マサムネの領地経営はこれからも続く

 マサムネがユーリ領地を出て五年後。

 タックマンは、執務室で父にこっぴどく叱られていた。


「この、大馬鹿者!! 領地運営をタェックに任せお前は何をしていた!! 剣を振うだと? その剣を振い守るべき民は、お前のことを何と言っているのかわかっているのか!? 経営に関わらない領主と呼ばれているのだぞ!!」

「う……」


 サーサ公爵家が治める領地は二つ。

 辺境で戦地跡のユーリ領地、マルセイユ王国近郊のサーサ領地だ。

 サーサ領地はタックマン、ユーリ領地はマサムネが管理しているが、最近になってユーリ領地の噂がマルセイユ王国のサーサ公爵邸まで聞こえてきた。


「マサムネは立派にやっている。たった五年でユーリ領地を建て直し、亜人たちとの共存、周辺の開拓や資源確保、散らばっていた亜人をひとまとめにし、ユーリ領地の首都ユリコーンを見事に復活させた」

「そ、それは……あ、兄貴は頭がいいだけで、戦いはからっきしだし!!」

「その頭脳がお前には足りん。マサムネは頭脳を使い、頭を使った戦いで領地を建て直したのだ。それに……タックマン、お前は『領地独立』の書類にまでサインをしたそうだな?」

「は? なにそれ」

「…………もういい」


 領地独立。

 それは、マサムネがタェックに送った書類だ。

 ユーリ領地の発展に目を付けたタックマンがユーリ領地を横取りする可能性があったので、タックマンが父に怒られて本格的に領地運営にかかわる前に、ユーリ領地をマサムネの独立した土地とするように、公爵家に許可証を発行してもらったのだ。

 マサムネの元には、タックマンの発行した許可証が間違いなくある。


「まぁ、マサムネから土地を取り上げるつもりはない。押印の入った正式な書類がある以上、もうユーリ領地はマサムネの物だ……まったく、タックマン、これよりお前は剣よりペンを持て」

