第9話 目付 夏目清十郎③
蝉の鳴き声が、一層蒸し暑さを感じさせる八月の初旬
清十郎は紫乃が施術する庵を訪ねていた
五月に怪我をした花を見舞うためだ
「紫乃、花の具合はどうだ」
「若いだけあって、回復は早いです。傷口も塞がれましたし、主に猪肉を食べさせたことで、ほぼ元通りに戻ったかと」
「そうか、良かった」
清十郎は花の元に向かった
「花、傷口は痛まぬか」
「紫乃様のお陰で良くなりました」
「だか、傷が残ってしまったの。すまぬことをした」
「とんでもございません。務めの中で怪我をするのは覚悟の上でございます。本来なら死んでもおかしくない傷でございましたが、紫乃様のお陰で生きています」
「暫くは無理をせず、養生してくれ」
「いえ、そろそろ動き出しませぬと、体が鈍ってしまいます」
「鈍るか。しかし、ゆるりとな」
非番の日である。市中見廻りに出ようした時、松下重蔵が訪ねて来た
「何かあったか」
「はい、先月下命頂きました、旗本藤田源七郎でございますが」
「おお、動きがあったか」
「やはり、抜け荷に加担している疑いがございます」
「そうか、船改番所の組頭という職にありながら抜け荷を見逃していたか」
「抜け荷をしているのは、米沢町にある廻船問屋松前屋です」
「分かった。両方に見張りをつけよう」
「私も小人目付を張り付かせております」
「相手が商人であれば、町奉行にも話を通さねばならぬな。明日、城中で相談してみよう」
その日から藤田源七郎宅と船改番所、廻船問屋松前屋に見張りが付いた
翌日の城中、南町奉行大岡忠相に相談した
「大岡殿、今探索している旗本に抜け荷加担の疑いがございましての、抜け荷をしている商人も見張っておるのですが、町奉行所としても、ご加勢願いたい」
「抜け荷でござるか。商人はどこの」
「米沢町の廻船問屋松前屋で」
「承知した。町奉行所としても見張りをつけよう」
下城した清十郎に今村左近が訪ねて来た
「今村、何かあったか」
「いえ、実は三村紀三郎の件で、お願いがございまして」
「紀三郎がどうかしたか」
「島野の件から、何度か加勢をもらい、人となりを観察して参りましたが、娘の婿に欲しいと思いまして」
「おお、それは重畳。娘御も気に入ったかの」
「はい、何度か夕餉を我が家で食しまして、娘も気に入ったようです」
「それは良かった。では私から三村に話をすれば良いのだな」
「是非よろしくお願いします」
「分かった。明日は非番ゆえ、道場に行って話してみよう」
翌日午後からになってしまったが、道場に三村は残っていた
まずは、間宮師匠に話を通さねばならぬなと考え見所に向かった
「先生、今よろしいですか」
「込み入った話か」
「例の三村の件で」
「そうか、奥へ行こう」
書院に通された清十郎に間宮が尋ねた
「如何あいなった」
「徒目付今村左近が三村を気に入りまして、是非婿に欲しいと言ってきました」
「おお、それは良かった。三村を呼ぶか
」
「はい」
呼ばれた三村が何事かという顔でやって来た
「先生、何か」
「うむ、実はの、徒目付今村左近は存じておろう」
「はい、何度か加勢しております」
「今村がの、お主を娘婿に欲しいと言って来たそうだ」
「え・・・私をですか」
「左様、娘とも何度か会っておろう」
「はい」
「どうじゃ、婿養子に行く気はないか。今村もお主なら良い徒目付になるだろうと言っておるらしい」
「有難い話です。養子先など見つかるまいと思っておりました」
「では、受けて良いな」
「はい、ただ親にどう伝えれば良いのか」
「それは、清十郎、お主が行ってやれ」
「はい、三村の両親も喜びましょう」
稽古を切り上げて、北割下水の三村屋敷に清十郎を伴って帰った紀三郎は
「父上、私に養子の話が来ましたので、師範代をお連れしました」
「師範代というと・・・夏目殿か」
「はい」
「夏目清十郎と申す。実は紀三郎に徒目付の加勢を頼んでおったのですが、その徒目付が、紀三郎を婿養子に欲しいと言ってきましての」
