第18話

 僕はボブゴブリンに向かって右手と左手を交差(クロス)させ駆る。この格好……


「ふへへ……」


 別に意味はない。ただなんとなくカッコいい気がしただけ。記憶にあるわけじゃないけど、なんとなく、こんな感じのことをしてた話を聞いたことがあるような、ないような、そんな気がしたんだ。


「はあっ!!」


 肉薄して僕は右手に握る風のシルエアでボブゴブリンを斬りつけた。


 ――か、軽い!? これが風の加護……


 風のシルエアは僕の想像よりも遥かに優れた斬れ味だった。


「ぁ!?」


 いままで使っていたショートソードを振りきる感覚で振り抜いていた僕は、あっさりとボブゴブリンを斬り裂いたはいいけど、抵抗という抵抗がなかったため、身体が右の方へと流れてしまった。


 ――しまったっ!


 次のボブゴブリンがすぐ目の前、その手には錆びた剣があり、今にも振り下ろそう掲げている。


 ――くっ! 


 見切りで剣筋は見えている。身体が流れていて回避できない。


 ――間に合わないっ!


 そう理解するがそれでも、僕は反射的に見えた剣筋から身体を守るようにショートソードを突き出す。


 ――ぐっ……って、あれ?


 くるはずの衝撃が来ない。


 ——え、えっ!? これって……


 偶然にも捌きスキルが発動していた。


 これは少し初動が遅れたため真正面から受けるはずだったボブゴブリンの剣筋が、斜めに入ったために偶然起こったもの。


 だが偶然とはいえ、捌きスキルを使ったことで、このスキルのことが理解する。


 ——なるほど。


 ギャギャギャ!?


