蝶々は誰の為にいく

@yumesaki3019

第1話 初めての蝶々

『13…14…15…』

 夕焼けに染まる公園の中、少年…黒崎風人はひたすら縄跳びに熱中していました。他の小さい子達の帰る声にも気付いてなさそうです。

『あぁ、また引っかかっちゃった…』

彼は、クラスの中で誰よりも縄跳びが大好きでした。誰よりも上手であの二重跳びも上手くいけば70回を超えられる事が彼の中の自慢でした。

 そんな中、転校生の松尾大和が現れました。彼は…運動の天才でした。サッカーをさせれば誰も追いつけず、野球をすれば豪速球を投げる…小学生とはとても思えない実力者です。最初は苛立ちましたがその活躍を見ている内に内心悔しいけれどライバルとして認めつつありました。それだけなら良かったのですが…

 彼が大縄跳び大会の約一週間前に転校してきた事が問題でした。『俺が一番上手いから、俺をリーダーとして縄跳び練習しよう。』なんて言い出してきたのです。勿論彼の実力は理解しています。けれど自分の得意分野である縄跳びまで一番になってしまうのも、自分が引っ張ってきた皆との練習を変えられてしまう事も嫌でした。転校してきてからそれなりに仲良くはしていたのですが、どうしてもキツい口喧嘩になってしまい『じゃあ明日の放課後にどっちが縄跳びを一発勝負で100回以上跳べるかで練習のリーダーを決めよう』という約束をしてしまったのです。

 『69…70…71…72…!!』ペシッ!

辺りが暗くなる中、また引っかかってしまいました。体力が辛くなってきたのでしょうか、どうしても100回以上を出す事が出来ません。とうとう疲れ果てペタンと座り込んでしまいました。『こんなんじゃ勝てる訳ないよ…』『もう諦めようかな…』そう呟こうとしたその時

 『少年…少年!!!』『うわぁ!?!?』

突然アナウンサーの様な朗らかな女性の声が聴こえ、驚きのあまり後ろに倒れてしまいました。あたりを見回しても誰も街灯に照らされていません。

声は相変わらず聴こえてきます。

『こんな夜更…でもないか、こんな所で何してるんだい??』『お母さんお父さんはどうしたの??早く帰らないと雷が落ちちゃうぞー??』

『だっ誰???怖い人…???』

『いや怖い人じゃないよ!?えっ怖かった??本当にごめんなさい…』

『次から気をつけるね…』と、突然現れ、突然萎縮した誰よりも感情豊かな声に少し笑ってしまいました。怖い人でも悪い人でもなさそうです。改めて目を擦り辺りを見回してみると丁度一番近くの街灯に照らされた公園の石椅子に全体的に黒くも羽先がいつも見る500円みたいに輝いている蝶がゆっくりはためいていました。

 そういえば、一ヶ月ほど前からいくつかの新しい噂がクラス中で話題になっていました。「喋る蝶々がいるらしい」「夜の神社に屋台が出てるのを見た」「コンビニに居る猫について行ったら異界に行けるんだって」「図書室である本の返却期限を破ったらその本に取り込まれちゃうんだって」沢山の噂がある推都なので話半分で聴いていました。

 『噂は本当だったんだ…!!』『噂になってるの???結構気を付けてた筈なんだけどなぁ…』

 とりあえず帰らないかい??と言われお腹も空いていたので二人…いや一人と一頭…??はひとまずと帰路についていました。蝶々は黒崎風人の隣を黒くも金色に輝いた羽でふわりふわりと飛んでいます。

弟の持つ昆虫図鑑のどの蝶々よりも綺麗で人を惹きつける不思議な羽で…。

『で、話は戻るけど。大丈夫?聴いてる??』

『う、うん。結局は縄跳び以外の事を変えた方が良いって事だよね??』

『そうそう、私の話ちゃんと聴いてるじゃん偉い偉い!!』

『良い子ちゃんだねぇ』蝶々とは思えない程軽快に女性の声は続けました。『松尾大和君とはどうしても仲良く出来ないかな??』

つい黒崎風人は足を止めてしまいました。楽しげな女性の声は続けます。

『練習方針も一番は誰か決めるのも大切だけどさ、足並み揃えた方が手取り早くない??羽も大きさが違ったら上手く飛べないんだよ。それと同じでさ』

『でも…悔しいよ…!!!縄跳びだけは僕が一番だったのに…』手を握り締め今にも泣き出しそうです。

『あーうん…大丈夫だよ。大丈夫。君にも他にも良い所は沢山あるじゃん。』

『嘘つき!!蝶々は何も知らないじゃん!!』『まぁ知らないけどさぁ…素直な良い子なのは知ってるよ。今思うとさ、変な声が聴こえた時点で逃げ去るらしいじゃん。』参ったなと言いたげな声を出しながら蝶々は黒崎風人の肩に止まりました。