「徒目付の加勢をしておったのか」
「左様、私の配下に今村左近という徒目付がおりましての、一人娘の婿を探しておりました。そこで紀三郎を加勢という形で紹介した次第」
「夏目殿の配下」
「父上、夏目様は今年新規お抱え旗本となられ、知行五千石を賜われたお方です。四月からはお目付をされてます」
「なんと・・・これは失礼致しました」
「夏目様、いま加勢という形で紹介と申されましたか」
「すまぬの。今村もお主の人となりと、剣の腕を見たいと申しての」
「そういうことだったのですね」
「ご両親に承諾を頂きに参った次第」
「承諾も何も、六十俵五人扶持の無役な御家人でござる。それの息子が徒目付に婿入りできるなら有難いことです。ちなみに今村殿の知行は如何ほどでしょうか」
「組頭ゆえ、ニ百俵だったはずだが」
「紀三郎、出世じゃの。良かったな」
「では、承諾を今村に伝えよう。紀三郎、これからも剣術に励め」
「はい。ありがとうございます」
夕刻、今村を呼び三村家も承諾した旨を伝えた
「夏目様、ありがとうございます。これで私も隠居できます」
「お主の隠居は、まだ早い。来年まではやってもらわぬとな」
「来年までですか」
「紀三郎が慣れるまでは仕方なかろう」
「左様ですな。祝言ですが媒酌人を誰に頼むか悩んでおります」
「わしでは駄目か」
「恐れ多いことです。たかだかニ百俵の軽輩御家人の媒酌人に五千石の大身旗本とは釣り合いませぬ」
「わしの媒酌人は十万石の老中であったぞ。気にすることはあるまい」
「それは、奥方様が若年寄様の姫でしたから」
「気を使うか」
「はい」
「ならば、間宮先生に頼んでみようか」
「おお、三村殿の師匠ならば、ありがたいことです」
「分かった、頼んでみよう」
船改番所に潜入して四日目、松前屋の船が入ってきた
積み荷改に組頭の藤田が出た
「松前屋か、積み荷は何じゃ」
「はい。昆布など蝦夷の海産物でございます」
「うむ。通って良いぞ」
「ありがとうございます」
ろくに積み荷を見もせず通してしまったのを確認した小人目付の佐藤与三郎と干支組巳之助は松前屋の舟を追い掛けた。
船が入ったのは、松前屋の裏、川沿いにある蔵の前であった。
四つの大きな箱が蔵に運ばれた。
巳之助は蔵の中に入る手段を考えたが、鍵を開けるには時が掛かり過ぎる。
屋根瓦を外すことにした。
深夜丑ノ刻、下忍を呼び屋根に上がり瓦を外し屋根板を切る。
蔵の中に侵入した巳之助と下忍は、先程運び込まれた箱を見つけ、中を確認した
「頭、これは・・・ご禁制の南蛮細工」
「明の陶器や、これは何だ」
「アヘンでは」
「外に町奉行所の見張りがいるはずじゃ。この事を知らせよう」
屋根に上がり、用意してあった大き目の板を乗せ瓦を戻した
夜目に慣れた巳之助が、周りを探る同心山田の姿を見つけた
「山田さま」
「おお、夏目殿の巳之助であったか」
「先程運び込まれた箱の中身を見てきました」
「なに、蔵に侵入できたのか」
「はい。ご禁制の南蛮細工や陶器にアヘンと思われる物がございました」
「アヘンまで・・・分かった。これより奉行所へ知らせる」
「蔵から出すまでは日がありましょう。我らは船改番所の旗本と松前屋が会う所を押さえます」
「承知した」
清十郎の屋敷に戻った小人目付と巳之助は、仔細を清十郎に伝えた
「アヘンまであったか。藤田源七郎の動きを見張っておけ。近いうちに必ず松前屋と会うはずだ」
「承知しました」
それから三日後、非番の藤田源七郎が深川の料亭風花に入った。
風花の近くには、松前屋の主、善兵衛を見張っていた巳吉もいた
「巳吉。松前屋はいつ入った」
「頭、半刻前です」
「佐藤殿、ここの女将に話をつけられますか」
「やってみよう。無理なら床下だの」
佐藤が小人目付の正体を伝え、女将の許しが出た
隣の部屋を案内してもらった
「藤田さま、お運びありがとうございます」