 逆に振り下ろしていたボブゴブリンが僕に捌かれたことで身体を流し、今にも倒れそうになり、驚きにも似た悲鳴を上げていた。


 ——今度はこっちの番だ。


 僕自身も身体が流されていたがすぐに両脚に力を入れて踏ん張り、風のシルエアを使って隙だらけになっているボブゴブリンに向かって切り上げる。


「おりゃぁああっ!!」


 二体目のボブゴブリンもあっさりと斬り捨てる。ボブゴブリンは魔石を残して光の粒子となって消えた。


「はぁ、はぁ、はぁ……す、すごい」


 ――風のシルエアもすごいけど、捌きスキルもすごい。


 それも何度か繰り返すと要領をつかんだ。


「捌きスキル、なんて便利なんだ。よーし、やるぞ!!」


 その後は、見切りスキルと捌きスキル、おまけに回避からのカウンタースキルを駆使してゴブリンの集団を蹴散らす。


 見切りから捌きは最高だった。


 調子に乗りすぎてたまに打撲や切り傷を負ったけど、治療スキルを使いつつ反省すると、瞬く間に僕の周囲には数多くの魔石が転がった。ゴブリンのだけど。


「ふぅ……終わった。おっ!! レベルが7になってる」


 さすがに付与魔法の恩恵はなかったけど戦闘能力が105から120になっていた。


「にひひ」


 目に見えて増えていく能力が嬉しくてたまらない。


 ――僕も強くなってるんだよね。えへへ……


「どうだったルシール? 複数相手でも少しは楽になったでしょう」


 馬車に戻ると、シャルさんが小窓を開けて僕を迎えてくれた。


「あ、シャルさん。そうなんですよ、先程よりもかなり楽に倒せました」


「まだスキルに流されていたようだけど、初め上出来じゃない。

 あとは……そうね。戦闘の基本は一対一だけど、それで視野を狭めてはダメ、広い視野を持つことも大事よ」


「戦闘の基本は一対一……あはは、僕知りませんでした。次からはそれも意識してみます」


「そうね。そうするといいわ。それじゃあ、そろそろ日も暮れてきたようだから、馬車を移動させて野営の準備でもしましょうか」


「はい、すぐに動かしますね」


「ルシール、周りをよく見なさい。ほら、先ずは、辺りに転がっているゴブリンの魔石を拾ってくるの、すごい数の魔石が転がっているわよ。

(……精霊魔法:森の秩序指定魔物を呼び寄せるで増え過ぎて邪魔なゴブリンを呼び寄せてみたけど……少しやり過ぎたかしら)」


 シャルロッテは「あ、そっか」と言いつつも、黙々と転がっている魔石を拾い始めたルシールの後ろ姿を申し訳なさそうに眺めていた。


 ――――

 ――


「ルシール汚い」


「ルシールは先にお風呂ね」


 ゴブリンの集団と激闘を繰り広げた僕の身体は汗と土埃でかなり汚れていた。


「へ?」


 僕はシャルさんの馬車小屋に入れてもらったはいいけど、そのままお風呂場に直行することなった。


「どうしてお風呂があ……」


「いいから黙って入りなさい!」


「あ、はい」


 馬車の中にお風呂があったことに驚く暇もなく……


「シャルさん。お風呂ありがとうございました」


「いいのよ。じゃあはい。これ、お願いね」


 お風呂からあがってお礼を伝えると、待ち構えていたようにシャルさんから大量の洗濯物を手渡された。

 はずなんだけど……


「あれ?」


 ……だが不思議なことに、僕はその時の記憶がない。


 気づけば目の前には綺麗になって干されている洗濯物と、満面の笑みのシャルさんがいる。


「うん。きれいになってる」


 ――どういうこと、やだ怖い……


 シャルさんが言うには洗濯物を受け取った瞬間に、僕は夢中になって洗濯物を洗い出し、片付けていったらしいけど……


「もしかして、洗濯スキルって怖いやつ?」


「そうなことないわ。とても役に立つスキルなのよ。ルシールありがとう(ルシールが悪いのよ。真っ先に人の下着を手に取ろうとしていたから……)」


「あ、はい……」


 ルシールは知らなかった。意識が無かったのは洗濯スキルじゃなく、シャルロッテがかけた精霊魔法:無心1つの物事に集中するによるものだということを。


「えっと、じゃあ僕は食事の準備をしてきますね」


「そうしてくれると助かるわ」


 その後は料理スキルを駆使して、夕食を作りみんなで仲良く食べた。


「どうですか、おいしいですか?」


「うん。ルシールおいしいわよ」


「おいしい。ルシール、意外とやる」


「そう、ならよかった」


 二人からおいしいという言葉をもらい満足すると、僕も食事を始める。


「お、おいしい」


 ――我ながらなかなかのできだ。


 持っててよかった料理スキル。いつものように料理スキルに感謝しつつ食事を堪能すると、食べ終わったモノから後片付けをする。


 ――片付けが終われば僕もゆっくり寛げ……え、あれ? あれれ??


 気付けばシャルさんから布切れ一枚を手渡され馬車小屋の外に追い出されていた。


「ルシール、女の子が二人もいるんだもの、夜の見張りはよろしくね」


 ――僕が夜の見張りってことね。しかし、女の子二人って……


「なに?」


 シャルさんから刺すような視線を向けらる。相変わらず鋭い。


「なんでもないです。任せてください」


 仕方なく僕は馬車小屋から少し離れて、生活魔法の火魔法マッチボウで火を起こし、手渡された布切れを肩から羽織った。


「僕も馬車小屋の中でぬくぬく寝たかったよ。

 朝は起こしてくれるってシャルさん言ってくれたけど、よく考えたら僕、寝たらダメじゃん?」


 僕はがっくりと肩を落し、ゆらゆらと揺れている焚火を眺める。


「うーん、暇だ」


 しばらく焚火をボーっと眺めていたが、暇すぎて飽きてきた。何か気晴らしになるものでもないかと周りを見たり、アイテムボックス内を探っていると、


「あっ」


 僕はシャルさんから初級魔法書を借りていたことを思い出した。せっかくなのでこれを読んでみようと思う。


「なになに……火魔法ファイアボール水魔法ウォーターボール土魔法アースボール風魔法ウィンドボール光魔法ライトボール光魔法ヒールボール闇魔法シャドウボールが初級魔法のレベル1になるんだ」


 魔法名に全部ボールがついてて面白い……他にもボムがついてるものも、これが系統ってやつらしい。


「ふむふむ。いや、それよりもまずは僕が使える属性を知りたいんだけど……たしかシャルさんが、どの属性が僕に合うのかは読めばわかるって言っていたよね」


 僕は読もうと決めていたページをパラパラとめくり開いた。


「やっぱり初めはこれ、火魔法ファイアボールだよね。カッコいいし……えーっと」


 僕は早速ファイアボールのページを読もうと集中してみた。


 ――……ふむふむ……ほほう……なるほどなるほど……あれ? なんだか、使えそうな気がする。やってみるか?


