第17話 手と手

 男子三日会わざれば刮目かつもくしてみよ、なんて言葉があるけれど正直言って女子なんて刹那せつなの間というたった一瞬の間に、先程までの彼女と今の彼女が劇的に変わっているものだ。


 たった一瞬、されど一瞬。


 今まで弱々しかったヒロインがちょっとしたきっかけでグイグイ系ヒロインにレベルアップしたり、はたまた恋に敗れたヒロインの方が敗れる前よりもまた一段と輝いて見えたりする。


 俺という男の視点から見る、いぬい瑠夏という女の子もまたその例に当てはまるんじゃないだろうか。


 彼女もまた先程まで、手を貸して、胸を貸してあげなければ儚くも崩れ去ってしまいそうな弱々しい雰囲気のようなものを纏っていた。しかしちょっとしたやり取りの間に彼女はいつもの彼女を取り戻し……いやこの表現は適切じゃないな。


 先程まで、今朝までの彼女とは打って変わって魅力のようなものが溢れている気がする。

 一体、彼女の心の中でどんな気持ちの変化が起きたのだろうか。

 

 そんな、不思議な気持ちを抱きながら自分の服の袖を見る。


 ちょこんと控えめに摘まれた瑠夏の指、そんなか細い彼女の指を眺めて「あぁ、綺麗だな」なんて思いつつもちょっとだけ優越感に浸ってしまう。こんな経験そうそう出来ないだろうしね。


「なにニヤニヤしてるの」

「いや、なんでも」


 ただ、袖を引っ張られながら歩くというのが意外に難しい。こちらの腕の動きが強すぎると摘まれた指が離れてしまうし、かと言って抑えすぎると今度はペースを乱される。


「しゃあない」

「……ん?」


 俺は袖を摘んでいる瑠夏の手を取り握手と同じ要領で手を握る。


「……なっ?!」


 突如、瑠夏の頬が赤らむ。


「なんで?!」

「いやだってさ、袖を摘まれたまんまだとなんか歩くのに気を使うし、それならいっそこうかなって」


 繋がれた手と手を瑠夏に見せつけるように眼前まであげる。


「さっきのことも起こってしまったのは俺の監督不行き届きだからな? 今日一日は俺の監視付きな」

「うっ……」

 

 流石にそれを言われちゃ否定をできないらしく、何も言わずにこくんとひとつ頷いた。

 それを確認して、俺と瑠夏は今度こそ十月祭を巡ることにする。




 俺も初めての参加だったということもあり実際のところ十月祭というものがどれくらいの規模でやるのかということを知らない。ただ、こうしてみると学生の行うお祭りの規模としてはかなりの物だということが分かる。


 先ほどは焦って周りを見る余裕なんてなかったけれど、いざ冷静になって周囲を見渡してみれば、赤に黄、青といった色で作られた紙の花や、色とりどりなポスター、それぞれの色の活動着、周囲に色が溢れかえっていて華やかなで煌々とした印象を強く受ける。


「すげえな」


 それが単純な感想だった。ボキャブラリーが貧困な俺にとって、これ以上の感想が出てこない。


「うん、すごいね。大学ともなればここまで活気で溢れているんだね」


 俺らがこの会場に訪れたときはまだ始まったばかりということもあって、まだこれに比べて閑散とした印象を受けた。ただ、祭りというものはそれに集まる人の効果もあってにぎやかさを感じさせるものだ。先ほどまでの印象とはまったく違うのも無理もない。


 むしろこの姿こそが本当の十月祭なのだろう。


 遠くから焼きそばなどの甘いタレの匂いが漂ってくる。なんだかんだこれまでの一件のこともありついた頃よりも時間がたっていてもう少しでお昼を迎えるところ。


 今日は活動時間が瑠夏さんのおかげで長いこともあって少しだけ早めにお腹がすいてくる。

 まさか、これを狙ったんじゃ……なんて、さすがにないか。


「ねね! 焼きそば売ってるよ!」


 彼女もまた同じ思考だったようで、ふんわりと薫ってくる甘いソースの匂いに誘われるまま出店の立ち並ぶ方へ歩みを進めた。


 ……結局匂いに負けた俺らは、焼きそばだけでなく出店で並んでいたから揚げ串やロシアンたこ焼きに焼き鳥と持ち運ぶことに何のない商品を選んでは立ち食いをし、を繰り返していた。なんだかんだこれだけ見ると前回瑠夏の高校の文化祭に行ったときとなんら変化がない。しかし、ここは私立大、時にはよく分からないところにお金をかける。


「あっ! このバンド今流行っているやつじゃない!」

「あ~、そうだな……というかそんなバンド呼べる金持っているのかこの大学」


 最近、出したラブソングが大ヒットし、いまや国民的なバンドとなった髪男がくるらしいとな……いやぁ、私立ってすごい。


 あまりに人気過ぎてチケットは完売していた。


「ぐぬぬ……」

「さすがに気づくのが遅かったな……」


 残念そうな様子を見せる瑠夏を宥める。ただ、その分次の日の分を取ることができたのでそれはそれでよしとしよう。


「えへへ……」


 先ほどまでは仏頂面だった瑠夏も、チケットが取れたということもあって表情を綻ばせている。それほどまでにそのバンドの音楽を聴きたかったようだ。何とか機嫌が直ってよかった。


「嬉しそうだな」

「そりゃあもう!」


 何度となくチケットを眺めては嬉しそうな表情をする。そんな彼女を見ているとこっちまで嬉しくなってしまう。


「それで喜んでもらえるのであればお安いものだよ」

「ありがとうね唯斗!」

「おう」


 繋がれた手がぶんぶんと振られる。犬が尻尾をフリフリするような、そんな喜びの表現に「ふっ」と笑ってしまう。それを見た瑠夏も「ふっ」と笑う。


 ちなみに本日の夕飯にもその喜びが表れていたことをここで伝えておく。

 たこの入った炊き込みご飯に、から揚げ、大根のサラダ、それに味噌汁。揚げ物なんて後始末が面倒なものをよくこの短時間で作ってくれたものだ。


 やけに手間がかかっている料理が出てくる日はいつだってそう。瑠夏がご機嫌のときだ。そしてそのから揚げこそ俺の大好物だ。

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深夜、コンビニ前に腰掛けていた君があまりに綺麗で。 音ノ葉奏 @otonoha6829

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