「うむ、無事運べて良かったの。此度の品は何じゃ」
「はい、明の陶器や南蛮のギャマン、それとアヘンでございます」
「なに、アヘンだと」
「はい。アヘンは医者が欲しがりますので」
「医者に売るのか」
「まぁ、医者だけではございませんが、それ以上は知らない方がよろしいかと」
「そ、そうだな。で、いつ頃売りさばく」
「南蛮の品は欲しいと仰る方が多ございます。値を高く付けた方に売りますので、一月ほどかかります。藤田様へのお礼は、まず手付でここに」
「おお、そうか・・・切餅一つか」
「売れ捌けば、あと二つほどに」
「左様か。お主、相当儲けるようだの」
「危ない橋を渡りますので。次回は七日後に入ります。また宜しくお願いします」
隣で話を聞いていた小人目付と巳之助は、そろりと部屋を抜け出し清十郎の屋敷へ向かった
「ほう、見逃し料が切餅三つか、大岡殿と打ち合わせようかの」
清十郎は南奉行所へ向かった
「大岡殿、仔細が分かりもうした」
「で、如何に」
「七日後にまた積み荷が入ります、が、その前に捕縛と証拠の品を押さえて頂ければ助かります」
「分かりもうした。原田を呼べ」
呼ばれた年番方与力原田が急いで来た
「お呼びで」
「前から話しておった米沢町の松前屋だがの、蔵の中にご禁制の品が入っておる。品を抑えるのと、捕縛をするように」
「承知しました。蔵の周辺には監視をつけております。早速、捕縛へ参ります」
南町奉行所の捕り方が、松前屋と蔵に向かった。
同時に松下重蔵率いる徒目付、小人目付が船改番所に向かった
松前屋では、主人善兵衛に対し
「松前屋善兵衛、蔵の中を改める。開けよ」
「な、何の嫌疑でございましょうか」
「開けてみれば分かること。早く開けよ」
「嫌疑の内容が分かりませんと、開けられません」
「ほう、疚しいことがあるのだな。開けなければ打ち破るまで。どうする」
観念した善兵衛は、蔵を開けた
前もって干支組から知らされていた箱を見つけ
「この箱を開けよ」
「・・・」
「ならば、こちらで開けるが良いな」
「・・・」
「それ、開けよ」
四つの箱を全て開けた
「松前屋、これは何だ」
「・・・」
「ご禁制の品にアヘンまであるようだが。申し開きは奉行所で聞こう」
こうして、松前屋は捕らえられた
一方、松下重蔵一党は船改番所に着いた
「組頭藤田源七郎殿はおられるか」
「わしだが、何用かの」
「それがし、徒目付松下重蔵と申す。評定所まで同道願いたい」
「な、何のことじゃ」
「ここで話して良いかの。配下の者もいるようだが」
「分かった」
評定所に移送された藤田源七郎は、松前屋が全てを話したことを聞いた
「賄賂など誰でも受け取っているではないか、私だけではあるまい」
「藤田殿、確かに賄賂を受け取っている者は多い、しかしながら、ご禁制の品を見逃すことは、船改番所の組頭としては、あるまじき行為である。おって沙汰あるまで神妙になされ」
藤田はうなだれた。
抜け荷の一件が決着をみたところで、清十郎は間宮道場に顔を出した
「先生、ご相談がございます」
「まだ何かあったか」
「紀三郎の媒酌人を先生にお願いできないかと、徒目付今村からの相談で」
「わしで良いかの」
「是非とも」
「分かった。引き受けよう。で、婚礼の日取りは何時じゃ」
「まだ決まっておりませぬ。媒酌人が先生に決まれば、日取りも決まりましょう」
秋が終わりを告げ雪がちらちらと振り始めた十二月のある日、三村紀三郎と今村左近の娘、里江の婚礼が今村家で行われた
媒酌人は三村の剣の師匠、間宮重蔵であった
「本日は誠に目出度い。門弟の媒酌人を務めること、このような日が来るとは思わなんだ。三村、いや本日から今村紀三郎だな。義父母に尽くせ、そして女房を大切にし、剣の道を怠るでないぞ」
紀三郎は万感の想いで頭を下げた
年が明け、新年の挨拶に将軍にお目見えした目付衆が揃った
