第128話 めでたし、めでたし
「う……む……」
グレン卿は眼を覚ますと見知らぬ部屋にいることに気がついた。ベットに寝ている。
果たしてここはどこなのか、いや、大体の予想はついている。
ここは――
「目覚めましたか、グレン卿」
答えが頭の中に浮かび上がる前に、誰かの声に遮られた。聞いた事のある声、エイダの声だった。
ベット上で頭だけ動かすと、エイダが椅子の上に座っているのが目に入った。
「ふ、どうやら私はあの後、気を失っていたようだな」
グレン卿はそう言って思い出した。ドンキホーテと戦ったあの後、体力の限界に近づきいつのまにか気絶してしまったのだ。
エリクサーは傷を治せるものの、体力までは回復しないらしい。
僅かな潮の香りそして揺れから察するにここは船内の客室といったところだろう。エイダはおもむろに話し続ける。
「あなたには、裁きを受けてもらいます、今回の事件の主犯格として」
その言葉を聞いてグレン卿は全てを察した。自分達は負けたのだと。しかしそれでもグレン卿は取り乱すことなくエイダに聞き返す。
「それだけか? 言いたいことは? 他に私に対し言いたいことはないのか」
「アイラ達は……今も目覚めてません、あなたのことを愛していたアイラ達は……」
エイダは寂しそうな顔をしてそういう
「私は……後悔などしていない……全ては大義のためだった」
「嘘ですね」
「……なに?」
「私にはわかります、今、神の使者の力を使っていますから」
「全てを聞き取る、耳か……大方、私の心の声でま聞いたか?」
揺れる船内の中、緊張感が生まれる。
「後悔をしていないといえば嘘になる……あの子達は最初からああなる為に生まれたのだ、情はかけないつもりだった……」
「しかし」とグレン卿は続けた。
「情というのは、かける、かけないというものではないな、情は湧くものだということを痛感させられた。……王は死んだのだろう……?」
その言葉にエイダは頷く。
「そうか、魔王の力も封印したか」
「いえ、解放しました、ヨータの魂は天に召された、もう二度と誰にも縛られないでしょう」
「そう……か、結局、私はなにもなせなんだか……あの子達を犠牲にしたというのに」
グレン卿はそれ以上喋ろうとはしなかった。エイダは立ち上がり言った。
「あなたの本心を聞けてよかった」
「心の声を聞けるのだろう? わざわざ聞く必要はあったのか」
「それ嘘なんです、本当は心の声なんて聞こえませんよ、多分、全てを聞く耳というのは、ヨータが本来持っていた技能なんでしょうね、神の使者の力ではなく。それともう一つ、嘘をついていました」
「なんだ」とグレン卿は訝しむ。
「アイラ達は目覚めています」
その言葉を皮切りに、客室の扉が開かれアイラ、アル、エールの3人が入ってきた。
「父上!」
アイラはグレン卿に勢いよく抱きつく、アルはそれを見て幸せそうに微笑んだ。エールは申し訳なさそうに、エイダのほうを見ると言った。
「あの、エイダお姉様、ありがとう」
「お礼なんて必要ないよ」
そう言ってエイダはこの部屋を後にした。
エイダは客室を出て、船のデッキに行く。あれほどまでの激戦だったというのに、未だ日は高い。
船の手すりを見るとそこには海を眺めて黄昏ているドンキホーテの姿があった、その近くの手すりの上にアレン先生と蛇の姿のマリデもいる。
それにしても、ドンキホーテは神妙そうな顔立ちで、遠くを眺めなにやら考えこんでいる、一体、なにを考えて――
「おうえええええ!」
「うおおお! いきなり吐くでないドンキホーテ!」
そばにいたアレン先生は驚き、飛び上がりながら叫ぶ、マリデはなにもなかったようにトグロを巻いていた。
「すまねえ、疲労と揺れでつい……お、エイダ!」
苦笑しているエイダに気がついたドンキホーテは手を振る。エイダはドンキホーテに近づいていく。
「グレン卿とは話したのか?」
「うん……アイラ達が納得できる答えを引き出せたと思う」
「そうか……あとはまあ船が港町セイドに着くまでだな、アイラ達がグレン卿と話せるのは」
