機鋼交響曲テオドール・シンフォニア

「むむっ!? 次元湾曲じゃと? カタパルトがこちらに連結したじゃとォ!?」

「ンだよ、騒がしいババアだな。こちとら有終の美に酔い痴れてんだからよ、余韻ぶち壊しにすんなや」

「ンな呑気なこと抜かしとる場合かっ! 何かが来るのじゃ、ラクよ、用心せいっ」


 すっかり空も藍色。

 光の全てを見届けた二人とステゴロオーだったが、その時通常の状態に戻っていた円環のホログラフィ―が赤く光り異常を鹿子へと知らせたのである。


 騒ぎ立てる鹿子を鬱陶しく思い、トレース機能を切って振り返った落雁が彼女に文句を告げる。

 しかし彼女はそんな彼に履いていた下駄を投げ付け、驚きながらもそれを避け怒った落雁に忠告する。


 やむなくまた前を向き、ステゴロオーに自らをトレースさせながら周囲を見渡す落雁。

 左右を見て、そして振り返るステゴロオーの両目から伝達される視界には暮れた空と荒れ果てたトウキョウの光景以外見る事ができない。


 空騒ぎかと呆れ果てた落雁の溜め息が落ちる。

 こうなれば改めて文句の一つも言わねばなるまいなと彼がトレースを切ろうとした時であった、彼女の「顕現する」との言葉と共に夜空が歪んだ。

 虚空が捻れ、歪んだ空間が盛り上がって行く。


「オイオイ……まさかまた……」

「反応が強いぞ、近いのじゃ」

「出てきやがったら、ブレストバスターで吹っ飛ばしてやるっ」


 ひび割れて行く空を前にステゴロオーが構える。

 浄化兵装ブレストバスターとは超々高熱の炎と熱波により対象を炎上及び融解せしめ浄化する、ステゴロオーの必殺武器の一つである。

 ただし火炎を用いるため被害が広がりやすく、市街戦では滅多な事では使用には踏み切れない。


 しかし上空に向けて放つのであれば街への被害が出ることはない。先手必勝を行くと、落雁の提案に賛同した鹿子の承認を得てステゴロオーの胸部装甲が展開、巨大な放熱板が展開されそれが見る間にも赤熱し陽炎で揺らめき始める。


 そして落雁が思考トリガーに意識の指をかけ、いつでも放てるよう身構える最中、その時は来た。


「――きゃぁぁあっ」


 バキンッ――割れて砕け散った空より噴き出したのは漆黒の火炎だった。それと一緒に女人の悲鳴。

 何事かと落雁が面食らう中、ホログラフィーで現象の解析をしていた鹿子が観測されたデータを前に顔をしかめる。


「あンだァ!?」

「あの熱量、まさか火産霊ホムスビ……?」

「おい、鹿子ォ! なにがどーなってやがる!?」

「分からぬ、分からぬが……待て、アレなんじゃ?」


 轟々と音を立て大地へと噴射され続ける黒炎がアスファルトを熱して赤く染め、やがて蒸発させて行く。

 しかしよく見てみるとその中に何か、黒炎を弾いて存在しているものがあった。


 鹿子がそれをステゴロオーのセンサーで解析にかけ、正体を暴こうとするのだが、蚊帳の外にされている現状にいてもたっても居られなくなっていた落雁が動き出した。

 彼はステゴロオーの展開した放熱板を黒炎を噴く空の裂け目に向けると、ずっと引きかけていた思考トリガーを遂に引く。


「待て待て待てい! ラク、其方という奴はあっ」

「直感なんだよっ! ブレストバァスタァァアッ!!」


 そして放熱板より放射されたのは赤と橙色に彩られた火炎であり、それを送り出す特型ジェットエンジンの凄まじい風速により熱波で成形された竜巻となった火炎は黒炎と衝突。噴火を遮る事に成功する。


「何じゃ、アレは……」

「テオドールじゃねえのかよ!?」

「違う、テオドールの反応ではないのじゃっ」


 そうして地上に炎が降り注ぐことは無くなり、そして露わになったそこに在ったのは何と二機もの人型をしたメカであった。

 黒炎とのせめぎ合いを維持すべく気力を振り絞る落雁にそれを見極める余力は無く、代わりに鹿子がそれを解析するが観測されるエネルギーも構造も、何もかもが先のテオドール一号とは違っていた。無論ステゴロオーとも。


 敵か味方かそれすらも分からなかったが、黒炎に襲われていたと仮定するならばそれを救ったステゴロオーをすぐに敵とは認識すまい。そう考えた鹿子は機体外部の拡声器を用い、二機へと呼び掛ける。


「そこな機人よ、其方ら一体何者じゃ?」


 すると二機の内、銀と金に彩られた豪奢な甲冑を纏う騎士が如き機体が面を上げステゴロオーを見た。

 どんな反応が返ってくる――鹿子は耐えている落雁の様子を気にしつつ待った。時間はあまりない。


「――アンタ、味方なの!?」

「女かっ!?」

「たわけっ、ラク! 何故に女子おなごの声にばかりそんな敏感なんじゃ其方はっ」


 そう、騎士のような機体から発せられた声は女人のもの、それもまた若い少女のような声だ。

 余裕が無くともそれに反応を示した落雁に思わず残りの下駄を投げて頭に直撃させた鹿子。当然飛んでくる落雁からの怒号を無視しつつ、彼女は応えた。


「少なくとも敵ではない。状況が不明すぎじゃが、兎にも角にもそこから離れるのじゃっ」

「っ……そうするしかないようね。動ける? 