『ちょっと羽の下に掌置いて…。』ゆっくりはためくと黒崎風人の涙で濡れた手には金の粉…金の…御神籤らしきものが渡されていました。

『何…これ…??』『ちょっとしたお守りだよ。おめでとう!!少年が記念すべき初めてのお蝶々御籤受理者だ!!たった今決めたけど!!!』

『本当に…なんなの蝶々さんは…!』『あ、やっと笑ったね!!いやぁ子供の笑顔はやっぱり癒されるね!!!相談にのった甲斐があったよ!』

 そっちがずっと話しかけてきたんじゃん…と思いながらも噤んで居ると丁度明るい家と玄関前に居るお父さんとお母さんが見えてきました。『ここまできたらもう大丈夫そうだねー。初めてで怖がられたとはいえ色々楽しかったよ!!!!ありがとう少年!!!』満面の笑顔の様な明るい声にこちらこそ有難うと礼を言おうとした時には、もう蝶々は隣から居なくなっていました。玄関先でお母さんから抱きしめられながらも黒崎風人の掌にはしっかり蝶御籤が握られていました。

 その日の夜『お兄ちゃん何この御神籤??どうしたの??開けようよ!!』と兄弟の寝室で言われました。折角だし二人で開けて明日に備えるか、と思い開けた所驚きの結果が載っていました。

 その次の日、黒崎風人は珍しく朝早く起きました。お母さんの朝食準備をいつも以上にテキパキ手伝い、大好きなハンバーグもおかわりし、万全の状態で早めに登校しました。教室を掃除しプリントも用意しました。黒板の準備もバッチリです!!。曇り空のグラウンドを見ながら彼を待ち続けました。

 『えーっ…今日は松尾は風邪で休みだそうだ。今日の大縄跳び練習は黒崎に任せるぞ。…誰かがここまで準備してくれた所申し訳ないが』言いづらそうに担任の森川先生は伝えました。当然です。黒板には大縄跳びメンバーの跳ぶ順番が書かれており、更に黒崎風人と松尾大和の長所が書き連ねていました。本人は飄々顔のどこ吹く風ですがこれらは全部が黒崎風人が一人で準備しました。

 蝶御籤には次の様に書かれていました

『大(丈夫)吉。お互いの長所をしっかり理解し助け合えば大会以降も良好な親友になれるでしょう。というか君達なら大会がどうなろうと友人になれます。

深刻に考えなくても大丈夫。

強いて言うなら…お互いのどちらかが居ない時にも、何かしら相手の為にしてあげられたら尚更人生の親友になれると思います

蝶々が保証します。

最後に、少年!!

楽しかったよ、またいつか話そうね!!!』

 『あーあ…大雨だし風邪ひいたし最悪だ…。こりゃアイツが大会の練習リーダーになっちゃうな』

恨めしそうに窓から外を眺めながら少年…松尾大和は呟きました。彼は今迄スポーツで殆ど負けた事がありませんでした。あの時も自信満々で『俺が練習中のリーダーになろう』と宣言しました。『宣言した矢先にこれだからなぁ…アイツになんて言われるか…悔しいなぁ…』ただ、自分の体調以上に大会の事、そして黒崎風人に弱みを握ったかの如く色々言われる事が嫌で嫌で仕方ありませんでした。今思えば自信満々に黒崎風人の今迄の練習を否定した自分が悪いのですが…悔しくて認めたくありませんでした。そう思いながらもまた寝ようとベッドに戻り横になろうとしたその時、

「ピンポーン」

とインターホンが鳴りました。

 『誰だ…??』生憎、今は母は買い物に出かけており居ません。仕方なく玄関まで歩きドアを開けると

『…元気??』とぎこちなく笑う黒崎風人が居ました。

突然の事で言葉が出ません。暫くの沈黙のあと『何しにきた??笑いに来たか??』と言おうとしたその時モンシロチョウが目の前を横切り驚き背後に倒れそうになりました。間髪入れずに黒崎風人は手を伸ばし、腕を掴み身体を支えていました。

『えっと……体調大丈夫かなと思って……雨酷かったけど勝負もあったしやっぱ今日来るべきかなと思ったんだ』なんだよ…悔しがってた俺より黒崎風人の方が上じゃないか、と思いながらも

『なんか人が変わったみたいだな…どうした??』

と伝えました。昨日とは別人の様で心から驚きが隠せません。

『ほら…男子三日会わざれば刮目して見よって言うでしょ??』と笑い掛けられました。

『なんだよそれ!?』と笑い返しました。

『あーもう!悔しいけど…悔しいけど!!お前俺のライバルだよ!!!』

『それ僕も思ってた!!!!縄跳びだけは絶対負けたくなくてさ!!!』外の雨も漸く、雨も少しずつ止み始めた様です。

 この後、

『二人とも何してるの!?家の中に入りなさい!!!』と帰ってきた母親に連れられ二人はカレーと黒崎風人の持ってきていた林檎やみかんゼリーを食べ、お互い競いながらも今日の宿題も終わらせまし

た。次の日は快晴で約束通り二人は縄跳び勝負をしました。勝敗は…。

 『いやぁー漸く声が届いた訳だけど…本当に楽しかったねぇ!!』

『次も誰かに声かけてみようかなぁ???誰にしよう!』

夕焼けの中黒くも金に輝いた蝶々は今日も楽しげにはためいていました。

 ここは、噂に満ちた風の街推都(すいと)。今日も不思議な噂に優しく包まれています。

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