#43 モノづくり、コトづくり
「やだなぁ。スタッフたちと打ち合わせですよ。う・ち・あ・わ・せ」
土岐が笑いを隠すように口を手で覆いながら、2人のもとへ近づいていった。
「ふん。そんなことはどうでもいい――オレのなにが乱暴だってんだ。言ってみろ」
和智の問いかけに「人柄そのものでしょう」とは答えず、創平は黙っている。土岐は余裕たっぷりにほほ笑むと、
「利益の計算に決まってます」
そう言って、くふふ、と笑った。
「さっきの話ですけど――遊部のこの企画、『ユーフォー・アタック・メガマニアックス』は、このイベント単発で貢献利益を計れるようなビジネスじゃありませんからね」
ほぅ、と和智が興味深そうに息を吐く。
「どういう了見なんだ。言いたいことがあるみたいじゃないか」
土岐は「もちろん」と頷くと、
「今回のイベントは、マスコミ――それも普段はゲーム業界をとり上げないような放送媒体にまで、強い興味を持ってもらっているのはご存知ですよね」
「当然だ。俺がそう仕向けるよう指示したからな」
和智の言葉で、(やはり本社の息がかかっていたのか……)と、創平は心の中でため息をついた。
土岐は創平と並び立つと、
「TVを視聴する時間が減ってきているとはいえ、その波及効果は未だ絶大です。本企画だけでなく、そもそものオリジナルである『ユーフォー・アタック』に関しての宣伝効果は、甚だ高いものであることは想像に難くありません」
和智が腕を組み、一息つく。
「続けろ」
「もちろん――先ほど取材を受けた番組は、関東キー局でもっとも早朝の視聴率が高いチャンネルです。普通に宣材を制作して、コマーシャルをスポットで流した場合、デイリーでも数千万程度は簡単にふっ飛ぶのはご存じですよね?」
和智は軽く頷いた。だが、つまらなそうに眉根を寄せると、
「確かに、フーバーの社名と『ユーフォー・アタック』の認知度向上には、このイベントによる貢献はそれなりにあるだろう。だが、オレが言いたいのはだな――」
土岐が人差し指を立てて、顔の前で小刻みに振るう。
「その結果がどう利益に繋がるのか、ですよね? もちろん、実例を示す手立てはございます。実は、先ほど複数の企業から取引の相談がありまして。長崎、大阪、愛知……それに上海のテーマパークから、『ユーフォー・アタック・メガマニアックス』の常設展示できないかと打診されました」
和智の片眉がピクリと持ち上がった。
「『ユーフォー・アタック・メガマニアックス』の
土岐がより一層、笑みを深めていく。
「社長だったら、コレ、どういう意味か分かりますよね?」
「……利益の取り分は?」
絞り出すような声で、和智が質問した。
「初期導入コストは
くふふ、と土岐が忍び笑いを漏らす。
「初回導入コストなんて、先方では分かりかねますからね。今回の規模を見て、おそらく大がかりなものだと踏んだんじゃないんですか? ……ほとんどタダ同然なんですけどね」
和智が何か考えるような所作で髭をさする。土岐は軽く頭を下げると、
「まだ稚拙な事業計画ですが――将来的な発展も視野に入れると、私は今回のイベントは大成功だったと確信しています」
和智が顔を歪める。目もとには愉快そうな色が浮かんでいた。
「まったく……回りくどい言い方をしやがって。ようやく理解できたぜ。お前はこの周年イベントそのものを、ショーモデルのように宣伝素材に仕立て上げたってシナリオを描こうとしてるんだな?」
「それ以外なにがありますー?」
「まったく……この性悪め」
和智が心底楽しそうに笑いだした。土岐も嬉しそうに表情を崩すと、
「ご賢察のとおりです。まぁ、だからこそ利益の換算をおこなうには、このイベント単発で賄えるハズがあり得ませんよね。先ほどの社長の仰りようを『乱暴だ』だと咎めたのは、そうした背景があったからなんです」
土岐がふり返り、まっすぐな視線で創平を見つめた。
「私は今回の企画を、単なる『モノづくり』だけで終始させる気はありませんよ。次のビジネスへの架け橋となり得る『コトづくり』にまで、発展させていくつもりですから」
和智が髪を撫でつけ、頷いた。
「なるほどな。言い分は納得した。これでもう確認すべきことは終わったな」
「……あれ、社長。どちらに?」
唐突に踵を返す和智に、土岐が問いかける。和智は背中越しに、
「土岐。いま聞いた話、さっさと事業計画をまとめて稟議にかけろ。オレの承認済みと一筆添えて構わん。早いとこプロジェクト化してしまえ」
ふり返りもせずに、そう答えた。そして、ピタリと立ち止まると、
「創平。よくやった――とは言わん。次はもっと楽に、デカく稼げるような企画を考えるんだな」
それだけを言い残すと、早足に室内から退場していく。遠巻きに見ていた運営スタッフたちが、慌てた様子で道を空けながら、深く頭を下げていった。
空間に蔓延していた緊張感が緩和していく。
「……はぁ、今度はホントにしんどかったぁ。あのおっさんのプレッシャ、絶対カタギのもんじゃないんだもん」
壁にもたれかかった土岐が、疲れたように息を吐く。額にはうっすらと汗が滲んでいた。
創平は神妙な面持ちで軽く頭を下げると、
「すいません、土岐さん。余計な諍いに巻き込んでしまったみたいで……」
「んーん。私が勝手に口を挟んだだけだから。それより創平くん。さっきはなんで言い返さなかったんだい?」
土岐が砕けた口調で質問する。創平は頬を掻いて、
「……ゲーム屋の仕事は、言葉じゃなく結果で語るべきじゃないですか」
その答えに、土岐は思わず失笑した。創平は少しだけむっとした表情になると、土岐から視線を外す。
「どう言葉を飾ったところで、数字はウソをつけないじゃないですか」
「だけどウソつきは数字を使うじゃないか」
ノータイムのカウンタに、創平は言葉を詰まらせる。すぐには反論が思い浮かばない。
土岐は含み笑いを堪えながら、ワザとらしく伸びをした。
「あ゛~。この忙しさで事業計画まで立てるとか、私、しばらく休むヒマもないんですけど~」
「ご愁傷様です」
「あっ、なに、さらっと関係ないみたいな顔してるんだい? もちろん、創平くんにだって手伝ってもらうんだかんね?」
室内にいる客に聞こえないよう、2人は声を押し殺しながら言い合いを始める。その様子を、近くにいたスタッフたちは微笑ましそうに眺めていた。
窓の外に広がっていた雲海はいつの間にか晴れ渡り、満月が煌々と夜空に浮かんでいる。まるでこのプロジェクトの先行きを暗示するように、月光が闇夜を払って宙を隅々まで照らしていた。
創造せよ、ビビデバビデブー! 十返 香 @TOGAESHI_Ko
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