」
「えっ、OKしなかったのか?」
あんな空気の中できるか! あの流れで「それじゃあ付き合おう」なんて言える猛者は、なかなかいないと思う。
「友達になってくれって言われて、チョコは貰ったけどね。でもそれだけだよ。って、スグル、もしかして泣いてるの?」
「ば、バカ野郎。確かに今日の俺はみっともないし、情けなくて悲しくなるけど、男がこれくらいで泣くか」
いや、でも薄っすらと涙が。
無理もないか。何だかんだ言いながらやっぱり嬉しかったんだろうけど、それが全部誤解だったんだもの。
「まあ、今回の事はショックだっただろうけど、気にしない方がいいよ。スグルの良さを分かってくれる人は、きっと近くにいるから」
「お、おう。ありがとうな」
「とりあえず、これでも食べて元気出しなって」
そう言って僕は、鞄から綺麗にラッピングされた、チョコレートの入った箱を取り出した。
甘いチョコを食べて、元気を取り戻してもらいたい、そう思ったのに。途端にスグルは、眉間にシワを寄せてくる。
「おい、これってまさかチョコレートか?」
「そうだけど」
「アキラ、見損なったぞ。それは牧野さんがくれたチョコだろ。牧野さんはな、お前に食べてもらいたくて、勇気を出して渡したんだ。それを人にやるだなんて、何考えてるんだ!」
寒い中、頭から湯気を出しながら声を荒立てるスグル。けど、勘違いしないでよね。
「違うよ。牧野さんから貰ったチョコは、ちゃんと別にあるから。これは僕が、スグルに渡すために用意していたチョコだよ」
「へ?」
「別におかしな事じゃ無いだろ。……ぼ、僕だって女の子なんだから!」
言いながら、顔や頭がカッと熱くなっていくのが分かる。
心臓がドキドキうるさい。僕は震えをごまかすように、チョコレートを持っていないもう片方の手で、スカートをぎゅっと握りしめた。
スグル、僕だって女の子なんだよ。
そりゃあ、よくボーイッシュだって言われるし、女らしくなんかなくて、今みたいに女子に告白されるような奴だけど。それでも、れっきとした女の子なんだ。
バレンタインに好きな男子にチョコレートをあげたって、良いじゃないか。
スグルはしばらくポカンとしていたけど、やがて我に返ったみたいにハッとして。ハハハと笑いを浮かべてくる。
「悪い、変な勘違いしちまって。けど嬉しいなあ、まさかアキラが、チョコを用意してくれているなんて思わなかった」
「スグルの事だから、僕があげないと一個も貰えないって思ってね。ありがたく食べなよ」
憎まれ口を叩いてやったけど、スグルは怒る様子もなく、嬉しそうにチョコを受け取ってくれる。
ごめんスグル。本当は、牧野さんが好きなのがスグルじゃないって分かって、ほっとしたんだ。
だってもしもあのまま二人が付き合うことになったら、嫌だもの。
スグルは僕の事を親友だなんて思ってるみたいだけどさ、僕はスグルの事を、もっとずっと大事に思ってるんだからね。
今の僕は、まだ牧野さんみたいに勇気は出せないけど、きっといつかは。
ちゃんと気持ちを伝えて、最後は必ず、僕が勝つんだから。
「ありがとうな、アキラ。なんか、うじうじしてたのが吹っ飛んじまった」
「相変わらず単純だね。けど、そこが君の良い所か。さあ、この話はここまで。あんまりモタモタしてたら、部活始まっちゃうよ」
「ああ、そうだった。アキラも急がないとヤバいよな。女子バスケ部部長が遅刻してたんじゃ、示しがつかないからな」
「そうだね、急ごう」
僕はスカートを翻しながら、スグルの後ろを歩いて行く。
こんな僕らが付き合うようになるのは、もう少し未来のお話だ。
バレンタインのラブレター 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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