第3話


 即死だったという。


 あたしは警察に保護されて、事情聴取を受けた。


「では、サヤカさんは勝手に転んだんですね?」

「そうなんです。あたしは止めようとしたけど、間に合わなくて……うっ」


 クラスのみんなは口々にあたしを慰めてくれた。


「ユイナは悪くないよ」

「自分で落ちたんでしょ? 自業自得だって」

「怖かったよね。ユイナかわいそうーっ」


 みんなの温かい言葉に、あたしは涙を流して俯いた。


 それからというもの、あの階段を上り切ると、あたしは、誰かに見られている気分になることが増えた。

 声がはっきり聞こえることもあった。


「ユイナ」

「っ!」


 振り向いても誰もいない。ただただ、あの時の光景がフラッシュバックするだけ。落ちていくサヤカの細い体、鮮やかな血の跡、通りかかった銀色のトラック。

 あたしは心底恐ろしかった。


 通学路を変えることにした。でも、どの道を通っても、ふとした瞬間に、冷たい手があたしの腕を掴む感覚に襲われる。あまりに悍ましくて、あたしは悲鳴を上げて逃げ出すこともあった。

 次第に、そういう日が増えていった。


 腕を掴むたび、サヤカがすぐ後ろであたしを呼ぶ。その顔は真っ黒い空洞になっていて、得体の知れない嫌悪感がして──振り返ると、やっぱり誰もいない。


 これはサヤカの呪いだ。

 たまたまあの子が死ぬ時そばにいただけのあたしを、あの子は逆恨みして……。

 ひどい。あたしにあんなトラウマを植えつけておきながら、まだあたしにこんな仕打ちをするの?

 あたしが何をしたっていうの!


 あなたのせいで、あたしは、あたしは……学校に行っても授業がまともに頭に入らなくて、成績も落ちて、ストレスで太っちゃったんだよ。もう、あたしの人生は無茶苦茶だよ。どうしてくれるの?


「ユイナ」


 あの子が、背後から、真っ黒な顔で、あたしの名を言う。


「やめてーっ」


 あたしは走り出した。

 自宅のマンションまで全速力で逃げ帰った。エレベーターが来るのを待つのももどかしく、五階まで階段を駆け上る。

 家には誰もいない。大急ぎでドアを開け、バタンとしめて、鍵をかけて、ようやく安心した。


 はあはあと、肩で息をする。膝ががくがくしている。

 靴を脱いで玄関に上がり、力無く笑った時だった。


「ユイナ」


 あたしは言葉にならない叫び声を上げた。


「こ、こここ来ないで! いやっ、やめてったら!」


 一直線に逃げた。ガラス窓のところで逃げ場をなくし、心臓をばくばくさせながら家中を見渡した。


 ──いる。

 見えないけれど、あの子がいる。

 あたしを殺しに来ている!


「やだっ、殺されるっ! 助けて、誰か!」


 窓を開けてベランダに出た。手すりに上ってすがりつく。

 あまりの恐怖に頭がくらくらした。


 その時、強く風が吹いた。


 あたしは、あの時のサヤカのようにバランスを崩して、真っ逆さまに地上へ落ちていった。



 おわり

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こっちに来ないで 白里りこ @Tomaten

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