#39 オープン風景

(……なにやってんだろ? あの3人)


 創平の視界を、久利生に引きずられるように歩く御法川たちが横切っていく。怪訝な表情を浮かべるも、耳にかけたインカムが小さなノイズを拾ったため、創平はそちらに意識を集中させた。


『――こちらD班入り口、待機列がそろそろ限界です。ビルの管理スタッフからも対処するよう通告を求められています。A班、応答どうぞ』


 創平が口もとのマイクを手で覆い、囁くように返答した。


A班本部の遊部です。状況、了解しました。幸い天気にも恵まれてますし、オープンを前倒しましょう。TVの収録もあと少しでパケそうなので、それを待ってから。今のうちに手の空いている待機スタッフは、適宜D番へフォローに向かってください」


 すぐにインカムから、複数の声で了承の応答が入る。


B班入場口、了解しました。受け入れ態勢に問題ありません」

「こちらC 班オペレータも大丈夫です。それと、本社から派遣されているスタッフ3名がD班のフォローに向かいました」


 それを聞いて、先ほどの久利生たちの姿を思い返す。あの調子であれば、現場へ着くまでにもうしばらく時間がかかるに違いない。


 創平は軽く咳払いすると、


「B班、C班、了解しました。A班より全スタッフへ通達。いま収録が終わったので、これより行動開始します……E班、聞こえてますか?」


 呼びかけから一拍おいて、野太い返答が入る。声の大きさと微細なノイズから、電波の悪い場所からの応答だろうと創平はイメージした。


「――こちらE班広報部。失礼。TV局スタッフのアテンド中でした。話はインカムで把握しています。何か?」

「予定時刻より早めにオープンする旨を、ビルの管理棟へ一報願えますか? ちょっと現場は手が……」


 創平の声が、明朗な笑い声で遮られる。創平が思わず顔をしかめると、


「いや失礼。E班、委細承知しました。もちろん喜んで。ついでに混雑で導線が乱れてしまった件も、我々から謝罪をいれておきましょう」


 創平の口もとがわずかに綻ぶ。相手を思いやる行動――それが自発的に提案される状況は、現場管理者として望ましい。現場の雰囲気がノッている証拠とも言えるからだ。


 創平が、相手に見えているハズもないのに、その場で軽く頭を下げる。


「こちらA班。E班スタッフのお気遣い痛み入ります。ぜひお願いしたいところです」

「E班、承知しました。お任せください」

「では――A班より全スタッフへ改めて通達。皆さん、これよりオープン開始です。はりきって稼いでいきましょう」


 凡そクリエイタとは思えない創平の言葉に、押し殺したような苦笑と応答の掛け声が、一緒くたになって返ってきた。



 現場の空気が流動を始めていく。



 オペレータスタッフが、にこやかな表情で待機列に近づいていった。それを見て、並んでいた顧客たちの顔にも笑顔が波紋のように広がっていく。


 創平が流れていく人並を見ていると、


「あ~しんどかった。今日はもう、早退したって許され――」

「――る訳ないじゃないですか。敵前逃亡は死罪って、昔から相場は決まってるでしょ」


 すっと現れた土岐の軽口に、そっけなく返答する。創平の手は、口もとのマイクを消音するため軽く握られていた。土岐はむっと眉間にシワを寄せながら、


「どこの時代の法律だい、それ」

「ゲーム業界の社畜法度じゃ、まだまだ現役でしょうに」


 ようやく創平が向き直ると、おやっとでも言うような不思議な表情を浮かべる。


「土岐さん――顔」

「なにさ?」

「いや、どうかしたのかなって」

「あぁ。愛想笑いしすぎたからね。ほっぺが痛くて」


 土岐が頬をさすりながら、「んっ」と上目づかいで顔を寄せてくる。


「ねぇ。さっき広報の子から聞いたけど、オープン早めたんだって?」

「ええ。予想どおり今日から混雑しそうでして」


 土岐は相づちを打つと、


「よかったね」


 唐突に創平の腰をポンと叩いた。


 当の本人は「……なにが?」と思考がフリーズしたように、土岐へ小首をかしげてみる。


「いや。お客さん、いっぱい来てくれたじゃん。少なくともイベントとしては、大成功だって言ってもいいんじゃないかい?」


 創平の様子が滑稽だったのだろう――土岐は含み笑いを隠そうともしない。


「あぁ」


 創平は憮然とした態度で、首を小さく横に振った。


「まだ全然でしょう。ようやく軌道に乗り始めたばかりですからね。常設イベントじゃないんで、最終的な数字が確定しないうちは安心できませんよ」

「ひねくれてるなぁ。せっかく誉めてあげようって思ったのに。カワイくない」


 土岐がぷくっと頬を膨らませて、創平の横腹を小突く。創平は軽く身をよじりながらも、


「にしても、土岐さん。今さらですけど、よく六本木ヒルズこんな場所を押さえられましたよね」


 素直な賞賛に、土岐が両手を腰にあてて、偉そうにふんぞり返る。


「くっふっふ。見直した?」

「正直マジで驚いてます」


 素直な詳細に、土岐が「ふふん」と機嫌よく頷いた。


「ちょっと伝手があってね。ビルを所有するオーナーに直談判できたんで話が早かったよ。70年代当時のユーフォー・アタックブームも体験してたみたいでさ、すっごいノリノリで交渉できて。あとは、私の色気でちょちょいとね――」