エイダはドンキホーテの言葉を聞きながらあの決戦の後のことを思い返す。あのあと何もかもがあっさりと終わってしまった。
グレン卿を捕まえた時点で、例の歴史の騎士団と呼ばれる騎士団は投降し、今はエドワード船長の船の倉庫の中でじっとしてもらっている。
そしてグレン卿を含むそのもの達は港町セイドで国に引き渡される予定だ。
それらの段取りは全てドンキホーテの折り紙手紙と呼ばれる紙を鳥に模して飛ばす魔法で国に伝えられた。早ければ恐らくすぐにでも王都エポロにつき、飛空挺部隊がグレン卿の身柄を取り押さえに来るはずだ。
「エイダはこれからどうするんだ」
おもむろにドンキホーテが話しかける。
「どうしたの急に?」
エイダは笑いながら答える。ドンキホーテは続けた
「いや、もうエイダを縛り付けるものはないからそのあとどうするのかなぁって、思ってな」
「ワシらとともに来るか? 黒い羊で共に働くという手もあるぞ!」
アレン先生の提案にマリデも頷いた。
「うん、元から君の面倒を見るようにエイミーから言われていたからね、ボスとしていつでも歓迎するよ」
うーんとエイダは悩んだ、そしてしばらく腕を組み考えた後、答えを出した。
「私は――」
セイドの街では予想通り、王都から飛んできた飛空挺が待機していた。そこでグレン卿と、歴史の騎士団達の引き渡しが執り行われた。
アイラ達、三兄弟はドンキホーテが被害者だと文面にしたためたため、拘束はされたもののすぐに釈放される予定らしい。
グレン卿が捕まった。それはソール国に大きな混乱をもたらした。人々は理由を求め、さまざまな噂話やありもしない話をでっち上げしばらくはその話題でもちきりであった。
人々の話題はグレン卿だけではなかった、例の戦争を仕掛けてきたというロウル国についても噂話は絶えなかった。
なにせ、戦場が丸々ひとつ消えてしまったのだ。神の怒りだとか、隕石が落ちただとか、話にどんどん尾ひれがつき、エイダ達だけが知る真実とはどんどん違うものになっていった。
当のロウル国はこの件以降、沈黙を続け、領土問題を蒸し返すことをやめておりそれが一層、ソール国民の不安を煽っていったのだ。
こうしてソール国の国民は混乱と不安を抱えていくことになる。
しかし真実を話すわけにもいかない、それはドンキホーテとライジェル王の間に交わした約束を違えることになるからである。
ソール国の民を守るその為には、この魔王の真実を一生エイダ達は守っていかなければならないのだ。
そんな情勢の中エイダは、自分の家に戻ってきていた。
「ただいま」
返事はない。当たり前だ。エイダは床を見る。そこには荷造りした、自分の荷物が転がっていた。
思えばここから始まったのだ。果てしなく長い旅だっようにも、短い旅だったようにも感じられる。
エイダは懐かしむように、部屋を見渡すと、埃のかぶった荷物を拾い上げる。
「お母さん、行ってきます」
その呟きに答えるものはいない。しかし、誰かに背中を押されたような気がした。エイダは微笑み、名残惜しそうにしながらも家を出た。
家を出た先で待っていたのは――
「よう! エイダ! 別れはすんだか?」
「その様子だとできたみたいじゃのぅ」
ドンキホーテとアレン先生だった。
「うん! 大丈夫だよ! 別れはしてきた!」
「よし」とドンキホーテは言い、続けた。
「うんじゃ出発しようぜ! 新しい家! 黒い羊の本部によ!」
エイダは頷くと、アレン先生を肩に乗せ、ドンキホーテと共に歩き始めた。
これから世界は混沌の時代へと進むのかもしれない、しかしエイダは怖くなかった。
こんなにも頼もしい仲間達がいるのだから。
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜 青山喜太 @kakuuu67191718898
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