やさしさだけでできた物語

 夕暮れの公園、ひとり縄跳びの練習を頑張る少年と、彼のもとに舞い降りた不思議な蝶々のお話。
 優しい物語、というかもう『優しさ』そのものです。いやこれ本当にすごい……世に優しい物語は数多あれど、でもここまで柔らかく暖かなお話は見たことがありません。ジャンルとして指定された「詩・童話・その他」、加えて「すこし不思議」というタグがものすごくしっくりくるというか、この作品から受けたこの『優しい手触り』をどう表現していいか、そのすべがまったく見つからないような気分です。
 それでもどうにか要約するなら、紹介文の「不思議な噂に絶えない街【推都(すいと)】」というのがきっとイメージ的にわかりやすい。物語世界、ひいては作品のコンセプトそのものを表現したような一文。この作品そのものはあくまで単話で完結しているのですけれど、でも舞台や設定を共有したまま連作になっていてもおかしくないような感触。つまり単話でありながら単話でなく、本作に描かれた範囲よりももう一回り大きな世界を感じさせてくれる、この読書感覚がとても素敵でした。どこか「町そのものが主役」みたいなところがある感じ。
 お話の筋そのものはシンプルで、主人公の少年の抱えた葛藤を、不思議な存在である『蝶々』さんが解決してくれる、というもの。いやこの表現だと若干の語弊があるというか、確かに解決はしているんですけど、しかし刮目すべきはその方法——なんとこの蝶々さん、別に「不思議な力を発揮して」みたいなことはしないんです。
 ただ遅くまで外にいるのを心配して声をかけて、うまく説得してお家へと返して、ついでにちょっとアドバイスしただけ。まあ不思議なおみくじをくれたりはするんですけど、それも実質は励ましの手紙みたいなもので、つまり蝶々さん自体は不思議な(現実には存在しない超常的な)存在であるにもかかわらず、解決をその不思議に頼らないんです。
 対話によってもたらされる光明。なんなら蝶々さん自体はただ勇気づけたくらいのもので、ほとんど主人公が自分で大事なことに気づいているようなところがあって、これがもう本当にこう、なんでしょう。優しいというか柔らかいというか、読んでいてなんだか嬉しくなってしまうんですよね。本当になんでしょうこの感じ……空気感というか雰囲気というか、これまで味わったことない衝撃の優しさ。
 あとはもう、単純に蝶々さん自身が好きです。この人(?)のキャラクターが、ていうかもう、優しい性格がドバドバ滲み出るようなこの口調! ずるい……こんなの一発で好きになってしまう……。いやもう、本当にいいもの見ました。ほっこりした幸せな読後感はもとより、なんだったら読んでる最中からずっとほっこりしちゃう、ただただ優しく幸せな物語でした。「好き」っていうのになんの躊躇もいらないお話です。好き!