大好きだったゲームの世界に転生した俺は色々考える

平成オワリ

どうやら俺はゲームの世界に転生したらしい

「ん、んんん?」


 目が覚めると見知らぬ天井。周囲を見渡せばヨーロッパや北欧をイメージされる調度品の数々。


 寝ぼけた頭で思考が纏まらないながら、ここが自分の部屋ではないことはわかっていた。が、しかし同時に自分の部屋だという確信もある。

 

 そんな矛盾を抱えながらベッドから降りると、妙に視界が低いことに驚く。すぐ近くにあった鏡の中の自分は、少し目つきが悪いことを除けば将来はイケメンに成長しそうな5歳ほどの少年だ。


 記憶の中の自分との共通項目黒髪、黒目であることだけ。だが自分が手を上に伸ばせば、鏡の中の少年も同じポーズを取るので、間違っても鏡に模した壁絵だったりはしないらしい。


「……なんだ夢か」


 そう結論付けた少年は、ヨーロッパに旅行などしたことがないはずなのに、妙に鮮明な夢だと思う。


「それにしてもオキニス王国とか、まるで『幻想世界の救世主』――」


 ふと、己が呟いた言葉に違和感を覚える。 


 まるで無意識に呟いた言葉だが、確かにここがオキニス王国だ。その確信こそあるものの、自分がそれを当然のように知っていることはあり得ない。


 何故なら、仮に今のがこの少年の記憶だとしても、自分の知識にあるはずのない事柄なのだから。


「いや、ちょっと待て。確かに俺は幻想シリーズが好きだが、だからって……あ、え? お、俺の名前……名前は……」


 記憶が混濁し、自分の名前を口にしようとしても出てこない。まるで頭の中の文字をボールペンか何かでぐちゃぐちゃに搔き乱されたようだ。


 そうしてまるで新しい記憶を上書きするように、知らない知識がどんどんと流れ込んでくる。


「俺の名前は……アーク・ドライグ?」


 それは、紛れもなくこの世界で五年間生きてきた、少年の記憶そのものだった。




 『幻想世界の救世主』


 元々は恋愛要素のあるRPGゲームだったが、人気が拍車をかけ多数の続編が生まれ、さらにアニメや漫画、さらには劇場版などへと広がっていった日本屈指の人気シリーズの名称だ。


 舞台は人族、魔族、その他多くの種族が溢れたセレスティア大陸。


 異世界から女神に召喚された主人公が、様々な仲間と共に大陸を支配しようとする敵たちと戦っていく王道ファンタジーなのだが――


「幻想シリーズって、物語的にシリアスというか、過激というか、グロというか……結構きっつい場面も多いんだよなぁ。その反動か、終盤の物語展開はガチで熱いし感動するんだけど……」


 記憶の混濁に動揺しながらも、とりあえずベッドに座りながら少しずつ頭を整理していく。


 元々R17.5の作品と言われるほどで、実際一番最初に発売されたPCゲームは今では確実にレーティングに引っかかる代物だ。それがコンシューマ化されて一般ゲームへと移り、徐々に一般層からも支持を受けることになった。


 初代を知っている者たちからすればヌルいと言われるものの、すでにシリーズが発足してから十五年、物語の出来やキャラクターの人気は未だ衰え知らずである。


 今ではこれまでのシリーズのキャラクターを集めて戦うスマホのアプリゲームにもなっており、その売り上げ金額は日本トップクラス。人気キャラのピックアップの時などはネットで祭りが始まるほどだった。


「いや、幻想シリーズのことはいいんだよ。今の問題は俺の記憶というか……」


 アークが自分の掌を見ると、明らかに過去の自分とは違う小さな手。だが慣れ親しんだ身体でもある。


「なんというか、このアーク少年の記憶と俺の記憶が混じった感じか? すっげぇ変な感じだけど、不思議と違和感はないんだよなぁ」


 一つの身体に二つの記憶があるせいか、最初こそ困惑したものの、時間を置くとこれこそが自然な形と言わんばかりに落ち着きを見せていた。


「ははは、まるでネット小説の転生モノじゃねえか。しかも原作ありきの二次創作転生モノ。アークなんてキャラは今のところ出てきたこともないってことは、さしずめ俺はオリ主ってやつか?」


 そんな軽口を叩きながら、実際背中からは冷や汗が流れていた。


 何故なら、アークはすでにこれが夢ではないと確信していたからだ。いや、もちろん夢だろうと思い込みたい気持ちが強いのだが、己の感覚が全霊をもって現実だと突き付けてくるのである。


 そして、もしもここが本当に『幻想世界の救世主』の世界だったとして、アークがオリ主的な立ち位置だった場合――


「……ヤバくね? だって幻想シリーズってどのタイトルでもバッドエンドは問答無用で世界が滅ぶ系じゃん」


 オリ主には様々なタイプがいる。


 一番多いのは、積極的に物語に介入して原作キャラクターたちと交流を深め、一緒に物語を紡いでいくタイプ。これは正統派オリ主と呼ばれ、大体の場合、主人公には頼りにされ、ヒロインと結ばれるかハーレムを築くタイプだ。


