#41 開発現場の裏話
『ユーフォー・アタック・メガマニアックス』は、市販のゲームエンジンを用いて作成しており、コントローラはUSBでPCに接続するアナログ形式をとっている。プレイヤが操作した自機の入力軸と動作は、ゲームエンジンに付随されたInputManagerで管理するのが当初の設計方針だった。
ところが、ここで問題が発覚する。開発が終盤に差し掛かっていた頃、このゲームエンジンに想定外の仕様不備が見つかったのだ。
JoyNumの値がJoystick 11までしか用意されておらず、12以上の入力を受け付けない――簡単に言うと、同時に遊べるプレイヤの数が11人までに制限されてしまうことが判明したのだった。
大勢のプレイヤでゲームを遊ばせるのは、ゲームデザイン面でも収益的にもマストであり、仕様変更は許されない。
御法川は、何としてでも納期に間に合わせつつ、より多くのプレイヤ操作を同期させる手法を考え出さなければならない境地に直面してしまった。
彼はすぐさま対応プランを検討し、手始めにUSB機器の増設――規格上は127個までつながるハズなので、入力部分をネイティブプラグインにすればInputManagerの制限も受けなくなるだろう――に挑んでみたのだが、よくよく考えてみれば入力部分をすべて作り変える必要性に思い至り、期間と工数からあっけなく断念することになる。
入力部分は現状ママで、ゲームエンジン側の処理だけで完結するプランを考えなければならないことに、今さらながら思い至っていた。
先の失敗から対応方針を定めた御法川は、ゲームエンジンの開発元に粘り強く問い合わせてみるも、あっけなく玉砕。こんなニッチな問題までサポートできないと、けんもほろろに断られてしまい、絶体絶命のピンチに追い込まれてしまったのだった。
「いやぁ、あのとき遊部氏の助言がなかったら、ほんと詰んでたと思うよ」
御法川が遠い目をしながら、しみじみとため息をつく。
では、創平が提案した回避策というと、言われてみれば至ってシンプル――ネットワークゲームのように、ゲームの動作とプレイヤの入力を分けるという考え方だった。ゲーム自体はサーバ側で動かし、プレイヤの入力をクライアント側で取得後、サーバに送るようなモデルである。
「実際のネットワークゲームとなると、インターネット上にサーバを構築し、入力をネットワーク経由でやり取りするから保守が必要になるけど、これをローカルネットワークに落とし込んでしまえば、とりあえずは対処できるでしょう?」
創平の意見に光明を見いだした御法川は、さっそくその手法に飛びついた。初期構想よりもクライアント用に別のPCを用意する必要があったものの、ソフトを再開発する期間や作業工数も現実的なものであり(御法川が2週間ほど会社で泊り込めば巻き返せるレベルだった)、本プロジェクトはこうして危機をのり越えていったのである。
「ほへー、そんなことあったんすねぇ」
久利生がクッキーを囓りながら、興味深そうに言った。隣に座っていた艸楽も、
「御法川はん、顔まっ青になっとってね。ウチ、てっきり推しの声優が結婚発表でもしたんか思ったくらいよ」
その珍妙な例えに、土岐が吹きだすように笑った。
「……まぁ、遊部氏と仕事してみて分かったんだけどさぁ」
「え、なになに、どうしたん? 唐突に」
憮然としていた御法川だったが、3人の視線を受けて、照れくさそうに頭を掻く。
「ディレクタ次第で、ゲームの出来ばえってマジで変わるモンなんだねぇ」
艸楽も苦笑しながら頷いた。
「あぁね。それは、まぁわかるわ……ウチはリテイク地獄で超しんどかったけど」
最後の一言に、土岐が忍び笑いを漏らす。
『ユーフォー・アタック・メガマニアックス』は、もともとがシンプルなグラフィックのため、艸楽であれば技術的な側面で苦労するようなことは起こりえない。
ただ、演出にまつわる部分――つまりセンス次第でどうとでもなる箇所で、なかなかに創平からの了承が得られず、苦戦していたらしいことは風の噂で聞いている。事実、ゲームをテストプレイをする度に、あらゆる演出が格段に向上していくのを見ることは、土岐のひそかな楽しみですらあったものだ。
「いやいや。リテイクとか、プログラムの方だって凄かったんだから。
「いやいや、そんな言うたらウチかてなぁ……」
互いの『してやられたぜ』エピソードを愚痴りながらも、彼らの雰囲気は悪くない。それどころか楽し気ですらある。いつの間にかその輪に久利生も加わって、みんなが知らなかった逸話を自慢げに語りだす始末だった。
土岐がその様子を嬉しそうに眺めつつ、
「創平くんってさ。プログラムやグラフィックのこと、ちゃんと理解してる節があるよね」
土岐の呟きに、
「……え? そりゃ本社でもディレクタしてたヒトですし、当たり前のことなんじゃないんすか?」
久利生が怪訝そうな顔で質問した。
「「いや、全然。そんなこと無いから」」
御法川と艸楽が異口同音に、ヒラヒラと手を振るって言った。
「土岐さんが言ってるのはね、えっとぉ……『ゲームで出来ることと出来ないことの境目が判別できてる』ってことなんだよ」
「はぁ……?」
久利生が小首を傾げる。まだ彼女の『現場経験値』では、説明しても理解するのは困難なのかもしれない。
ふふん、と土岐が相好を崩し、
「ところで。どうだった、2人とも。参加してよかっただろ?」
突然の問いかけに、御法川と艸楽が互いに顔を見合わせると――――苦笑しながら頷いた。
「え、えー。なんすか、なんの話っすか?」
不満げな久利生に、艸楽は肩を揺さぶられても、はっきり答えようとしない。
「ふふん。クリボーには、まだナ・イ・ショ」
「そうそう。お子ちゃまには、関係のない話だぜ……って痛。なに、クリボー。なんでオレだけ腹パンすんの? ねぇ、ちょっとぉ? これってもしかして…………新手の愛情表現?」
土岐はその様子を見て苦笑すると、
「クリボー。じゃれるのも程々にしなよ。御法川もね……んじゃ、私は打ち合わせがあるから」
そう言って席を立つ。ひらひらと手を振って、休憩していた他のスタッフたちにも笑顔を向けると、彼らは恐縮するように慌てて会釈した。
土岐が休憩所から退室する。時計を見て、創平との約束の時刻を確かめると――まだまだ時間には余裕がありそうだ。土岐は首を回すと、小さく鼻歌を口ずさみながら、ゆっくりと待ち合わせ場所に向かって歩いていった。
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