「上様、新年よりご機嫌麗しゅう、またご壮建のこととお慶び申し上げます」
「高森三太夫、予は一年でと申したが、八ヶ月で成し遂げよったな」
「ははっ、これも上様のご威光あらばと存じます」
「三太夫。約束通り三月から長崎奉行に任ずる。励めよ」
「ははっ、有難き幸せ」
高森三太夫は、上気させながら満悦の表情であった
「夏目以外は下がって良いぞ」
清十郎だけが残された
「夏目、ようしのけたな。もう目付は良いぞ。来月より勘定奉行公事方をやってもらう」
「勘定奉行・・・公事方ですか」
「改易であぶれた浪人が関八州で暴れているという話を聞いている。捕縛できなければ切り捨てても良い。頼むぞ」
「はっ・・・一つお願いがございます」
「何じゃ」
「取締出役という職を作ってようございますか。捕縛には人手が必要かと存じます」
「何人いる」
「少なくとも八名」
「構わぬ。青山と相談せい。あとは任せる」
「はっ」
謁見から下がった清十郎は、老中の青山を訪ねた
「青山さま、ただいま上様より勘定奉行公事方を拝命されました」
「おお、聞いておる。関八州で治安が悪くなっているという報告を聞いておってな、上様に上申したのじゃ」
「関八州は広く、取締も人手が必要です。取締出役の職を新たに設けたいのですが、如何でしょうか」
「なるほどな。何人必要じゃ」
「少なくとも八名は必要かと」
「役料はどうする」
「剣の腕も必要ですが、長旅になりますので、六十俵以上の御家人に、役料三十両程度と考えております」
「年間ニ百四十両か、仕方ないの。人選は任す、来月から始められるようにしてくれ」
「あと一つ」
「何じゃ」
「一度、関八州を見て廻りたいと考えております。お許し願えましょうか」
「お主が行くのか」
「はい、自分の目で見てみないと」
「そうよな。許す、ただ出る前には届けよ」
「はっ」
屋敷に帰った清十郎は、皆を集めた
「今月をもって目付をお役御免となった」
「お役御免ですか」
「代わりに勘定奉行公事方を拝命した。遊ばせてはくれぬわ」
「勘定奉行・・・公事方とは」
「関八州に改易であぶれた浪人が集まり、暴れているらしい。その捕縛か、手向かえは切り捨て御免ということだ」
「それは・・・また・・・」
「わしが知っている関八州は干支の郷だけと言っていい。だから見廻りのお許しも得た」
「それでは、お出かけになるので」
「一月ほどか、見廻ってみる。それと、取締出役を八名ほど任命せねばならぬ。そなたらが、御家人を探索した中で、謹厳実直で腕の立ち、無役の者の心当たりがあらば、教えてくれ」
「おります。八名以上います」
「取り敢えず書き出しておいてくれ、後日本人に会ってみたい」
「承知しました」
翌日、用人の子之助が、取締出役に相応しいとされる御家人を書き出して清十郎に渡した
「この中で扶持六十俵以上の者は何人おる」
「六十俵以上となりますと、この十二名かと」
「分かった。仔細を見て選んでみよう」
清十郎が気にしたのは剣の腕であった。浪人が一人とは限らない。徒党を組んでいれば、真剣勝負にもなる。
一人ずつ見ていった。
一人目、柴田新右衛門 一刀流小野道場
二人目、相良信三郎 一刀流山岸道場
三人目、斎藤松之助 無外流山田道場
四人目、鈴木誠之助 無外流山田道場
五人目、山科相右衛門 一刀流小野道場
六人目、松平喜三郎 無外流真田道場
七人目、足立清一郎 無外流真田道場
八人目、本多佐馬介 無外流間宮道場
本多佐馬介は門弟として熟知していた。間宮道場では四番手の腕前であった。
清十郎は間宮道場に向かった
「先生、またご相談があります」
「今度は何じゃ」
「この度、目付をお役御免となりまして、新たに勘定奉行公事方を拝命しました」
「ほう、出世だの。それで」
「お役目が関八州の治安維持でございまして、私の発案で取締出役を新たに作ることになりました」
「ふむ。治安維持となると、剣の腕が必要だの」
