#40 状況ヒアリング
『ユーフォー・アタック・メガマニアックス』の営業開始から、二時間ほどが経過した頃。
同ビルの展望台より下階――従業者しか入れないエリアの一角に、今回のイベントに併せて用意したスタッフルームがある。と、その中から、
「なぁーに若いもんがダラダラしてるんだい。シャッキリしないか、ほらほら、シャッキリとーぉ、シャッキリとー」
土岐がぐるりと周囲を見渡しながら、あきれ声でそう言った。
「いやいや、土岐やん……お願いだから、マジでホンマにちょーっとだけ休ませてくれへん?」
折りたたみテーブルに突っ伏した艸楽が、ひらひらと片手を振って抗議する。久利生もおにぎりをほお張りながら、
「いや、アタシたち、昼過ぎくらいからぶっ続けで立ちっぱなしだったっんすよ?」
「そーだそーだ。メシもゆっくり喰わせてくれんとか、なにこの典型的なブラックきぎょ……ぁーうち!」
土岐がパイプ椅子を足払いして、文句を言っていた御法川が勢いよく床に転がり落ちる。室内にいた数人の社員が、その喧噪に何事かとふり返った。
土岐はニンマリほほ笑むと、
「やぁやぁ。忙しそうで何よりだねぇ。嬉しい悲鳴あげちゃってさ。ん? そうなんだろ、御法川ぁ」
「体罰だ……暴力だ…………コンプラ窓口に通報してや…………」
「え? なに? 聞こえなーい」
横たわる御法川の尻を、土岐が容赦なく踏みなじる。
「うぐぅ……女王さまの仰るとおりですぅ…………」
その様子を見ていた久利生が、イヤそうに顔をしかめ、距離をとるようにパイプ椅子ごと躰を動かしていく。そして、相良へ耳打ちするように、
「アレ、大丈夫っすかね? 思っくそ
「へーきへーき。御法川はんの業界ではご褒美や」
艸楽がペットボトルのお茶を一息に飲んで、興味なさそうに答えた。土岐が机にあるお菓子をつまみ、
「ねぇ、艸楽。ずいぶんと人手を増やしたけどさ。どう? 結構キツキツだったりする?」
「ぶっちゃけな」
「うーむ。クリボーは?」
「……え? あっと、そっすねぇ」
顔を引きつらせて、久利生が「えっへっへ」と愛想笑いを浮かべた。それに違和感を覚えた土岐が、少しだけ真顔になる。
あらためて室内の様子に目を配ると、大勢の表情に疲労の影が見てとれた。ここに詰めているスタッフたちは、土岐の号令で全国の直営ゲームセンタからかき集めた精鋭クルーである。それにも関わらずこの現状ということは――
(これは、ちょっと考えなきゃいけないなぁ)
土岐は頭を掻いて、ため息をついた。
そもそも、御法川・艸楽・久利生の3名が、現場の手伝いに駆り出されている時点で、プロデューサとして危険を感じるべきだったのかもしれない。
彼らをこの場に呼んだのは、『自分たちが創ったゲームを遊ぶ顧客の姿を直に見せておきたい』という創平の要望と、機材にトラブルがあったときのリザーバ的な働きを期待しただけの、シンプルな理由だったハズだ。
現役のクルーですら疲弊する作業のヘルプに駆りだすなんて、本末転倒もいいところではないか――
(創平くんだって、気づいたら運営の仕事してるし……これは私の落ち度だなぁ)
土岐が黙ったまま猛省する。今はもったとしても、数日後には破綻するかもしれない。すぐに増員プランを検討しようと、土岐は心の中にメモをした。
「――あ、それと。ザックリした現場の様子は創平くんから聞いてるけどさ、実際トラブルとかどうだったんだい?」
創平はアミューズメント絡みの仕事は初めてだから、彼の目には正常に見えても、実態としてマズそうな事案を見落としているかもしれない。互いの認識に洩れがないか、今のうちにヒアリングしておくのも悪くない。
艸楽と久利生が、互いに視線を交差させ、
「いや、そっちはぜんぜん。正直いって順調すぎて気味悪いくらいや」
「そっすね。今んとこ客トラブルだって起こってないし」
土岐は頷くと、つま先でゴンと御法川を小突く。
「ゲーム自体は? あとオペレーションもだけど」
「根っこがシンプルだから、
御法川が尻をさすりながら(若干、恍惚とした表情を浮かべて)起き上がった。
「そっすね。アタシたち、死ぬほど内製デバッグしたっすもん」
久利生が自信たっぷりに言う。だが、御法川は「チッチッチ」と指を振ると、
「いやいや、クリボー。その認識はちょっと甘すぎだって。ヒトが作ったものに完璧なんてあり得ないから」
「うん。それはまぁ、御法川はんの言う通りやね。神さんでもなければ、完璧なモンなんて作れんからな」
艸楽も苦笑しながら頷く。久利生は「え~?」と不満げな表情を浮かべた。
「そう考えると、作ってるときの方がトラブル続きやったもんな。御法川はんは、やけど」
「それって、ゲームエンジンのInputManagerのこと言ってる?」
「うん、そう」
「創平くんから報告だけは聞いてたけど。そんなにだったのかい?」
土岐が手近な椅子に座り、興味ありげに質問する。
「いやぁ、アレはマジでヤバかったから。シャレにならなすぎて漏らすと思ったもん。実際チビりかけたし。操作方法を根本から見直すとか、この規模のプロジェクトじゃ絶対あり得ないし」
御法川が躰をブルブル震わせながら、口をすぼめて言った。
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