7月9日 死神
◇◆◇
「・・・・・まだ信用してもらえていないのか。」
「当たり前でしょ。」
どういうわけか、この不審な死神を名乗る男は、家まで着いてきた。
招き入れたわけではない。ドアをすり抜けてきたのだ。もしも私があともう少し肝の小さな人だったら、コップを割っただけでは済まなかっただろう。
本当は警察に通報しようとも考えたのだが、あきらめざるおえなかった。
何しろこの男、他の人には見えない。通報しても、私がただの頭のイカれた女子高生に見られかねない。
見えているのは、私だけ。
それは、この男が本当に人外の類であることを証明するのに十分だった。
私は、夕食もそこそこに、ひとり部屋にこもった。
家族
私は部屋に戻ると、勉強机代わりのちゃぶ台の前にどっかりと座る。
ちゃぶ台の隅には、積み上げられた宿題の山が肩身を狭そうにおいてある。明日の授業の予習である。勿論、やるつもりは一際ない。それよりも、まずやるべきことがあった。
私はノートパソコンを引っ張り出して、机の上で起動させる。
部屋の時計は、夜中の一時を過ぎようとしている。けれど、ちっとも眠くはない。むしろ目はさえている。
「徹夜する気か?寝ろよ。肌に悪いだろ。」
いや、見知らぬ男が家に上がり込んでいる状態で寝れるか。人の肌の心配をする前に常識をわきまえたほうがよろしい。
横から覗き込んでくる男を無視し、私はパソコンが立ち上がるのを待つ。
「いつもこんなことをしているのか?」
「一日くらい別に大したことないよ。三日はきついけど。」
「何するんだその三日。」
「定期テスト三日前。」
ようやくパソコンが起動した。結構前の機種なので、性能がよろしくないのである。
私はおなじみのインターネットのキーワード検索の画面に、『死神』と打ち込む。
「俺か。」
「あんたのことよ。」
とりあえず、片っ端からみていこう。
マウスを操作して、記事の内容をざっと読んでいく。
一般的に死神と言うと、黒基調の傷んだローブを身にまとった人間の白骨、である。大鎌を持っていたりもする。
私の中での死神のイメージというのはまさにそれだ。出てきた画像も、小説で異様に美化されたいわゆる人型の“死神”を除き、大半がそれに準じたものである。
だが、この男はいかがだろうか。
色褪せたジーンズに、よれよれの白いセーター。季節外れの恰好をしているせいか、現実と浮いた存在感を持ってはいるが、ぬぐい切れぬ人間味がある。というか、他人に見えないところ以外はすべて人間である。むしろ、幽霊と言われた方が納得だ。
・・・・・なんにせよ、結論として言えるのは今目の前にいる男は世間一般的な『死神像』に当てはまる見た目でないということである。こんなくたびれたおっさんが死神だったら、病院は今頃“死神”で溢れかえっていることだろう。
「あんた、本当に何者なの?」
「だから言ってんだろ。死神だって。」
「人のことをなめてる?」
「なめてねえよ。」
この男(自称・死神)、なかなか手ごわい。
嘘を言っているようには見えないが、同じように本心も見えない。
何を考えているのかよく分からないから、信用していいのかさえ分からないのだ。
私は質問を変えることにした。
「仮にあんたが本当に死神だとして、なんで私だけに見えるのよ。」
普通こういう類のものは人間の目には見えないものじゃなかったか。気が付かないうちに魂を持っていかれるのでは。俗にいう、“死神の大鎌”とやらでざっくりと。
そうではなかったとしても、超能力や霊能力なるものがないと見えないはずだ。
もちろん私にはそのどちらもない。生まれてこの方、幽霊・妖怪・都市伝説の類に一切無縁の人生である。
「それは俺らの気分だ。」
「気分?」
「死者の前に姿を現すときもあれば、現さないときもある。今回はたまたま、俺が対象であるお前だけに見えるようにしているだけだ。」
なんて適当な。
もしそれが本当ならば、私は運悪くその偶然にあたり、死神から余命宣告を受けるという哀れな人である。
「わざわざ一週間前に出てきたのは?」
「そりゃあ、そういう決まりだからだ。死亡日時からちょうど168時間前・・・つまり、七日前からその死亡予定者の記録をつけるんだよ。」
「はあ・・・なんか役所みたいなことするのね。」
「死んだ人物の魂を回収して、いろいろと細かい手続きをして終了。そんなもんさ。」
「夢がない。」
「死後に夢を求めてどうするんだ。」
「転生とかないの?」
「あるかもしれないが、俺らの管轄じゃねえ。だからよく知らん。」
地獄とか天国とか、死後の世界はもっとちょっとしたファンタジーじみた世界観を想像していたのだが、思っていたよりもずっと、生きているときとたいして変わらないらしい。それを思うと、ちょっと死後の世界に親近感を抱く。
この死神を名乗る男はやたら人間臭いと思っていたが、どうやら案外人外というのは私達が空想するよりずっと現実的なモノなのだろうか。
と、そんなことを考えている時点で私の頭はすでにこの男を死神と確定させようとしている。
私は慌てて脳内で死神というワードにカッコをつける。
とにもかくにも、ごちゃごちゃと考えたところでいたしかたない。
私はパソコンを乱暴に閉じると、座布団に背中から倒れこむ。
ぐるりと視界が90度回転する。
古い木造建築の天井には、至るところに染みがある。もう見慣れたものだが、今日はやけに目についた。
「・・・・・本当に、私は死ぬの?」
「死ぬさ。決定事項だからな。」
「見逃してくれるとかは?」
「俺が上司に殺されマース。」
非常にわかりやすい解答である。
逆にここまで明確で、はっきりとした物言いをされてしまうと、信じざるを得なくなってしまう。
「そっか、死んじゃうんだ。」
口に出してみても、やっぱり実感はわかない。
すべて御伽話の中だけの話にしか聞こえない。
けれど、この男の存在が、すべてを現実に落とし込んでくる。
「ねえ、」
もう、この男が死神かどうかなんて関係ない。この際、死後の世界があるなんていう、ファンタジーを信じてやってもいい。
もしも本当に私が死ぬ運命が決まっているのだとしたら、どうしても気になる。
「どうして、知らせたの。」
「そうさなあ、後悔して死んでほしくないから、かな。」
「何それ。」
いっそ、何も知らないまま死んでしまえてたら、良かったのかもしれないのに。
拝啓 死神様へ 狐花 @kitunebana
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