第16話 Girl's Side これが本当の私の気持ち。

「落ち着いたか」


 数分くらいの間唯斗の胸に体を預け嗚咽も収まり始めた頃、唯斗から発せられる柔らかな声音がすぅっと耳に入ってくる。


「……うん」


 胸から顔を離し、真正面から唯斗を見つめる。


「……ぷっ!」


 私が思っていた反応とは少し違って、いきなり吹き出して笑い始める。なんなのよもう。


「なにさっ!」


 思っていたことが口から出てきた。


「いや!」


 ようやく落ち着いたはずの心が今度は唯斗の手によって乱されている。


「めっちゃ顔に跡ついてるぞ」


 胸ポケットにしまっておいた折り畳みの鏡で自分の顔を覗き込んでみると、V字のような跡が顔にくっきりはっきりと残っている。形から考えると唯斗のTシャツの首の部分の跡だろうか……ってそれだけじゃなくて。泣きはらしたからか少し目は充血しているし何より顔が真っ赤だ。


「少しだけまって」

「別に何分でも」


 立ち上がると伸びをする。それを私は眺めながら自分の顔についている跡が早く消えることを願っていた。


「……それで?」


 こちらを向かず、ぼそっと呟くように問いかける。


「それで?」

「なんであんな状況になったんだよ」

「……」


 最初は、もっと早くこんな風に「何でこうなったんだ?」って問いかけられて私はちょっと笑いながら「唯斗のことをからかおうかなって……」なんて答えるはずだったのに。


「ちょっと唯斗のことをからかおうかなって思って」


 思い描いていた状況とは真逆な暗い表情の私がそう答える。


「ったく~そんなことでよかったよ……嫌われたのかと思ったぜ」


 私とは対照的に安堵の表情を浮かべる。そんな柔らかな表情の彼にすこしだけ胸の奥がポカポカとするような感覚を覚える。

 嫌われたかと思った。その言葉の中には私に嫌われたくないといったような感情があるようにも思える。そんなことだけで少しだけ嬉しく思ってしまう自分が恥ずかしいし単純だなって思う。


 実際に唯斗には心配をかけたし、それに対して本当に申し訳ないと思っている。だけど、そんな申し訳なさよりももっと大きく自分の中で育っている唯斗への気持ちに心地よさを覚えてしまっている。四割の罪悪感と六割のドキドキといった形に若干罪悪感を上回るこの感情の正体をきっともう私は知っている。


 ――この感情に対する私の理解はただの依存だった。


 身近な存在である家族が近くにいない。そのことがきっかけとなり今現在近くにいてくれて、私に対して優しくしてくれる。そんな唯斗に対して好きという感情よりも近くにいてくれる存在として離したくない離れたくないという深い依存、そう解釈をしていた。むしろそういう風に決め付けて密かに感じていたこの感情を感じ取らないようにしていた。

 

 ……けど、今日半ば吊り橋効果のように感情を揺さぶられたことではっきり感じさせられた。


 女子に話しかけられている唯斗をみてずきっとするこの胸の痛みも、知らない男性に近づかれて怖いって思う感情はあるのに、唯斗にはむしろ自分から近づきたいと思うこの感情のギャップも、親しい存在である由香さんを見て唯斗を理解しているのは自分だってマウントを取りたくなるこの感情の正体も、すべてがすべて一つの感情から分岐しただけ。本来は一個の大切な感情。


 ――――これが好き。私のこの感情はれっきとした恋慕だ。


 依存でもなんでもない純粋な恋心。生まれて初めてのこの感情の名前はそう、恋なのだ。


「んっ? どうした?」


 何も知らない彼のこの表情、今に見ていろ。私はきっとその表情に一筋の朱を差し込ませて私に夢中にさせてやる。

 

 ……だけどまだ、今は少しだけ手加減してこのくらいで勘弁しておいてあげよう。私は彼の袖をつまみ、こう囁く。……別にチキったわけじゃない。


「さっきのこともあって離れるのが怖いから少しだけこのままでいさせて」


 私からの先制パンチ。


 自分の素直な感情を理解した。もうそれを見ない振り、気づかない振りをするのはやめだ、これからは自分の素直な感情を彼に対してぶつけていくことにしよう。


「しゃあないな」

「……えへへ、ありがと」


 なんだか楽しいな。この高揚感はきっと恋のもたらすものだろう。


 ……これが恋をするってことなのだろうか。


 暗い表情なんてどっかに行った。

 今の私に暗い表情なんて似合わない、少しでも彼をひきつけるために笑顔でいよう。だって、暗い顔をしているよりも明るく笑っている方が可愛く見られるものでしょう?

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