すべてを失った社会人は、たったひとつの優しさを乗せてどんこ舟を漕ぐ

親の会社の倒産、家柄の事情で別れた元カノの結婚、そして会社に居場所がなくなり心が折れて辞職した主人公は、東京から地元の福岡に戻ってくる。
もう死のう、そう思って橋の欄干に立った時、声をかけてくれたのは川下りの会社をしている父の同級生だった。
主人公は、彼のすすめもあり、船頭として新しい人生を歩むこととなる。
そしてある日、近々船頭としてデビューを迎える主人公の前に、元カノである由乃がやってくる。

そもそも、僕がこの話を読んでレビューを書こうと思ったきっかけとして、主人公の境遇が、自分に重ね合わせられる部分があったから。
新卒で東京に出て、勤めた会社が合わないことなど往々にしてあると思う。社会にはある程度強かさが必要だと思うが、優しい人は強かになれず、周りから面倒事を押し付けられてパンクしがちである。
そうやって落ちこぼれて潰れた経験が、僕にもある。僕も、東京で勤めていた。
そのうえ、主人公は親や元カノの親など、外部から環境を崩されたりしてしまう。やはり、人生ずっと順風にはいかないもので、周りの変化に流されざるをえないことも往々にしてある。
それでも主人公は、川下り会社に再就職し、今までとは違ったキャリアを再開させ、絶望に落ち込んでいた状態から、客を乗せて操船出来るまで奮起する。

そして、本作一番の見所は、親たちによって引き離された男女が、地元で再会し、主人公の漕ぐどんこ船の上で語り合うシーンである。
別れた男女が違う道を歩むことになり、決して交わることはない予感、そして、運命の糸が分かたれるギリギリのところで、彼らは何を語らうのか。
是非、読んでみてください。