第4話 「運悪すぎだろ・・・」
大戦争当日、一日目。エレナを守るためという理由で戦争の参戦を希望したわけなのだが、エレナは剣を持ち前線へ、ロンドは弓を持ち全体の支援へという形になってしまい、前線で何かあったときの駆けつけには行けるがエレナが危ないときにすぐに駆け付けられるかと言われれば、混雑する戦いのさなかでは難しかった。
そんなことを考えているうちに大戦争が始まった。アトラス王国とベレティナ大帝国の距離はそもそもさほど離れてはおらず。剣同士がそれぞれ交わりいろんなところからキンキンという耳をつんざくような音が聞こえ出すのは俺の想像よりも早かった。そうこうしている内にだんだんとグッドオーラスの前進するスピードは上がっていき、両国の国境から三分の一ほど進行するまでは、あっという間だった。こうして最小限まで犠牲者は抑えた状態、さらにはグッドオーラスの打ち合わせ通りことが進みアトラス王国側がかなり有利な状態であっさりと一日目が終わった。
大戦争、二日目。この日は天候が悪く午前十字を回ったあたりに唐突なゲリラ豪雨に襲われた。雨のせいで地面はぬかるみ、鉄の鎧でおおわれた全兵士たちはそのぬかるんだ地面に足を取られていた。それにより通常よりも兵の疲弊が早く、また三日目もしくは四日目と尾を引くほどに体力が削られてしまった。だが状況自体派敵国も同じなようでさほど自国が不利になることはなく、先日のアドバンテージを残したまま、二日目は終了した。
大戦争、三日目。一日目二日目と俺たちグッドオーラスは何とか有利な戦いをし、大方作戦道りに事が進んでいた。しかし問題が起きたのはこの日、大戦争三日目だった。敵国約三万人に対しこちらは千六百人。この数の差に対して唯一の対抗手段はグッドオーラスの兵士の優秀さ、戦闘系能力を持っている兵士の多さそしてこの作戦の大きなカギとなっていたのが魔導士、その中でも治癒魔法を使えるものの多さ。人数の不利に対して次の日に備えどれだけの兵士を回復させられるか。魔術を使えば魔導士の体力が大幅に減る予定道理行けば決してこんな悲惨な状況にはならなかっただろう。
俺は目の前に寝そべる魔導士たちの疲弊しきった姿を隣に立つロザリーフランカ、エレナートとともに見ていた。
「まさかこんなことになるなんてな」
ロザリーが手の内に爪痕がついてしまうほどにこぶしを握り締め喉の奥から言葉を漏らす。
「昨日の雨か・・・」
「ああ」
昨日、大戦争二日目は雨に襲われた。そこで敵国の兵士とはもちろん、地面のぬかるみや突然の雨の寒さとも戦っていた兵士たちの疲弊は通常よりも大きかった。テントを移し兵士の救護テントに向かうとほとんどの兵士がまだ昨日とは変わらない形相で戦闘のための準備をしていた。
「戦争に迎えるのは何人ほどなんだ」
「わずか千人余りだ」
聞くからに絶望的な数字だった。「それでも戦わなければならない」そんな言葉を吐き捨てるように言いロザリーは自分のテントに戻っていった。
「疲弊しきってただでさえ少ない兵士がさらに減り、それに対して敵国は人数の多さからいまだに温存兵がいる・・・か」
「いくら有能な兵士がいても・・・勝てはしないでしょうね」
俺が漏らした今の状況にエレナは蓋をするように現実を突きつけた。
「エレナ。今日は俺も一緒に前線に行くよ」
エレナはまるでその言葉を待っていたかのように私についてきてくださいと兵士専用のテントまで案内した。そこでエレナに手渡された軽めの鉄装備を着て自分で持ってきた弓を手に取る。そうして俺の準備は完了した。
エレナが私も準備できましたと小走りで駆けつけてくる。
「本当にあなたは変わらないですね」
空耳かはわからないがそんなことをエレナに言われた気がした。
装備を整えたロンドとエレナが戦場に着くとすでに戦闘は始まっていた。とりあえず自分たちの低地につくためエレナとはここで別れる。
「では、ロンド私は行ってきますね」
「うん、気をつけてな」
「ありがとうございます・・・ロンド」
「?どうした」
「どうか無理はなさらず」
「わかっているよ」
エレナがどれだけ強いといっても大勢の兵すべてに対して勝てるわけではない。自分が今日死んでしまうかもしれないそんな心情を断ち切るためなのか、心を切り替え顔つきが変わるとエレナは腰に携えた刀に手をかけ目にもとまらぬスピードで駆けていった。
「なれたもんだな」
エレナの過去はわからない。その雰囲気から湧き出る不動のオーラや仕事中ところどころ見え隠れする切り傷の痕、彼女が俺の店に来て数日たったころからうすうす感づいてはいたが、彼女のそれは普通に料理人として目指してきた女の子の風格とは程遠く感じた。あいつはいったい何者なんだと考えるのは今ではないと自分に言い聞かせ自分の位置つまりは弓兵の中に紛れる。弓を出し弧を描くように矢を降らせるため体をそらせる。力いっぱい引っ張り矢を放とうとした瞬間。「「ドゴーン」」とまるで雷でも落ちたような音が聞こえるとほぼ同時に地面が大きく揺れた。時間にして五秒程だろうかロンドを含めほとんどの兵士たちがその不意打ちの音と自信に体制を崩す。揺れが収まるとロザリーフランカの思念伝達が全兵士に流れた。
「緊急!緊急!全兵士に通達する。すべての魔導士、剣術士、一般兵は撤退せよ!」
脳内に響き渡るロザリーからの警告。その声音からはただならない状況が起こっていることがわかる。ロザリーやエレナがいる場所に視線を向けるとそこには遠目から見てもはっきりわかるほどに大きな影があった。
「古龍・・・」
無意識にその生き物の名前が口から洩れてしまう。しかも古龍、通常「龍」という生き物の生命はとても長い、しかも成長の年を重ねるにつれ大きさが二倍三倍と膨れ上がっていくこの距離から見えるということは、高さ約八十メートルほど古龍と認定してもおかしくはないほどのドラゴンだ。それこ何千年と生きる生き物故百年に一人が見るか見ないかなのだが。
「運悪すぎだろ・・・」
そんなことよりロザリーやエレナたちが危ない。持ってきておいてよかった。
俺は腰にぶら下げておいた以前、現王からもらった気味の悪いお面をつけると今だ古龍と戦っているロザリーたちの元に駆けつける。
「状況は、どんな感じだ」
「見ての通り最悪だ対人間で組まれた兵士が古龍相手にかなうわけ・・・ロンド何だその仮面は」
「まぁそうだわな・・・え?今なんて・・・」
どうやらロザリーには即ばれてしまったらしい。バレバレじゃねーか!あのじじぃ!
