江戸

第39話 完

 江戸に雪が降った。

 その雪は中々溶ける事がなく、人々を困らす。

 この雪が溶ける頃には春になるだろうと、いう気の早い人もいた。


 一軒の武家屋敷で男装した女が一人座っている。

 

 女の名は晴嵐。

 今は土御門家に居候をし、日々あやかし退治に精を出す。また、人に協力するあやかしには情をかけ、便宜を図る。

 その女の前には布団がしいてあった。


 寝かされているのは芳助、土気色の顔には今は白い布がかけられている。

 白い布とは死人にかけるそれであった。



「おい」

「はい」


 普通の人間であれば、死人が喋ったという所だろう。


「いやー、汗まで拭いて貰ってすみませんね、でも顔全体にかけるのは死人だけですよ」

「芳助さん、小さい事は気にしないでください、それよりも何ですが、この紙は」


 晴嵐は懐から手紙を取り出し、寝ている芳助の顔へ近づける。



「文字が書いてあるから手紙と言うのです。絵が書いていれば絵本ですかね。

 いっ、叩かないでください。

 まだ病んでいるんですからっ」

「この減らず口がっ! 手前に何かあったら琵琶を届けてくださいって書いてあるじゃないかっ」



 晴嵐が本気で怒り、口調すらも荒くなる。

 それでも、のらりくらりと芳助は布団の中へもぐっていた。



「いやー何もなくてよかったよかった」

「話をそらすなっ!!」


 

 六日ほど前、土御門家の離れにいる晴嵐へ手紙が届いた。

 突然、行方不明になっていた芳助の手紙だ。

 手紙の内容は『手前にもしもの事があったら琵琶を師に届けてください。断庵に預けておりますゆえ』と書かれていた。


 すぐに、師である羅鬼へと相談する。

 羅鬼は、あらあらと言うばかりで心配そうな顔はしていない、むしろやっと手紙が来ましたか。ぐらいの顔だった。


 心配なんてしていないっ! と、言い張る晴嵐は、羅鬼の提案で琵琶を取りに江戸まで来たのである。

 羅鬼様に言われたらしょうがないですね、いや、しょうがないと。

 その姿を見た羅鬼と半妖の雪乃は小さく笑う。


 そんな二人の口喧嘩の最中に武家屋敷の襖が開く。断庵だ。



「よう」

「ああ、どうでした」



 どうでしたとは、後片付けの事である。

 断庵はにやりと笑うと、晴嵐の横に座った。

 断庵は座ったとたんに、晴嵐の尻を触る。もうすこし肉を着けたほうがいいなと感想を言うと晴嵐が近くにあった鉄瓶を持って断庵を殴りかかった。


 しかし断庵はそれを片手で止めると、

「ふはっはっは、ついでだ。茶を入れてきてくれ」

 と願ってきた。


「なんで自分がっ」

「まぁそういうな、そういえば土気色の芳助の顔を見た時のお前の顔といったら……」

「入れてきますっ!」


 晴嵐が慌てて部屋を出て行った。

 なんなんですかねぇと言うのは芳助だ。


「気にするな、さて……まずは」


 まずはと、その後の事を語りだす、結局座敷童子は居なかった。

 封印が弱かったのだろう逃げた後があった。

 だからこそ、襲撃が成功したのかもなと付け加える。



 次に証文、これも全部回収し、緒松の事も解決した。

 一之瀬克は行方不明と言う扱いになった、同時に屋敷から不審火が出て屋敷は全焼。

 怪我人は公式では居ない事になっている、なんでも吟味方の佐久間のほうにも、もっと上から詮索はしないようにと命令が来た。


 名目上は禁止されている賭場での火事に武士が関わっていると困るのだろう。

 江戸の火事といえば、犯人はそれだけで死罪にもなる場合も……。

 佐久間の妻、緒松のことも同時に片付いた。

 


 次に新橋一郎。

 敵は討ったが、討ったと証明するものがない。

 本来居なくてはならない見届け人などもいないからだ、元の藩主に伝えても復帰は簡単ではない。

 今は少しぼーっとしており権一の恩人として八重桜で世話になっている。

 ただ、座敷童子が逃げていた事に対しては凄い喜んでいて、涙ぐんでいた。

 新橋一郎は知らないが、花野が最近八重桜で小さい女の子を見たそうな。 


 そして、断庵。

 様々な所で金を使い、その額は何と二千両を超えた。

 全員をまとめた断庵に見入りが無いかと言えばそうではなく。

 真獄門組の隠し倉庫から三千両と、さらに集めに集めた証文を世直しとして、本人に返しに行く。

 返しに行くと、当然縁ができ、色々と感謝もされるという事で、使った分以上の見入りが見込めると豪快に笑う。


「で、お主は、今後はどうする?」

「とりあえずは、帰りますよ」

「壊れた琵琶をもってか?」


 ちらりと顔を動かす。

 あの晩使った琵琶。

 弦は切れており、尚且つ背の部分が裂けていた。

 芳助が無理をさせたためなのかはわからない。


「壊れはしましたけど、師が捜していた物なので、まぁ直せるでしょう。晴嵐に頼みましたら断られましたので、その後は暖かい場所にでも行きたいですねぇ」

「しかし、よく生きていたな。我輩が運んできた時は心の臓が止まっていたぞ」

「昔から丈夫で、ほらあれですよ。

 死なないと思えば死なないのです」


 誰かの受け売りを言うと、咳き込む芳助。

 呆れた断庵は大事にしとけと部屋をでた。


 廊下を歩く断庵は、その動きを止めた。


「そういえば……いや晴嵐と一緒来た羅鬼も後から見舞いに来るって言っていたな。

 伝え損ねたか……まぁいいだろう、一先ずは一件落着と言った所だな」


 もちろん、伝え損ねているわけじゃなく伝えてないだけである。

 晴嵐も別に羅鬼様と一緒に来たとは伝えてない。

 片方は驚かせるつもり、片方はお灸をすえてもらうつもりだからだ。


 庭に降り積もる雪を見ながら断庵は腕を組む。


「しかし、羅鬼かぁ……だから芳助は面白い、芳助の周りには、代わったのが集まる。集まれば騒ぎになり、儲け話がかってに転がってくる、さてさて……今日は鍋にでもしょうかのう……かっかっか」


 芳助はこれから来る人物も今は知らなく、すやすやと寝るのであった。

 

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琵琶弾き芳助   【10万文字完結作品】 えん@雑記 @kazuna

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