エピローグ 王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい

 夏を目前に控えた、ある日の午前だった。

 ウェストミンスター校の第二学年、つまり俺が所属している学年で記念すべき戦技ヴァジュラが行われていようとしていた。


「諦めろ、ハレルド。お前とエマ王女の相性は悪すぎるよ」


 ハレルド・ハールディという俺の友人にまつわることだ。

 俺に匹敵するウェストミンスター校の嫌われ男爵家ヴァロン。戦技の時は野獣のように相手を蹂躙する男が持つ連戦連勝の記録。 


 喜ばしいことに、ハレルドの不敗神話がついに崩れようとしていたのだ。


「イトセ! お前、俺の三手プッシュならもっとマシなアドバイスしろや! ウィル・ザザーリスの時はお前、頑張ってたやろ!」

「そんなこと言われてもなあ……」

 

 ハレルド・ハールディが相手にしているのは、エマ・サティ・ローマン。

 絶好調をキープしていて、学年中から恐れられているあの人がハレルドの相手だ。黒穴に守られている王女様を相手に、ハレルドは攻めあぐねている。


「エマ王女、強すぎやろ! どうすりゃいいんや!」

「だから諦めろって。お前の力じゃ、王女の防壁を突破するのは無理だよ」


 エマ王女はさらに強くなった。 

 黒穴の力加減を覚えて、戦技では圧勝劇を続けている。

 それに性格だって丸くなったように思う。今も聞こえる、王女様への声援が何よりの証明だろう。ん、いや。ハレルドが負ける所が見たいからか?


 でもエマ王女は確かに変わった。

 どこか人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していたからな。あれが無くなった。


「あの力は反則やろ!」

「ハレルド。それを言うならお前の力だって十分に反則だよ」

「ええんか、イトセ! 俺の記録が途絶えても! 友達やろ!」

「何の問題もないって。というより、負けろ。エマ王女を負かすのは俺だ」


 ――エマ王女と俺の戦技は延期になった。それが結論だ。 


 あの日、聖堂で起きた出来事は貴族社会を大きく揺るがす事態になった。

 ユリウス王子は人前に姿を現すことは無くなったし、閣下やエマ王女の機嫌があれから随分といい。怖いぐらいにさ。


 閣下に聞いても、何も教えてくれなかった。むしり知りたいのか? と言われたらぞっと背筋に寒気が走ったぐらいだ。


 まあ、俺が知るべきは薄っすらとした表層ぐらいで十分だと思う。

 エマ王女が今、幸せそうなこと。それで充分だ。


「エマ王女。ハレルドの代わりに俺が言います。降参です」

「イトセ、お前! ふざけんな! 俺は最後まで戦うぞ!」


 あの日以来、俺はちょっとだけ自分を出すようになった。




 けれど、変わらないものだってある。

 2年C組における俺の立ち位置は変わらない。

 相変わらずクラスの最底辺ってこと。まあ、変わったことが無いとは言わないけど。ほら、きたきた。うるさいやつがきたよ。

  

「オルゴット! 貴様、また宿題をサボったのか! クラスメイトの宿題を集める俺の気持ちを一度でも考えたことがあるのか? ああ?! 無視するなよ、男爵家ヴァロンが!」


 ウィル・ザザーリスがどっさりと書類の山を抱えている。


「確かにオルゴット! 貴様の戦技の成績は抜群かもしれないがな! 他の授業に手を抜いていいという理由にはならんはずだ! ああ!? 俺は何か可笑しなことを言っているか!?」


 相変わらずウィルの奴は俺に対して手厳しい。

 だけど、クラスメイトがこの前こそこそ喋っていた。ウィルは俺に対する態度が随分と変わったらしい。どこがだよ。


「仕方ない、俺のレポートを写せ! いいか、適度に間違うようにしろよ!? おい、分かったのか?! この野郎! 当然みたいな顔をするなッ! くそ、どうして公爵家デュークの俺が男爵家ヴァロンの面倒を見ないとならんのだ!」


