短編集

北極ポッケ

さみしい森のリス


森のリスは、今日もひとりぼっち。


その日森で見つけた、いちばんきれいなドングリをだいじにだいじに抱えて、森の水場へやってきました。


ここは願い事の叶う池。

むかしは森の動物たちが楽しく集う場所でした。


リスはひと息つくと、

しずかな池のその水面に「えい」と、ドングリを投げ込みました。

とぽんと落ちたきれいなドングリは、沈んだ底で七色に輝きました。



*ふわああああ



大きなあくび、

眠っていた池が目覚めたのです。

ゆっくりゆっくりと水面に波紋がひろがります。



*おはよう

 今日もきたのね ひとりぼっちの森のリス

 きれいなドングリをありがとう

 わたしの中にたくわえた 森の記憶を見せてあげる

 さみしいリスは なにがおのぞみ



「おねがい。水のなかの、みんなをうつして」



*今日もおなじ森のこと

 またしてもあの頃の森のこと

 なんどもなんどもおなじ森ばかり

 またあの森のすがたを見たいのね



リスは目をひらき、そっと池をのぞき込みます。

池にはふしぎな力があるのです。


水底で七色に輝いていたドングリから虹が生まれ、

水中に美しい七色のアーチが架かりました。


やがてその光が薄まると、ふしぎ、ふしぎ。

おだやかな池のなか、その水中に、

きれいな森の世界がうつしだされていました。


リスが見たいとお願いしたのは、この光景なのでした――……




水の中の、緑豊かな大森林。

この森には、いろんな動物たちが暮らしていました。


彼らは水の中でもあたりまえに息をして、

楽しそうにおはなしをして、

ごはんだっておいしそうに食べています。


「みんな。今日も、元気そうだね」


ひとり眺めるリスは、くすくす静かに笑います。

水の中の森に暮らす動物たちは、みんなリスの友達でした。



緑のコケのはえた道をのそのそ歩くクマ。

「あったかい背中で昼寝をするの、大好きだったよ」


きょろきょろと辺りを見渡すキツネ。

「困ったとき、たくさんたくさん助けてくれたね」


そのあとを追う、アライグマ。

「彼にはイタズラばかりしたなあ」


草かげで、じっと休んでるヘビ。

「きみはいつもお腹をすかせていたね」



そしてリスはじんわり涙をうかべ、思い出します。


かれらの生活を見守る、いちばんのっぽな木のうえ。

そこにいるのだという、きれいなきれいな、コマドリさん。


リスは、いちども姿を見たことがありませんでしたが、

コマドリさんの美しい歌声はいつでもやさしく、森へ響き渡っていたのです。


「どこだろう。コマドリさん、今日も歌っているのかな」


リスは、森の中にコマドリさんの姿を探しました。

かなしいことに、大森林は水の中。

いくら耳をすましても地上のリスにはいっさい聴こえてこないのです。


ならばひと目、姿だけでも。


コマドリさんは、あちらでもない、こちらでもない。

今日もコマドリさんの姿は、見つけられませんでした。


どんなに想いを馳せようと、

リスがこの森へ帰れることは、もうありません。


水の中のこの大森林は、

とうのむかしに焼けてなくなってしまっているのです――……




大森林に暮らしていた頃。

リスはまだ、ほんのこどもでした。

いつもイタズラをしては、森の動物たちを困らせてばかり。


それでも、かれらの輪の中へ入れてもらえてたのは、

コマドリさんの歌のおかげでした。


こどものリスは、

大好きなみんなの興味をひこうと毎日ひっし。

だからどうしても悪さがすぎてしまうのです。


この日のリスのイタズラは特にひどく、

森にかかる唯一の オンボロ橋 をかみ切り、

崖下の川へと落してしまったのです。


動物たちはカンカンです。

橋がなおるまで、森の外へ出られなくなってしまったのですから。


みんなを怒らせてしまう、リス。

みんなを哀しませてしまう、リス。


ほんのイタズラのつもりが、

しばし森の動物たちの心を傷つけてしまうのです。


ほんとうは、橋が落ちてしまうなんて思わなかったのです。

つなぎ目を少しかじって切れ込みをいれ、グラグラさせて、怖がらせてみようと思いついただけなのです。


それでも結果はこの通り。

怖くなったリスは、尻尾を巻いて逃げ出します。

その頃からです。リスは、このドングリ池のほとりでよく泣いていました。


「ごめんなさい……ごめんなさい」


すると、どこからともなくコマドリさんの歌がきこえてくるのです。



*ここにいるよ ここにいるのよ

 リスはひとり ここで泣いているのよ

 リスはくやんで泣いている

 森のみんなと なかなおりをしたいのよ



リスを追いかけてきた動物たちは、

泣きべそかいてひとりうずくまるリスを見つけると、涙をぬぐい寄り添ってくれました。


リスが謝ると、森の動物たちもこころよく許してくれたものです。


そうしてみんなで目をとじ、肩を並べあって、

コマドリさんの歌う美しい森のメロディをきいたのでした。


思えばドングリ池の、ふしぎな力について知ったのも、コマドリさんの歌のなかに登場したからでした。



*泣かないで ひとりぼっちの森のあなた

 森の中の池 大きな虹の架かる池

 ドングリをひとつ投げ入れて

 池はきっと目を覚ます 願いをひとつ叶えてくれる



この頃はまだ、

そんなふしぎな力が宿る池だと、リスは信じてませんでした……。




