第15話 Girl's Side 悪戯


 お遊びのつもりだったなんていったら唯斗はきっと呆れるのかもしれない。


「じゃあ、俺ちょっとトイレに行って来るわ」

「あ、私も行っておくかな」


 ちょっとくらい唯斗をからかって「バカだなほんと」って額をコツンとされる。本当にそんな些細なことを考えて行動したはずだった。


 私の足は唯斗に告げたトイレの方向とは真逆の、学校の玄関のほうに向かって歩みを進める。既にトイレの中にいる唯斗には分からないだろうと思ってそのまま外の露店などがある方向へと歩みを進めたのだ。


 後から焦った唯斗が駆けつけてきて先ほどの言葉を私に投げかける。そんなほんとに些細な悪戯を考えたって罰は当たらないだろう。なのにどうして私の作戦はこうも簡単に崩れ去ってしまうのだろう。


 唯斗にバレないよう学校の外のちょっとした物陰に隠れた私がその入り口を見つめていると、焦って外に出てきた唯斗の姿が見える。


「焦ってる焦ってる!」


 やっぱり彼は私のことを心配してくれたんだな。胸のあたりがぽかぽかとするような感覚を覚えながら私が種明かしとして唯斗の前に行こうとしたときだった。


「天城君~! 一人~?」

「やっほー」

「おおーい」


 三人組の女子が私よりも先に唯斗に声をかけた。

 私とは違ってしっかりとメイクを決めて、まさに臨戦態勢ですと宣言しているようなその姿に少しだけ不安になる。


「え、いや――」


 半ば強引にその三人組は唯斗の手をとる、唯斗の方はそんな彼女たちに何か言ってはいるもののその場にいるのは唯斗一人。どれだけ連れがいるといっても一人と思われてしまう。


「一緒に見に行こうよ! 私たち三人だけだからさ! 女三人だと寂しいし!」


 私の知らない女の子、そんな人たちが親しそうに話しかけている。そんな状況を見て胸の中がざわつく。


「そうだ、早く出て行かなきゃ」


 簡単な話、唯斗の連れが見つかればその誘いを断ることが出来る。

 私がお遊びで離れてしまった唯斗の方向へと歩みを進めると。


「君、この学校の子? 可愛いね何年生?」

「え、めっちゃ美人じゃん」


 自分の知らない、聞いたこともない男性が私の前に現れる。片方は短髪でばっちりスプレーやワックスで決めている。それに対してもう片方は少し長めだけどアイロンなどでおしゃれに髪形を決めている。その二人は唯斗から見てちょうど私が隠れるような位置取りで私に声をかけてくる。何よりもそこに焦りのようなものを感じた。


「すみません、連れがいるので」


 お決まりの言葉を告げる。

 しかし、彼らにとってもそれは聞き慣れたものらしく引き下がる様子の欠片も見せない。むしろ笑みさえ浮かべて次の言葉を繋いできた。


「でもさ、さっきから君の事を見てたけど連れがいるようにも、来るように見えなかったけどな」

「ちなみに、スマホを見ている様子もなかったから待ち合わせのようにも見えないね」


 ぞわりと背中に汗が伝う。

 最初から私に的を絞っての行動らしく抜け目がない。まるで蛇に睨まれた蛙のような、本能的な恐怖を感じた。


 別に私とたいして歳の変わらないように見えるその二人だって立派な男子だ。力じゃ絶対に勝ち目はない。だからといって逃げるにしても私の今の格好は走るには適さないフレアスカートだ。どんだけ全力で走ったとしてもすぐに追いつかれることだろう。


 それに彼らは私に逃げられないように、近すぎず、だけど遠すぎない絶妙なポジショニングを取っている。ハッキリ言って絶対に逃げられない。


「ねぇ、いいじゃん」


 短髪の男性が私の右腕を掴む。

 怖い、怖い怖い怖い、背筋にはピリッとしたような感覚が走り、その感覚は次第に震えのようなものを私に植え付ける。顔が引きつる。上手く口が開けない、頭の中が真っ白になる。


「私……は――」


 乾燥か緊張からか喉の奥の方が張り付くような感覚で上手く声が出せない。視界に映りこんだ男性らがニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。まるで獲物を追い詰めた獣の余裕のある笑みだ。


 私は追い詰められた側……、迫り来る恐怖にブルブルと体を震わせることしかできない。



「――――おいっ!」



 突如前の方から聞きなじみのある声が聞こえる。


「悪いな待たせて」


 焦ったような表情とどこか安心したような表情を見せた唯斗が私と男達の間に割って入ってくる。


「俺らが先に声をかけたんだけど?」


 腕を掴んでいる男の方が威圧的な表情で唯斗に話しかける。


「いやぁ、その先に声をかけたってのがそもそもの間違いで、誰よりも先に今日ここに来るって話をしてたのが俺なんで。だから逆に言わせてもらいますが、俺の方が先に声をかけてたんですけど何か?」


 いつもの雰囲気からは考えられない、ピリピリしたような空気のようなものが唯斗から感じ取れる。その先からの変貌振りのようなものに私の腕から男の手が離れる。


「ちっ」


 二人はその場を離れていく。

 私も私で普段からは考えられない唯斗のその横顔に緊張のようなものがほぐれない。


「……はぁぁぁ、心配させるなよなぁ」


 体の中に溜め込んだ空気のようなものを吐き出すかのように大きく息をつく。

 そんな気の抜けた声のせいあってピリピリしたようなその場の空気が一瞬にして和らぐ。そのせいもあって私のひざもついに悲鳴を上げてその場にへたり込む。


「怖かったよぉ」


 緊張が解けたことで涙腺の方も緩んでしまったのか、どこからともなく涙が溢れてくる。


「ごめん、俺がすぐ見つけてやれなくて」


 泣き顔を隠すように唯斗は私のことを抱きしめてくれる。それだけで私の中に巣食っていた恐怖という名の感情はどこかに飛んでいってしまう。

 唯斗の抱擁に返すようにこちら背中に腕を回す。力強くぎううとその体を締め付ける。なによりも唯斗がここにいるのだということを感じたかった。


「ごめんは私だよぉ」


 泣き声で謝罪する私に対して叱るわけでもあやすわけでもなく、ただ何も言わずに静かに私を抱きしめる。

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