 隣に座るエマ王女が小さく笑っている。

 こんなウィルと俺の関係が彼女には面白いらしい。ウィルはクラスメイトからこれ以上、脱落者を出したくないって気持ちは相当なもので、俺はそれを利用しているだけだ。

 やっぱり俺も変わったのか? 確かに図太くなったと思うけど。



 授業が始まった。

 外面だけは講義を聞いているように見えて、先生の話は右の耳から左の耳へ通り過ぎていく。頭の中では別のことを考えている。


 今朝、閣下から俺に新しい依頼がきたんだ。


 率直に言って、それは序列八位ナンバーエイトに相応しい難しい仕事だと思う。序列九位ナンバーエイトとしての仕事はエマ王女に関するもので、閣下の手駒として俺はユリウス王子を表舞台に出すために尽力した。


 新しい仕事も壮大な閣下の計画に、俺という小さな存在が組み込まれているんだろう。それを受けるか、否か。今、考えているというわけだ。


 依頼の内容は、『クラスの人気者になれ』というものだ。


 ……これはどう考えたらいいんだろう?

 だって俺は嫌われ者だ。ウェストミンスター校でも珍しい男爵家ヴァロンだ。これまでは一匹狼みたいな立ち位置で何とかやってこれた。


 に、人気者……? そんなの、俺から一番遠い存在だろ。

 無理だ、無理。絶対に無理。……どうしよう。

 だけど、頭ごなしに否定することも難しい。何だかんだ言って、俺は閣下に拾われたからこそ今の自分がいることを理解しているから。


 それに――閣下の指し示す先に、いつか再開したいと望む人がいるだろうことを、薄々と理解していたから。


「……」

 

 ――ん?

 隣の席に座るエマ王女が俺の机の上に何かを放り投げた。

 それは丸められたノートの切れ端だ。またか……広げると、そこには。


【やっぱり、特別ってこと?】

「……」


 返事はしなかった。

 知るか。それぐらい自分で考えてくれ。特別にも色んな特別があるだろ。


 俺は無視した。なのに嬉しそうに笑っているエマ王女、不快じゃないけれど、ムカついた。機嫌が良さそうな理由は、ハレルドを圧倒したからか?


 あ、またきた。ノートの切れ端。この人も飽きないな……。


【今の私なら、イトセ君でも余裕だとおもう】

「……」


 返事はしなかった。どういう意味だよ。


 残念だけど、エマ王女。貴方の弱点はもう分かっているんだ。

 あの日。聖堂で、ウィルの一撃が黒穴を切り裂いた。

 あれで俺は黒穴の弱点に気付いた。次に俺と戦技で当たった時は、黒穴の弱点を全校生徒の前でさらけ出してあげます。

 その時、エマ王女はどんな顔をするだろう。


「せんせー! エマちゃんが、さっきからイトセ君にちょっかいを出してまーす! 授業中なのに! よくないとジナはおもいまーす!」

「え? そんなことしてません! ジナちゃん、変なこと言わないで!」

 

 っていうか、エマ王女もさ。普通に休み時間とかに話しかけてくれよ。

 相変わらず俺とエマ王女のコミュニケーションは授業中の、このノートの切れ端を用いたやり取りに終始している。


 このやり取り、面倒なことこの上ない。

 だけどエマ王女はこのコミュニケーション方法を気に入っているみたいなんだ。


 俺とエマ王女の関係はただのクラスメイトの域を出ていない。


 でも、一部の生徒(特にウィル)には只ならぬ関係らしい、と知られている。


「ごめんなさーい。ジナの勘違いだったみたいですー、せんせ。続けてー」


 相変わらず、王女は俺との関係を秘密にしたいらしい。

 



―――――――――――――――

エピローグです。(一区切りのため、一応完結済みにしてきます)

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王女殿下は、俺との関係を秘密にしたいらしい(俺との関係って、何?) グルグル魔など @damin

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