それは、ある嵐の夜でした。


真夜中でしたが、リスはひとり起きていました。

森の崖と、向こう岸の崖とをつなぐ オンボロ橋 をなんとか直そうと

小さな体で働いていたのです。


木を噛み切っては「よいしょ」と運び、

木を噛み切っては「よいしょ」と運ぶ。


これを何日もえんえんと続けていましたが、

今日はもう止したほうがいいかもしれません。


急に強くなった雨風……突如、リスはふわりとその体が浮き、

森の崖を飛びこえて、向こう岸まで飛ばされてしまいました。


ふしぎでした。

嵐で吹きつけてきた風とは、また違うような、得たいのしれない力でした。


「ど、どうしよう。森へ帰れなくなっちゃうよ」


リスが慌てたその時、……落雷したのです。


森の上空がぴかりと輝き、大きな音とともに突き刺さったのです。


それはコマドリさんがよくとまっていた、森でいちばんのっぽな木。

嵐の中、大木は燃えながらふたつに割れ、

バリバリバリっと、それぞれ右と左に分かれて倒れたのです。


リスは、はなれた場所からその後おこったすべてのことを見ていました。


ふたつに分かれた大木から火が移り、草木は焼かれ、

森はあっというまに火の海に。


眠っていた動物たちの悲鳴が上がり、

リスは恐ろしくなり、耳をふさぎました。


どうしてか、リスだけが安全な場所にいたのです。

森の崖を渡った、向こう岸にいたのです。


しばらくすると森の動物たち、

熊が、キツネが、その後を……アライグマが、ヘビが、

みんな連れだって、橋を渡って逃げようと姿を現したのです。


かれらは崖のふちまで来て、絶望します。

そういえば オンボロ橋は、あのリスのイタズラにより落されたままだったのです。


すでに何匹かの動物たちが、崖下の激しい濁流へ飛び込んだのですが……、だれも浮かんできませんでした。


動物たちは向こう岸をあきらめ、急いで森へ引きかえします。


「池へいこう」「そうだ、せめて水辺にいこう」「水の中へ飛び込んでしまおう」


うち、ひとりが気づきます。


「リスを見たか」「見てないよ」「うまく逃げているだろうか」「探さないと」


リスは、はっと顔を上げます。


しかし……動物たちは、向こう岸にいるリスに気づくはずもなく、森へ向かい走っていってしまいました。


リスを探す彼らの声が遠くなるまで……。そして、それからひと晩中。

リスは涙を流し、震えながらすごしました。

リスだけが、火の手のまわってこない、安全な向こう岸にいたのですから。


結局。大森林の火事で、森の動物たちはみんな死んでしまいました。


リスは思います。

リスのイタズラのせいなのです。

リスが落した橋のせいで、みんなが逃げ遅れてしまったのです。


しばらくして焼けた森へ帰ったリスは、ドングリ池のすぐそばで、逃げまどった森の動物たちの変わり果てた姿を見つけたのでした。


リスは何日もかけて、

ひとりひとりのお墓をつくりました。

新しい橋につかうはずだった木をかじり、動物たちの、いきた姿を彫りました。


そういえばコマドリさんだけは、やはり見つからずじまい。

のっぽな木への落雷で、いちばんはじめに死んでしまったのかもしれませんし、翼を使って空へ逃げたのかもしれません。


だとしても、もう二度と会えないだろうとリスは思います――……




いまドングリ池の水中には、

のびのびと生きてた頃の動物たちが映しだされています。


焼けてなくなる前の大森林。

動物たちはみんな元気そう。

元気に森で、暮らしてます。


リスが眺めるそちらの世界は美しく、とても楽しそうなのです。


「またみんなと、お喋りしたいなあ。そう、謝りたいなあ……」


リスは、涙を流します。


嵐が去ったその後。

すべて焼け焦げなくなったこの地で、リスはひとり生きてくことを決めました。


小さな木々を育てながらコマドリさんの歌を思い出し、

池へ願い事をはじめたのです。


最初の頃は、

とにかく近場で集めたドングリをたくさん投げ入れてみたり、投げ入れたすぐに、どぼん! と池へ飛び込んでみたこともありました。


でも、だめでした。


水の中の森は、投げ込むドングリの数を多くしても、長く映るわけではなかったし、

森のようすが映る池へ潜ってみても、そこはただの水中。

決しておなじ森へ行くことはできませんでした……。



*一日、いっかい。

 今日のぶんは、おしまい。



「また会いにくるね、みんな」


リスはひとりさみしく、新しい森の中へと帰っていきました。


焼けあとからリスが育てた地上の森は、ここまで大きな緑をとり戻しました。

あの火事の夜から、数えきれないほどたくさんの年月が過ぎたのです。

長い長い時間をひとりぼっちで生きたリスは、心から反省をしています。


リスの足どりは、弱々しいです。

じつは、もうすぐ死んでしまうのです。

でもリスは、たとえ死んでも森のみんなと同じ場所にはいけません。

池の中のおだやかな森の世界に、リスを迎え入れることはできないのです。


ずっと、いつか、寿命がつきても


リスはこの森でひとりさみしく眠るのです。






『さみしい森のリス』

 冬の童話祭2019〈逆さ虹の森〉参加作品。

 https://marchen2019.hinaproject.com/teaser/

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