第2話寂しさ

息切れが激しい。

肺も限界まで呼吸したせいか今にもはち切れそうだ。心臓に至っては爆発しそうな勢いである。

「逃げないと、早く!」

俺は鍵波宗治。

これはつい数十分程前のことである。


「なあ宗治、このあともう一軒いってみるか?」

大学の先輩に一軒目を出た所でこんな誘いを受けた。

「えぇ、またっすか?もうだいぶ飲んだんだし俺は酒が苦手で...」

「じゃあなんで俺の誘いを受けたんだよ?」

「それは...先輩がしつこく誘ってきたからでしょう!」

すこし怒り気味に宗治は言う。

「はは、悪かったって。それじゃあ帰るか」

「そうですね。俺も少し疲れたんで帰って寝たいところです」

あくびをしながら宗治はそう話す。

「んじゃあ帰りの電車一緒だし」

そういいがら二人は世間話をしながら雨の降る夜の道を歩いていた。

そして駅に着いたときに宗治が声を漏らした。

「あ...」

「どうした?」

「先輩、こっちに来てるあの人って」

するとそこには運悪く大学でも有名な不良がこちらに来ているのが見えた。

「おい、お前らこんなとこでなにしてやがる?」

「うっ...」

「なにしてんのか聞いてんだよ!」

そう言いながらその男は宗治を殴った。

左頬が痛い、下手をすれば歯が何本か折れてる勢いだった。

「おい、金を持ってるんだったら...」

「待て!」

「あん?」

突如、先輩が男を静止させた。

「宗治を殴るんだったら俺を殴れ!」

「なっ!?」

驚きのあまり声を出す宗治に男は目もくれず

「へえ?面白い。じゃあお前が俺を泣かせることができたのならお前もその雑魚も逃がしてやる」

「いいぜ...」

「先輩!駄目です!そいつは俺が!」

「うるせぇ!さっさと逃げろ!」

その隙を逃さず男は容赦なく殴りかかってきた。

「余所見してんじゃ、ねぇ!」

「ぐぁ!」

男の拳が顔に勢いよくぶつかる。

「先ぱ..」

「いいからっ!ぐっ!早く逃げるんだ!」

どうすればいい?俺は何も出来ないし、逃げようにも体が動かない。

そうこうしている内に、先輩の顔には傷ができるばかりだ。通行人は怖いのか目も助けてくれやしない。

俺は、どうすればいい?どうすれば?

勇気を振り絞り、止めようにも恐怖で足が動かない。

動け、動け、動け、動け...

動けよ!

自分のあまりの無力さに彼は憤怒した。

その時、偶々通り掛かったタクシーに目をやると、それは美しい花火のように、

爆破した。

そして、俺はそこから逃げた。

自分でも何が起こったのかわからない。

できるだけ遠い場所にある公衆トイレに逃げ込んだ。

まず嘔吐した。

「ぐっ、がはっ!」

酒を飲んでいたのかそれは妙に匂う。

そして外に出ようとして、鏡に目をやると、

そこには橙色に輝く自分の目があった。

「は?なんだよこれ...」

その時、咄嗟に朝見たニュースを思い出した。

それは、「戒者」という人間とは違う目に「真眼」という超能力を宿す者たちの話であった。

戒者個人で能力が異なっており、突如、普通の人間にも稀にだが、それが発現するらしい。

つまり自分はそれのせいで、戒者になったと?

ふざけるな、そんなのおかしい、こんなの認めたくない。

「くっ、くそぉ!」

気がつくと自分は涙を流していた。

「あ...俺は、泣いているのか?」

これからどうすればいい?このまま帰るか?どこに?家に居ると殺されてしまう。

仕方ないので自分は普通、人がいない所で夜を明かすことにした。

あそこはどうだろうか?

「というのが、今回の事件の内容だ。花境」

「しかし二村、普通の人間が何かの原因で戒者になるなんて、俺は聞いたこともないぞ」

二村の研究室に来ていた花境は顔をしかめながら言う。

「ああ、今回に関しては私も驚きを隠せまい。だがこれは目撃者による証言だけだ。

まだ確信ではない」

「だが今回は目撃者の中には犯人との知り合いもいたんだろ?そいつにも聞いたのか?」

二村を見ながら花境はそう言う。

「それがこの事件には奇妙な点があるんだ。まず事件当日に、犯人とその知り合いは居酒屋にいており、その帰り道に不良に絡まれてボコボコにされたそうなんだ」

「...通行人は何をしていたんだ?」

「なんとも信じがたい話でね、その現場にいた者はすべて素通りしていったんだとか」

二村は口を歪ませながら資料を読んでいる。

「...そこが奇妙な点か?」

「それもあるがそれだけじゃない、なんと暴行した側とされた側は突如事件以来消息を断ったんだとか」

二村は興奮しながらそれを読んでいる。

まったく変な趣味だ。

「突然に?一体どうして?」

「この件に関しては警察もお手上げ状態だそうだ。だが私にとっても推測できる部分はある」

そういいながら、二村は机から何かを取り出した。なにかの本のようだ。

「魔術辞書?なんだその胡散臭い本は」

覗き込みながら花境は言う。

「これには様々な呪文、神獣召喚について記載されているんだが、注目すべきはここだ」

そうして二村はそこに指を指す。

「これは...魔力強制共有?」

「ああ、これは生半可などころかかなりの腕がある魔術師でも扱えん代物でね。なんでもこの力は周りにいるものからその者の一番高い能力を吸収し、自分のものにできる魔術だ。」

「まさか、その事件の犯人がそれを使ったと?だがそれは生半可な魔術師では扱えんものだろう。それに、奴は一般人だ。魔力なんて持てるはずもない」

「さあな、こればかりは私もわからん。だが一つ言えることは、こいつは今まで通りには倒しきれんぞ、花境」

そうして二村は机の上にあった珈琲を飲む。

「まったく...冷めてしまったじゃないか。これだから長話は嫌いなんだ」

少しご立腹のように話す。

「...んじゃあ俺は行く。例え相手がどんな野郎であろうと、俺に「射る」ことのできないやつなんていない」

立ち上がり、花境は覚悟を決めたようにそう言う。

「そうか、じゃあ帰ってきたら今度居酒屋で奢ってくれたまえ、少年」

当たり前のように彼女はそういった。

そしてその少年は返事をせず、出ていった。

「さてと、帰ってこなかったら土に還ったと思えばいいか」

冗談混じりにそういいながらまた二村は冷めた珈琲を飲んだ。

ーつづくー


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終界の眼 持元 陽 @mochiomocchi223

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