第127話 別れを告げて

 ついにエイダの一撃によってヨータを繋ぐ鎖は解かれた。


「鎖が解けたか……!」


 粉々になっていく白い鎖を見つめ、アレン先生はそう呟いた、そしてそれと同時に、ふらりと倒れそうになる、エイダを両手で支えにいく。


「エイダよくやったぞ……!」

「ありがとうアレン先生」


 エイダはアレン先生に対して礼を言いながら、ヨータの方を見た、彼が今どのような状態なのか気がかりで仕方なかったのだ。

 するとヨータは目から雫を溢れさせ、それを手で静かに拭っていた。そして涙を拭き取った後、冷静さを装い、いつも通りの口調で言った。


「ありがとう、お姉ちゃん、お陰で僕は自由だ」


 その言葉を聞いた瞬間、エイダはヨータに抱きつく。


「お礼をしたいのは私の方だよ、それに私がしたいことをしただけだから気にしないで。私がそうした方が幸せになると思ったの」


「だから、もう強がらなくて大丈夫」エイダはそう言葉を締めくくった。するとヨータの目からは再び、涙が溢れ出した。

 ヨータの涙共に流れ出したのは、今までの雪辱の記憶と、感謝の言葉だった。エイダは思った、ヨータは今まで、自分を心配させないようにと強く振る舞おうとしていたのだと。

 大丈夫、大丈夫だよと、エイダは強くヨータを抱きしめていた。ヨータの目から涙がこぼれ落ちる。


 そしてヨータの涙が白い空間の地面に落ちるたびに空間は不安定になっていく。やがて空間は歪み、光と共に消えていった。


「お姉ちゃん、本当に、本当にありがとう」


 ヨータの感謝の声と共に。





 光が収まるといつのまにかエイダは、空中にいた。両肩には、マリデとアレン先生が、そして目の前にはあの魔王の肉体がある。

 しかし危機感は感じない、はっきりとわかるこの魔王の肉体はもはやハリボテだ、魂がないのだ、ヨータの魂が。


「さよならヨータ……」


 目の前にある魔王の肉体のちょうど胸のあたりを触れながら、届くかどうかわからない、別れの言葉をエイダは告げる。

 そして、別れの言葉が届いたのか、同時に魔王の肉体は光の粒子と化し消えていく。その消える姿を名残惜しそうにエイダは見届けた後、唐突に響いた爆発音に耳を傾けた。


「この音……!」


 エイダの呟きにマリデは頷く。


「ああ、間違いないね、ドンキホーテも決着がついたんだ」

「行かねばならぬな! エイダ!」


 アレン先生の提案にエイダは、賛成し音のした方へ飛んでいった。






「はぁ……はぁ……!」


 騎士ドンキホーテは、片足をつき白き爆炎を見る。果たして自分は、やり遂げたのだろうか、かつての友を果たして殺してしまったのだろうか。

 そんな疑念を抱きながら爆煙が晴れるのを待つ。次の瞬間、風が吹いた、時が止まっているはずのこの世界で、である。

 ドンキホーテは察した、魔王の力が消えたのだと。時が進み出した世界は、ドンキホーテの望み通り爆煙を風によってどかし、見たいものを見せた。

 そこには、半身に白い炎を宿し倒れ伏したライジェル王の姿があった。

 ドンキホーテは王の近ずき、このままでは苦しかろうとトドメをさすことにした。これはせめてもの情けだった、友の苦しむ姿など見たくはない。

しかしそれに待ったをかける声が耳に入る。


「ドンキ……ホーテ……」


 それは王の口から溢れでた言葉だった、もう助からない、故に遺言だろうとドンキホーテは耳を傾ける。


「見事だ……だが、これだけは覚えていろ……!!」


 ドンキホーテはひざまづく、王の言葉を聞き逃さぬように。


「ソール国は……! これから暗黒の時代を歩むだろう……! みずから、生み出した古の歪みが、ツケを払いにやってくるぞ……まるで死神のように!」


「だから」と王はドンキホーテの鎧の胸元を掴み自身の頭にドンキホーテを近づける、徐々に全身に回りつつある炎の痛みに耐え続け王は言葉を発した。


「約束……しろ! ソール国の民を守ると! 確かにソール国は魔王を生み出した、それがソール国の偽りの繁栄もたらしたのは確かだ、だが……その責任は、今の民にはない!!」

「……わかってるよ」


 ドンキホーテは悲しみに暮れ、剣を握り直す。この男はやり方は間違っていたが、ソール国の未来を、自国の民を本気で守ろうとしていた。

 かつての友の思いは、死んでなどいなかった。それどころか誰もが止められないほどの、熱き業火とかしていたのだ。

 例えそれが自らを焼くことになるとしても、この男は構わなかったろう。


「なぜ、なぜだ、俺に何も言わなかった……ライジェル……!」


 王はその言葉を聞くとフッと笑い言った。


「お前はやはり、だめだ……優しすぎるのさ……ドンキホーテ」


 その言葉を最後に白き炎は王の全身を飲み込む。そして王は灰と化した。その灰をドンキホーテは見つめ両膝をつく。

 止められたかもしれない、そんなのはただの妄想に過ぎない、それを王の姿を見て実感していた。それでも、考えずにはいられないのだ。


 お前と手を取り合って切り拓く未来があったのでないかと。


 宙に浮かんだ、王によって作られた大地が揺れ始める。ドンキホーテは我にかえる。まずい、と魔王の力が無くなったのだ。よって魔王の力により作られたこの大地もいずれ消えていくに違いない。

 となれば、このままではドンキホーテは大地に向かって真っ逆さまだ。

 どうする、以前使った、落下速度を落とす魔法は起動できそうもない。それほどにドンキホーテは疲労していた。

 地面に亀裂が入る。いよいよ俺もここまでか、ドンキホーテが諦め掛けていたその時、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。


「ドンキホーテ!!」


 五対十枚の羽を広げてドンキホーテの前に舞い降りたエイダは、ドンキホーテの目からすれば救いの神のように映っただろう。

 エイダはドンキホーテに手を伸ばす。ドンキホーテは急いでエイダの手を掴み言った。


「ナイスだエイダ!」


 その言葉と共に、エイダはドンキホーテを連れて飛び去る、崩れゆく、宙に浮かぶ大地を背にして。


 ドンキホーテは最後に大地の方を振り返り言った。


「さらばだ、我が友」

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