今はエレナが一人で足止めをしている。彼女が戦っているところを始めて見たがうまいこと古龍の攻撃をかわしながら剣をふるっている。だが。
「攻撃が通っていない・・・」
ロンドがそうつぶやくとそれに対してロザリーが返す。
「エレナートのおかげで何とか足止めはできているが古龍の皮膚が固すぎてかえってイライラさせてしまっている」
状況は悪化する一方だと。こんなはずではなかったロザリーは今どうすればいいかを見失っていた。
「ロザリーいいかよく聞け。お前含め古龍と戦っている全兵士を撤退させるんだ」
「おい、まてどういうことだ」
「聞こえなかったか」
「そういうことじゃないあれはお前ごときではどうにもならないだろ!」
「俺では無理だが俺たちならできる」
「お前は何を言っている!そんな冗談は今・・・」
とその時。古龍が飛ばした大岩が二人に向かって飛んでくる。
やばい逃げれねぇ。ロンドはつぶされる瞬間にロザリーを思いっきり押した。
ロザリーを守ったロンドは「「ぐちゃ」」という音とともに大岩につぶされる。
ロザリーは大岩につぶされたロンドに呼びかける。
「おい、ロ、ンド」
まだ現実が受け止められないのか大岩につぶされたロンドに向かって話しかけていた。本来自分が守るべきはずだった一般人に守られてしまっていた。それも命を懸けて・・・。ロザリーは目の前で大切な人が死ぬところを、今・・・初めて目撃した。
自分自身への怒りがこみ上げる。そんなことをしている場合ではないということはわかっているただ、それでも今のロザリーからは取り繕ってきた兵士の顔や感情はすっかりなくなり、古龍になんか勝てるわけない・・・。そんな思いが芽生えてしまっていた。
「くっそ!また・・・また失ってしまったのか私は・・・私がこの戦争に私情を持ち込まなければ・・・強者を探してなければ、ロンドをグッドオーラスに加えなければ!!」
ロザリーの頬に涙が伝いロザリーは後悔した。自分がどれだけ愚かなことを、みんなをだまそうとしていたのかを。その結果が身近な人を失ってしまったという形になってしまったことを。
絶望の淵にいたロザリーに戦闘中のエレナが声をかける。
「何泣いてるんですかロザリーさん早く変わってくださいそろそろ私体力の限界です」
エレナの一言に、そうだロンドのことを伝えなければ・・・、と乾いたのどから必死に声を絞り出す。
「エ、レナ。ロンドが・・・ロンドが!」
それを聞いてエレナが困った様な表情を浮かべる。
「あー。ロンドさんは大丈夫ですから変わってください」
「へ?どうゆうことだ」
ロザリーが鼻をすすりながら言う。
「いいから変わってください!もう持たないです」
「・・・無理だ、古龍になんて最初からかなうはずもなかったんだ・・・」
「ああ、もう!そのロンドは今どこにいるか見てみてください!」
「だからここで!大岩につ・・ぶ・されて・・・」
ロザリーが目線を大岩に向けると、岩の下にあったはずのロンドの体や飛び散った血液がきれいになくなっていることに気づいた。
「あ、れ?」
ロザリーがおかしな声を漏らす。すると正面にはいびつな王冠を頭に乗せ醜いほどに汚れた赤黒のローブを羽織り怪物の仮面をつけたロンドがそこに立っていた。
俺が英雄の力を借りるときいつも思うことがある。もしも俺自身が本当に英雄だったならば彼らみたいに孤独になってしまっていただろうか、戦うのが怖くてそれでも誰かのために、皆のために戦って。やっとの思いで倒した時には英雄としてもてはやされる半面救ったはずの人々からはその驚異的な力に距離を置かれる。手を伸ばせば届く距離なのに心はずっと遠くにある。そんなことを承知でなお大切な人たちを守れるのか。
俺の心の中には英雄を飼っている。その誰もが大切な人と離れたくないがために生まれ持つ力をふるい、その結果大切な人は皆、見えない距離にはばかられてしまう。まるで生まれたときからそうなることが決まっていたかのように・・・。それでもなお英雄になれるか。いまだ体験したことがない人生なのにまるで自分のことのように頭には記憶として、体には感覚としてすべてがよみがえってくる。
「破滅の王、ログレス。少しだけ力を貸してくれ」
「「許可する」」
その瞬間、大岩でつぶされたはずの体はまるで逆再生するかのように元に戻っていき体内からあふれ出た血液は元の位置に戻っていく。次に現実へと意識が戻った時にはいびつな王冠とぼろぼろの王のローブを羽織りそこに立っていた。
死してなお英雄を読む 河野 礼拓 @reikaruta
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