「――何ィ?」


 少女の声が呼んだのは、落雁が黒炎を遮るまでそれに耐えていた純白の、もう一機のメカであった。

 左手に扁桃形の盾を備えた、やはり騎士に似た機体であったが金銀の機体とは少々趣が異なる。

 金銀の機体が直線ばかりの機械的な造形というならば、もう一機の方は曲線で構成された何処か生物的とでも言うべきか。最大の要因は金銀の機体には無く、純白の機体には在る瞳だろうか。


 そしてまたも落雁が余裕の無い中反応を見せたものがある。

 それは金銀の機体が口にした“コウタ”という言葉だった。


「きなくせえな……」

「そりゃあ、ホムスビを使っておればきな臭くも感じよう」

「そうじゃねえっつの! クソが、いい加減ウゼえんだよっ」


 落雁の呟いた言葉にしかし鹿子の冷静な突っ込みが入る。

 しかしやはりか言葉の通りでは無いらしく、詰まらないことを言った鹿子に対してやいつまでも消えない黒炎に苛立ち、つまりキレた落雁の怒号が轟いた。


 ステゴロオーの出力は彼の感情とか気力に左右される。

 その感情がなんであれ、彼がやる気を出せば出すだけステゴロオーもパワーアップするのである。

 そして彼が今まさにキレたことにより、しかも怒りの矛先が鹿子とそして黒炎に対して向けられたことにより放たれているステゴロオーの火炎の威力がぐんと上昇。


 黒炎を裂け目の奥へと押し込み、そしてその向こうで爆発が生じたように閃光が迸った。

 問題の二機も力尽きたらしい純白の機体を金銀の機体が抱える形で融解したアスファルトが描く円の中から離脱する。


「油断しないでっ」

「その通りじゃ、ラク! まだ反応が……ああっ!?」

「どいつもこいつもなんなんだよっ」

「この反応……どういうことじゃ!?」

「だからァ――」

「ステゴロー……」

「あ? 何だって……?」

「ステゴローと同じなんじゃ、全く……同じ反応が」

「――来るっ」


 金銀の機体からの忠告に始まり、鹿子の動揺と目まぐるしい事態の変化に苛立ちを募らせる落雁。

 しかしそんな彼であっても、己の“力”であるステゴロオーと同じ“力”が存在すると告げられては気にかけざるを得ない。


 鹿子から詳しい話を聞こうと、トレースの切断も忘れて落雁が彼女の方に振り返ろうとした。

 だが彼を制止したのは金銀の機体から聞こえる少女の声。

 その声に導かれ、落雁と鹿子、二人のステゴロオーが見上げるのは未だ閉じることの無い空間の裂け目である。


 爆炎で照らされたそこに、すると何か影が差し込んだ。

 落雁が目を凝らし、そこを凝視する。直後、彼はその双眸を見開き、驚愕に表情を歪める。リーゼントを構成する前髪の一部が垂れ下がった。


 まるで同じである。次元連結カタパルトから射出されてやって来るステゴロオーと“それ”が現れてくる様相が。

 まるで同じである。広大な足、太い脚。

 まるで同じである。くびれの無い腰、分厚く巨大な胴体。

 まるで同じである。巨大な拳、太い腕。


 違うのは朱いステゴロオーに対して“それ”は黒いこと。

 違うのは鬼の面を付けたステゴロオーに対して“それ”は獣の面を付けていること。

 違うのは金色に輝く瞳の色。

 違うのは“それ”が放つ禍々しき気。


 ――そして……


「――アレェ……その声、もしかして……」

「テメェ……ッ」


 裂け目より全貌を露わにした巨大な機体。

 それは正しく、餓狼の面をしたハマノタケキイクサノカミ。


 そして三機を見下ろすそれから発された声は若い男の音。

 嘲笑を連想させる調子のその声に落雁の表情が見る間に豹変して行く。その色は驚き、怒り。そして――


「――落雁」

「――孝太郎ォオッ!!」


 湧き上がる恐怖を押し殺すかのように叫びを挙げた落雁。

 それに対し、まるで彼の感情を見透かしたかのように高らかに上がったのは、“毒嶋孝太郎”の笑声であった。


 END……?

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機鋼交響曲テオドール・シンフォニア 鉄拳重機ステゴロオー こたろうくん @kotaro

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