「えっ……」

「ドリームとの子が生まれるのだろう? だったら、剣を振う姿より、ペンを持ち領地を治める姿を子に見せるのだ!!」

「でで、でも!! 剣を振らなきゃ、鍛えないと!! いつ戦争が……」

「戦争はもう始まらん!! 亜人との友好条約が成った以上、もう戦いはない!!」

「そ、そんなぁ~……」


 父は、ドアに向かって叫ぶ。


「タェック!! タェックはいるか!!」

「は、失礼します」

「タェック。お前の抱えている仕事を全てここに。今日からワシも一時的に復帰する。ワシとお前でタックマンを使えるようになるまでしごくぞ!!」

「かしこまりました。このタェック、タックマン様のために鬼となりましょう」

「そそ、そんなぁぁ!!」

「黙れ!! タェック、タックマンをサーサ公爵家の当主と思うことを禁じる!! 厳しくしごくぞ!!」

「かしこまりました」


 この日から、タックマンの地獄が始まった。

 タックマンが領地経営を覚えるのに二年───タックマンの平均睡眠時間は、約四時間だったという。

 だが、ドリームとの間に跡取り息子が生まれ、タックマンはやる気を見せ始め、立派な領主になりサーサ領地の発展に尽くしたという。

 子供が生まれたタックマンは、こう言っていた。


「兄貴に悪いことしたよ。オレ……剣じゃ負けないけど、領地経営で兄貴に勝てる気しないや」


 ◇◇◇◇◇◇


 マサムネがサーサ公爵家を出て十年後。

 ユーリ領地の首都ユリコーンは、かつて廃墟だったとは思えないほど立派に復興した。

 散らばっていた住人たちが少しずつ戻り、戻らずに集落を作って暮らしていた亜人たちに支援をし、街道を整備して流通を回復させた。

 マサムネは、亜人たちが認める立派な領主だった。

 現在、マサムネはユリコーンの領主邸で執務を行っている。


「んー……」


 スキル《閃き》を使い、情報を頭の中で整理する。

 そして、カッと目を開く。


「閃いた! よし……」


 マサムネは羊皮紙に字を書き始める。

 新たに開拓する街道の経路図だ。どこをどう通れば近いか、安全か、そして見どころがあるか。その情報をひとまとめにし、理想的な経路図を仕上げていく。

 羊皮紙を書き終えると、ドアがノックされた。


「あなた。お茶の時間よ」

「お、悪いなユメ」

「いいの。ほら、おチビちゃん」

「はい!」


 おチビちゃんと呼ばれ入ってきたのは、七歳の少年だった。

 マサムネとユメの息子、フウマである。


「父上。お茶をおもちしました!」

「おお、ありがとう息子よ。っと……ユメ、座って」

「もう、大丈夫だって」


 ユメをソファに座らせる。

 現在、ユメのお腹には二人目がいる。医療スキルを持つ医者に診てもらったところ、女の子ということがわかった。

 

「ネーコ。早く生まれてくるといいな」

「うん……愛おしいわ」

「ああ。ネーコ……俺たちの娘」


 この名前はネーコと決めていた。

 フウマは、ユメのお腹を触る。


「妹がいるのですね」

「ああ。フウマ、お前はお兄ちゃんだ。妹を守るんだぞ」

「はい!」


 マサムネは、愛する家族と一緒で幸せだった。

 お茶を終え、ユメとフウマは出ていった。すると入れ違いで亜人のシロが入って来る。


「領主さま。見ていただきたい書類が」

「ああ、わかった」


 シロは、立派な女性に成長した。

 二人の弟も、町の警備隊に見習いで入り、身体を鍛えている。

 シロは二十六歳。そろそろ結婚してもいい歳なのだが。


「領主さま?」

「あ、いや。うん……なんでもない」

「ふふ、へんな領主さま」


 シロは、マサムネに恋い焦がれていた。

 初めて会ってから十年。一個下のシロは、マサムネに救われて徐々に徐々にマサムネに恋していった。

 ユメも、シロなら愛人にしてもいいと言っている。

 

「っと、書類書類……お、ゴロウとトゥーか」

「はい。お二人の結婚式の件です」

「そっかぁ……よし、盛大にやるか」


 書類の内容は、ゴロウとトゥーの結婚式についてだった。

 いつの間にか距離を縮め、結婚するまでの仲になっていたのだ。

 ちなみに、ノゾミは生涯独身を宣言している。ユメに忠誠を誓い、フウマとネーコを見守り続けるという。


「よし。シロ、ユメとノゾミを呼んでくれ。バランさんも呼んで、結婚式の打ち合わせしよう」

「はい」

「それと……その、お前のことも、ちゃんと決めるから」

「……待っています」

「うん。じゃあ頼む」


 シロは一礼し、部屋を出た。

 マサムネは執務室の窓を開け、町を見下ろしながら日差しを浴びる。


「……発展したなぁ」


 タックマンとの勝負に負けて十年。

 弟が、今のユリコーンを見たらどう思うだろうか。少なくとも、過去の凄惨な状態ではない。

 

「ふふふ。タックマンめ……そうだ、久しぶりに、あいつに手紙でも書いてみるか」


 このユリコーンを、タックマンに見せてやろう。

 悔しがるだろうか? それとも驚くだろうか?

 いずれにせよ、マサムネには自信があった。

 羊皮紙を取り出し、ペンを手に取る。


「…………よし!」


 手紙を書いていると、ドアの向こうが騒がしくなった。

 ユメが、フウマが、ノゾミが、シロが、バランが来たのだ。

 ゴロウとトゥーの結婚式の内容を話し合うために。

 マサムネはペンを置き、出迎えるためにドアへ。

 風が吹き、手紙がハラリと舞った。

 そこには、こう記されていた。


『タックマン、俺はとても幸せです。ユーリ領地にぜひ来てくれ。きっと驚くから』


 タックマンがどんな反応をするか、それがわかったのはもうしばらく後のことだった。



 ──完──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

実家を追放された公爵家長男、荒れ果てた戦地を立て直し領地改革!~弟よ、お前にだけは絶対に負けないからな!~ さとう @satou5832

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