 土岐が躰をすり寄せたので、思わず創平は及び腰になる。土岐が意地悪そうに、小さく笑った。しかし、流れていく待機列の人並を見て、わずかに肩を落とす。


「あ~あ。リアルタイムでマーケ効果を深掘りできたらなぁ。こればっかりは、アーケード運営のネックなんだけど……今すぐどうこうできるコトじゃないし。なんかさ、創平くんがターゲットしたシニア層より、若い層がき過ぎてる感じしない?」


 逡巡した後、創平はわずかに首をひねる。


「……ここからじゃ、待機列の先頭しか見えないですからね。あと曜日もだけど。休日のこの時間は、どうしたって若い層に偏っちゃいますよ」


 創平にとって、アーケード開発は初めての挑戦であり、未だ未知が多分にある領域だ。今回のイベントに対するマーケ費用の分配も、あまりにコンシューマと勝手が違ったため、土岐とマーケチームの『良きに計らってもらった』経緯がある。


 マーケ結果が功を奏したか否かは、いま考えたところで答えがでるわけでもない。それが素人の創平であれば、尚更だ。


 お互い、無言のまま視線を彷徨わせていると、


「……オープン自体は問題なさげ?」


 唐突に土岐が質問した。


「もちろん。ぬかりありません」


 事実だったので、創平も即答で返す。そして、


「あ……そう言えば。土岐さん、今日の昼は本社に行ってたでしょ? この後どうするんですか?」

「え、なになに。寂しいかった?」

「いえ、そんなんじゃなくて」

「じゃあ、個人的な面談デートのお誘い?」


 創平は小さくため息をつき、


「そんなに面談したければ、人事と総務に通報してセッティングしてあげましょうか」

「スンマセン。セクハラ厳禁、コンプラ万歳」


 土岐がさっと両手をあげる。そのまま上目づかいで宙を睨みながら、


「んっと……今日はたしか……何件か営業の問い合わせとメディアの取材があるから、終日こっちにいるんじゃないかな」

「メディアって、またTV?」

「いんや、ゲーム雑誌媒体と新聞社。どっちもネットと紙面両方で掲載されるんだってさ」


 土岐が良いことを思い付いた、と言わんばかりに、軽く手を打ち鳴らす。


「そうだ、創平くんもどう? ディレクタなんだからさ、一緒に取材うけようよ」

「いや、前にも言いましたけど。ボクは遠慮しときますって」

「なんでさ。いまどき顔出しNG?」


 土岐が腕を持ち上げ、目元を隠すようにポーズをとる。創平は苦笑すると、


「ボクたちはどこまで行ってもサラリーマンですからね。広報やプロデューサでもない現場の人間が、表に出るってのはどうにもゾッとしなくて」


 そう言って、興味なさそうにそっぽを向いた。事実、自分の顔写真が載るくらいなら、そのスペースにゲーム画面のスクリーンショットを一枚でも多く掲載してほしいと本心から思っているので、この手の交渉はらちがあかないのは土岐も周知している。


 それでも土岐は、残念そうな顔をして手を伸ばそうとしたその瞬間――唐突にインカムへ緊急を知らせるSEがコールされる。一変して2人は表情を引き締めると、緊張の面持ちで入電内容に耳を澄ませた。


「――いまの回で、コンパネに不具合が出たっぽいですね。僕もちょっと、交換処理に立ち会ってきます」

「大丈夫そ?」

「たぶん。部品欠損があっても、今日明日くらいなら手持ちの在庫で賄えると思いますから」


 念のため、追加資材を開発センタに発注しておくのも悪い手ではない。創平がそう考えていると、


「あぁ、創平くん。1個伝え忘れたことがあって――」


 現場に向かおうとする創平の背中に、土岐が声をかける。足を止めた創平に、


「――あ、いや。あとででイイや。今日のクローズ間際に、ちょっとだけ時間もらえる? メッセ入れるからさ」

「……? えぇ、わかりました。じゃあ、そのときに」


 創平は怪訝な表情を浮かべたが、すぐに普段どおりの表情に戻ると、足早にその場を立ち去って行った。

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