 特に過去に傷を持つタイプのヒロインはこのオリ主に依存する傾向にある。また例えばヒロインの家族などが死ぬタイプの物語では、オリ主の活躍で家族が救済されそれに感謝されて惚れられるなどという話も多い。


 大抵の物語では最終的に幸せを掴むタイプなのだが――


「無理!」


 だがアークは即座にこの正統派オリ主を切り捨てる。


「だってそれって物語に介入していくってことだろ⁉ 幻想シリーズのヤバさ知ってるやつだったら絶対選ばねえよ!」


 なにせ幻想シリーズは戦闘で負けたり選択肢を間違えると、容赦なくバッドエンド直行の危険な物語だ。ゲームであれば最終的にハッピーエンドで済む話を、無理やりかき乱せばどうなるか。


「……俺が物語に混ざって世界崩壊とか、シャレなんねぇ。これがキャッキャウフフの学園ラブコメとかならともかく、幻想シリーズに関しては正統派オリ主ルートはねぇな」


 正統派オリ主はないと判断したアークは二番目に多いものを思い出す。正統派があるなら当然、その逆張りも存在する。


 それはつまり主人公の敵、もしくは影から支えるパターン。これは原作の物語を少しでも良くしようと考える系オリ主で、メインヒロイン以外の誰か過去に傷のあるタイプと慣れ合うパターンが多い。


 特にメインヒロインのライバル的存在がいれば、そちらに肩入れするタイプだ。ヒロイン同士の戦いの中、不自然に残された主人公と戦う役目も持っている。


 これは最終的には主人公と共闘してラスボスを倒したり、主人公たちが敗北した後に助けに入るサポート役、に見せかけたオリ主である。


 なぜなら、大抵の場合この場面で敵を倒してしまうからだ。そして『お、お前! なんで⁉』みたいな展開になる。


 さらにメインヒロイン以外と仲良くやり、意外とキャッキャウフフな展開も多いのが特徴なのだが――


「無理!」

 

 しかしアークはこのタイプのオリ主も拒否。


「そもそも幻想シリーズの敵はガチ敵だし! 世界滅ぼす系の敵と一緒にやれるメンタルなんか持ってねぇよ俺!」  


 ラノベも漫画もアニメも、ファンタジーもラブコメも何でも大好きな自覚はあるのだが、『俺の右目が疼く!』とか、『前世の俺は!』系の厨二は流石に卒業していた。


「いやでも、実際に今の俺って前世の俺が系じゃ……?」


 気付いていはいけないことに気付きかけたアークはそこで思考を一度止める。


「と、とりあえず逆張り系オリ主もなし! そもそも考え方が可笑しいんだよ。なんで原作に関わる方向で考えてんだ俺! あるだろもっと良い選択肢がさぁ!」


 そして思い浮かべるのは三番目の選択肢、原作介入しない系オリ主。


 これは単純に、原作に関わることで物語が変化し悪化することを恐れるタイプ。これの亜種として原作関わるのメンドクセェなやれやれ系がいるが、どちらも特徴としては原作キャラから離れたところで独自の物語を紡ぐことが多い。


「これしかねぇ!」


 物語のラストは大体がハッピーエンド。であるなら元々介入する必要などないのだ。


 アークは部屋で一人、ようやく出た納得のいく回答に対して満足げに頷く。


 しかしアークは忘れていた。もしくは都合の悪いことは考えないようにしていた。この原作介入系オリ主には、二つのパターンが用意されていることを。


 一つは完全オリジナルストーリー。世界観だけを借りたオリ主のための物語。こちらはほのぼのしたり、逆に殺伐としたり、オリ主の視点から紡がれる様々な物語がある。


 そしてもう一つのパターン。これこそまさに原作介入しない系オリ主の真骨頂。


『何故か原作キャラが近くにやってきたり、重要な場面で都合よくその場にいてせいで、否応なしに巻き込まれる』


『過去の原作キャラと知らず知らずのうちに絡んでいて、いつも間にか主要人物になっている』


 これこそ原作介入しない系オリ主改め、『原作介入しない宣言した系オリ主』の宿命である。


「よしよし、ここが何代目の話なのかはわかんねぇけど、基本介入さえしなければ主人公が何とかしてくれるだろ。俺はそうだな、せっかくのファンタジー世界だし魔術でも頑張るか!」


 そんなことにも気づかず、そして何故か自分が転生したことを自然と受け入れたアークは、少しだけ気分を良くしてベッドに寝転がった。


「あー。それにしても……」


 高い天井を見上げながら、アークはホッとしたように呟く。


「名前がオリ―シュとかじゃなくて良かった」


 そんなどうでもいいことを呟きながら、この大好きだった『幻想世界の救世主』の世界でどう生きていくかを考えるのであった。




―――――――――――――――――――

【後書き】

ここまで読んで下さりありがとうございます。

こちらは思いついたネタを短編に仕上げただけなので、いつか続きは書こうかなと思いつつ、とりあえずここで終了です。


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