#42 予想外の来訪者

 腕時計から鳴った小さな電子音で、時刻が21時を迎えたことを知る。ビルの閉館まで、あと1時間――創平は壁際に立ったまま、じっと静かに顧客たちの様子を観察し続けていた。


 今日の来店者は、ターゲットにしている層よりも、明らかに若い年代が多い。女性比率も想定より高そうだ。土岐が指摘した通りである。


(どういったマーケティング効果によるものだろう?)

 創平はそのことばかりをしばらく前からずっと考え続けていた。


 集客効果は、かかるマーケティング費用に正比例する。数多の想定外が発生するゲーム業界において、この点だけは明瞭なポイントだ。


 少ないマーケティングコストで集客を最大化させるなんてことは、マーケッタが古来より嘯く戯言でしかない。寡兵で大軍に挑むことを説く軍師並みに信用できない存在だ。


 思考がループを繰り返す。


 土岐を始めとしたマーケティングチームは、いったいどんな手段を用いたのだろう。少し前に休憩に入ったとき、別のスタッフから各種のSNSで軽くバズり始めたことを教えてもらったのだが、その頃から妙にモヤモヤしたものを創平は感じ取っていたのである。


 情報が拡散していった結果、効果にバフがかかるのは、商売として望ましいことだ。しかし、あまりの低コスト(最初に提示された予算から見て、おそらく500万もかけられなかったハズ)に加えて、これまでの実例を見た限り未熟そうなフーバーのマーケティングチームが、それを意図的に引き起こしたとは、どうしても創平には信じられない。


 創平は直立不動のまま、脳をフル回転させていると――


「人気IPの続編を創ろうとした場合、まず最初に考えるべきポイントはなんだと思った?」


 ふいにかかった野太い声で、思考が強制シャットダウンを起こし、意識が急速に現実へと引き戻されていく。


 創平の視線の先に、顔見知りの男性が立っていた。体格の良い大柄なスポーツマンタイプである。見るからに高級そうなスーツを着こなし、髭も豊富で若々しい印象の持ち主だ。知らないヒトであれば、とうに六十歳を過ぎているとは思えない外見だろう。


「社長」


 創平がポツリと呟く。


 ――和智良介わちりょうすけ。『!nvite Holdings(通称:インバイト社)』の代表取締役であり、『東亜洋行株式会社』の社長までを兼務する、日本ゲーム業界きってのフィクサとして名をはせている。


 どうしてここに、と言いかけた口を創平は閉じた。秒単位でスケジュールが管理される和智が、意味もなくこんな場所まで視察に来るなんてあり得ない。このイベント――引いてはプロモーション活動において、なんらか本社の息がかかっていることを、創平は直感した。


 その和智が、退屈そうに自分を睥睨している――創平は一息つくと、


「『伝統と革新』を如何に共存させるか、ってことです」


 その言葉に、和智は無表情のまま頷いた。


「そうだな。如何に客を飽きさせず、シリーズまで昇華できうる商品を創っていくのか――どんな組織であれ、シリーズらしさという核を継承しつつ、過去作とは異なるものを作るバランスは、お前が言ったように『伝統と革新』の比率が重要になってくる。まぁ、これがシリーズ開発の醍醐味なんだが、もっとも難しい点とも言えるがな」


 和智が感慨深げに髭をさする。


「IPを守ることと、商品仕様をマニュアル化して守ることは、同義じゃないですからね」


 創平の返答に、ようやく和智がうっすらと笑みを浮かべた。


「分かってんじゃねぇか。ゲームを芸術品のように崇め奉るバカもいるが、この業界はしょせん水商売……ただの娯楽なんだから、同じような刺激のモノを創り続けられるハズがない。必ず飽きられる。娯楽をIPとしてまで昇華させ、多くの客に長期スパンで楽しんでもらうためには、その時代・時代に応じた変化なくして持続させるなんて不可能だ」


 和智は一息に言うと、重い足音を響かせながら、創平に近寄った。


「久しぶりだな、創平」

「……ご無沙汰してます」


 和智の目を見上げながら、創平は軽く会釈をした。和智は壁際にもたれかかると、


「なかなか良い仕事をしたみたいだな」

「恐縮です」

「人手もぼちぼちと集まり始めている。顧客満足度も高そうな様子じゃねぇか」

「……」

「で、稼ぎのほうはどうなってる?」


 ピクリ、創平の肩が揺れる。和智は右手の指を折りながら、


「ワンゲームで同時プレイできる人数が、12人×4セットで48人。1プレイの所要時間は17分……前後のオペレーションを含めると、まぁ23分ごとに客足を回転させるってとこか。19時からビルの閉館22時までの180分しか遊べないとなると、稼働できるのはデイリーでせいぜい8回くらいが限度だろう」


 創平はには言葉を挟む余地がない。内容にまったく差異が無いからだ。


「プレイチケットが800円。それを48人×8回で最大384人分捌ければ……1日の売り上げは30万円くらいか。それを1か月続けれた売り上げは900万――」


 ふん、とつまらなそうに、和智が鼻息を吐く。


「ハッキリ言って小銭だな。これだけ運営スタッフをアサインさせていたら、経費を差っ引くとほとんど残らねぇんじゃないか?」


 和智が創平の顔を、見下ろすようにのぞき込む。


「なぁ、創平――これが出向してでもしたかったっていう、てめぇの仕事の成果だってのか?」


 創平は無言のまま、和智の視線を受け止めた。周囲にいたスタッフが、2人の様子を何事かと不安そうに見つめている。このプロジェクトを代表する創平に、本社の社長が詰め寄っているのだ。なにかトラブルでもあったのかと考えるほうが自然だろう。


 そこへ――


「いやいや、社長。さすがに乱暴すぎやしませんかね?」


 どこかヒトを食ったような声が、投げかけられる。和智はふり返ると、小さく舌打ちをした。


「土岐。てめぇ――オレを放っぽりやがって、今までどこ行ってやがったんだ」

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