「はい、八名を選ぶのですが、一刀流と無外流の道場に逸材がおるようで、他の道場への紹介状を頂けないかと」
「他の道場か。我が道場からはいないのか」
「先生の門弟からは本多佐馬介を選ぶつもりです」
「本多か。良い筋だ。他の道場とは、どこだ」
「一刀流の小野道場、山岸道場。無外流では山田道場と真田道場です」
「おお、四つの道場主とも懇意にしておる。本日中に書いておくゆえ、明日にでも取りに参れ」
「ありがとうございます」
翌日、間宮道場に行った清十郎は間宮から四つの書状を受け取った
「清十郎、くれぐれも失礼の無いようにな」
とニヤリと含み笑いを浮かべた
清十郎は、その意味は分からず翌日から各道場を廻ることにした。
翌日、最初に向かったのは一刀流小野道場であった
「ごめん」
「何用かの」
門弟が出てきた
「拙者夏目清十郎と申す。無外流間宮道場の間宮先生から小野先生に書状を預かって参った。お取り次ぎを願いたい」
「しばし待たれよ」
書状を預かり奥に向かった門弟は、直ぐに戻った
「では案内いたす」
道場の見所に座っているのが道場主の小野兵左衛門と見受けられた
「それがし夏目清十郎と申します。小野先生、間宮先生からの書状はご覧頂けましたでしょうか」
「うむ。拝見した。では、うちの師範代と立会うてもらおう」
「え・・・立会うとは」
「何じゃ、柴田と山科の両名を紹介する代わりに師範代と立会うとの条件ではないか」
「そんなことが書いてございますので」
「知らぬのか。ほれ、見よ」
紹介状を見た清十郎は、間宮の含み笑いの意味を知った。
「どうした。立ち会わねば紹介できぬぞ」
「致し方ございませぬ。では、お願いします」
師範代と思しき剣客が正面に立った
「一刀流、松木伊之助でござる」
「無外流、夏目清十郎でござる」
始めの声で構えた両者の間合いは二間
松木は一刀流の構え、斜めに引いて清十郎の喉元に合わせた
清十郎は、一瞬迷ったが右手下段に構える
小野兵左衛門は首を傾げた。無外流の構えではない。
両者構えて半刻がたった。ジリジリと松木が間合いを詰める。
清十郎は動かない。
間合いが一間に届こうとした時、焦れた松木が動いた。
木太刀を少し引き、清十郎の喉元目掛けて突きを入れた。
決まった、と思ったが松木の木太刀を見切った清十郎は、スッと右に避け松木の肩にポンと木太刀を入れた
「そこまで」
届いたと思った松木だったが、肩口に木太刀を入れられ負けを認めた
「流石は間宮道場の鬼と噂されることはあるな。松木が翻弄されるとは」
「いえ、失礼つかまつりました」
「約束じゃ、柴田と山科、奥へ参れ」
清十郎と、柴田、山科を連れ奥の書院に入った
「柴田、山科。夏目殿がそなた等に話があるそうじゃ」
「話とは」
「実はそれがし、来月より勘定奉行公事方を拝命しての。役目は関八州の治安維持を命じられておる」
「はぁ」
「関八州は広い、治安維持にも人手がかかるゆえ、取締出役という職を設けた」
「取締出役」
「無役の御家人の中から、腕の立つ者を選んで取締出役に就かせようと考えた訳だ」
「それに我らが」
「そうじゃ。役料は年三十両だが、どうじゃ、やらぬか」
「三十両も頂けるので」
「左様、一人で廻る訳ではない、わしの配下を付ける」
「治安維持とは、何をすれば良いのでしょうか」
「暴れて迷惑をかけている浪人や無頼の者を捕縛し代官所に移送する。手向かいする者は切り捨てて良い」
「お役に付けるのは有難いことです」
「両名とも良いかな」
「はい。宜しくお願いします」
「よし。来月一日にわしの屋敷に来てくれ。神田三崎町にある」
「承知しました」
これで二名を確保できたが、間宮師匠のイタズラであと三つの道場で立ち会わねばならぬと考えた清十郎はため息をついた
夏目清十郎 秘剣鬼刺し 三田久弘 @gosamaru623
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