第46話

 有島フロート記念大会襲撃事件、後にそう呼ばれるこの事件は警備員による現行犯逮捕という形で終わった。


 主犯の松葉セイヨウは全身骨折という重傷でありつつも生存し、警察に身柄を渡され警察病院で静養中らしい。


 幸いにしてこの騒動で死者はなく、けが人も松葉セイヨウのみ。まさに自業自得、とでもいうのだろうか。


 治安維持で出てきた自衛隊も結局は1発も弾を撃たず、その場を撤退した。翌日出てきたニュースでも自衛隊の出動については一文字も書かれておらず、事件は闇に放り込まれるかと思われた。


 だが人の口に戸は立てられない。有島フロートにいた人間からSNSに情報が拡散され、陰謀論者やフェイクニュースを通じて事実はいびつに伝わり始めたのだ。


 自衛隊出動。戦闘か? 主犯の軍用エクスボットは政府の横流しか? 実は死者多数? 3日紛争の再来か。


 様々な憶測や事実が飛び交い。民衆は困惑し、エクスボットへの危機感を募(つの)らせる一方。1つの話題が人気を博していた


 それは名もなきエクススポーツプレイヤーが主犯逮捕に尽力したという情報だった。


 最終的には政府は公式に関与を否定。自衛隊出動の動画はあれど戦闘シーンはなかったため、世間一般には介入がなかったと受け止められるようになった。




「ううう……決勝ができていたら間違いなく私たちが優勝していたのに……」


「ひでえ言い方だな。それはこっちのセリフだぜ。なら今からでも決勝を再開するか?」


「望むところよ! と言いたいけど、主催者からも秋シーズンが始まるまでエクススポーツ活動は禁止されているのよね……。破ったら最悪プロライセンス剥奪よ」


 プロライセンス剥奪と聞き、タクヤはビクリと震える。何せタクヤにとってその言葉は他人ごとではないからだ。


 カイ、ナオ、ヨウコ、タクヤは現在、音の洪水がするゲームセンターから少し離れた休憩室で雑談をしながら団らんしている最中だった。


「私としては優勝賞金と2位の賞金を4人で山分けにするという案は素敵ですけどね。何せ苦労せず受け取れるわけですから」


「去年の賞金ランキング1位が悠長なこと言うわね。それって余裕かしら」


「そんなつもりはないのですよ……」


 今のナオには何を言っても嫌みに聞こえるのだろう。カイは傷ついた獣のように攻撃的なナオを慰めるように言葉を掛けた。


「ナオの目標は今年の賞金ランキング1位かシーズンの優勝だろう? こんなことでくよくよしていると次のシーズンに響くぞ」


「うー。皆正論ばかり言って私をいじめる」


 ナオは座ったまま駄々をこねるように手足をバタバタと暴れさせた。


 そうしてしばらくしてナオはピタリと動きを止めた。


「ハァ。そうよね。今更文句を垂れても仕方がないわ。それに悪いのは皆じゃなくてアイツよアイツ!」


 ナオはそう言うと憎しみを込めてテレビを見る。テレビ画面には有島フロートの事件について延々とコメンテーターが語り合っていた。


「事件のせいでエクススポーツ廃止論も大手を振って言う人が出てきたのです。今は事態が収まるまで我慢するのが一番ですよ。無理にでも決勝を始めていたら、世間一般から批判されるのは目に見えているのです」


「世間一般、ね。まったく第三者と来たら不平不満を垂れ流すのだけは一人前なんだから。困るわね。本当に」


 ナオは苦難と正論によりくしゃくしゃになった顔で、小さくため息をついた。


「そもそも大会側は賞金自体を無しにする方法もあったわけだ。貰えるだけありがたいと思わないと主催者側に失礼だぞ」


「きっと謝礼のつもりなんだぜ。それとこれを上げるから文屋に垂れ込むな、っていう口止め料も含めてな」


 あの事件があってもカイたちの生活は特に変わらない。メディアの質問攻めもなければ政府関係者の取り調べもなかった。


 おそらく事実を知る政府は無関心を決め込み。メディアは名もなきエクススポーツプレイヤーの活躍というタイトルで満足しているのだ。


 メディアの受け手側も、そこには英雄はおらず、匿名の当事者がいたと皆納得している節もあった。


「消防隊員や警察があまり賞状を受けないようなものかしらね。当事者として精一杯頑張った。他人にとってはそれだけで十分美談なのよ。誰がどうしたかなんて、野暮って奴よ」


 ナオは投げやりに言葉を吐き捨てて、より一層丸めた新聞紙みたいな顔になっていた。


「ナオさん。そんな顔芸ずっとしているとシワができるですよ」


「なにが顔芸よ! こっちは諸々について真剣に心配してるのよ!」


 ナオとヨウコが漫才をする中、カイはある色紙を見て満足そうな顔をしていた。


「なによ。そんなに私が悲嘆に暮れているのが面白いの?」


「そんなわけないだろ。俺はあの瞬間大会の関係者が皆1つの目標に向かって戦ったと思うと、嬉しい気分を思い出すんだ。変な話だけどな」


「おお、それは俺にも分かるぜ。なんかこう、一体感というか高揚感というか。凄いエネルギーに後押しされた感覚があったな」


「それだよ。俺たちは少なくとも、あの瞬間一致団結したんだ。それは優勝とは別のいい体験だと思わないか? ナオ」


 ナオは名指しされ、不満げなむっとした顔に変わった。


「……否定はしないわよ。私だって皆に励まされなかったらあそこまで這っていけなかったかもしれないし、最後の狙いも外してたかもしれないわ」


「だろ。だからこいつは優勝賞品以上の宝物に違いないさ」


 カイは色紙を皆に見せる。


 その色紙には大会関係者、選手一同の寄せ書きがかかれていた。


 そして色紙の真ん中には「ありがとう」という文字がしっかりと刻まれていたのだった。

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告白から始まる壊しあいロボットドッジボール 砂鳥 二彦 @futadori

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