 僕はファイアボールのページを読んでいるとなんとなくできそうな気がしたので、早速挑戦してみる。


「これを、こうやって……」


 僕は魔法書の手順の通り僕の中に流れている魔力に意識を向ける。


 ――次は……右手に魔力を集めるのか……


 これでも僕は、毎日のように光魔法アカトールで汚れを落とし、火魔法マッチボウで昼食の火を起こし、土魔法ホルゾで食べた後のごみを埋め、水魔法リュウスイで喉を潤し風魔法センプウでシャルさんのスカートをふわりと……こほん。


 こんな風に生活魔法を毎日のように使っていたのだ魔力を集めることなど容易。


 右手に魔力が集まると、右手辺りが温かくなる。これはうまく魔力を集めた証拠だ。


 ——あとは打ちたい方向に右手を向けて、唱えればいいんだな……よし。


「ファイアボール!!」


 僕はすぐに成功するとは思っていなかったので、適当な暗闇に向かって右手の平を向けそう唱えた。


「!?」


 するとマッチボウの数倍は火力のありそうな火の玉が右手の平から発動し、暗闇に向かって数十メートルほど飛んでいき何かに当たって消滅した。


「うわっ」


 なんとなくだが、あの辺りは大きな岩があった辺りだ。


 僕はきょろきょろと辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると――


 ――うん、きっと大丈夫だ。


 無かったことにした。


 ――ふぅ……まさか、一回で発動するとは夢にも思わなかった。


【初級魔法レベル1を習得した】


「おお、一回使ったら火魔法を習得しちゃったよ? よーし、この調子で他の属性魔法も試してみよう……」


 ――あれ、ちょっと待って、今、火魔法じゃなくて初級魔法レベル1を習得したって聞こえた気が……


 気になったので、とりあえずステータスを見て確認してみる。


 ――ステータスオープン……


「やっぱりだ……初級魔法レベル1って表示されてる。どういうこと? 火魔法の間違いじゃないの?」


 考えても分からなかったのでとりあえずどの属性の魔法が使えるのかだけでも分かっていた方がいいと思い、全ての初級魔法を行使してみた。


「うそだろ」


 結果は全ての初級魔法が一回で発動した。苦手な属性は魔力消費が激しいとも聞いていたけど、そんなことはなく、魔力にもまだ余裕があった。


「ははは、僕が全属性の魔法が使えるなんておかしいよね。あ、これ、たぶん夢だな。ほら見ろ、さっきまで焚き火で明るかったのに、今は視界が真っ暗になってる」


 僕は気づいていなかった。すべての魔法が一度で発動していく状況に理解が追いつかず、最後に使った闇魔法シャドウボールの手元が狂い、自分の足元に向けて発動してしまっていたことを……


「そうそう、どうも洗濯スキルを使った辺りからおかしいんだよね。

 たぶんそこから先が夢なんじゃないかな。でも、この夢からどうやれば起きれるのかな、僕そろそろ起きたいんだけど……

 あ、そうだ。もう一回夢の中で寝てみて起きればいいのかも」


 ――よし、そうしよう……あ、でも夜営の見張り……は関係ないか。

 だって今の僕は夢の中だもん。早く起きなきゃシャルさんに怒られる。


 ――――

 ――


「ルシール!!」


「いたっ」


 翌朝、シャルさんの拳骨で覚醒した僕。なんだなか肌寒い。


「あれ……僕はっ、寒、ん、えっ、服っ!?」


 気づけば、ボックリくんを首から下げてパンツ一丁の僕。


 どういうことだ? と思っていると、シャルさんが物取りだと言う。僕が寝ている隙をつかれたのだとか。


 あ、でも荷物は初級魔法書だけで無事、装備品はアイテムボックスの中にあるからこれも無事。


 僕の周りには金目のものなんて一つもない……


 残念だったね、と心の中で思っていると、呆れた顔のシャルさんから説教地獄。おまけにフレイからもちくちくの毒舌地獄が待ち受けていた。


 ――――――――――――――――――――


【名前:ルシール:Lv6→7】ギルドランクG

 

 戦闘能力:105→120

 種族:人間

 年齢:14歳

 性別: 男

 職業:冒険者

 スキル:〈スマイル〉〈料理〉〈洗濯〉

 〈剣術:3〉〈治療:2〉〈回避UP:2〉

 〈文字認識〉〈アイテムバック〉〈貫通〉

 〈見切り:2〉〈馬術〉〈捌き:2〉

 〈カウンター〉

 魔 法:〈生活魔法〉〈初級魔法レベル1〉new

 レジェンドスキル:《スキルショップ》

 所持金 :1,213カラ 

 借金残高:4,349,850カラ


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最弱だった少年の英雄譚 ぐっちょん @kouu

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