7章 正否の判断

#38 感慨深い光景

「みなさ~ん、こんばんは! レポーターの犬養です!! 犬だけにぃ……わんわん! さてさて、今週もやって参りましたぁ!! いま流行りのモノを現地からご紹介する、トレンドスクランブルのコーナー! 今日はなぁんと、ビルそのものをゲームにしちゃって話題沸騰中のコレ!! 『ユーフォー・アタック・メガマニアックス』の特集を、ここ六本木ヒルズ52階にある屋内展望台よりお届けしたいと思いま~~~っっす!!!!」


 開放的な空間の隅々まで、マイクを手にした女性の声が反響していく。円形ホール内の壁面は、すべて強化ガラスが貼られているため、外の風景が遠くまでよく見える。空一面がどんよりとした雲に覆われており、周囲はかなりうす暗くなっていた。


 女性リポータの周りには、カメラに照明、マイクを携えた男たちが群がっている。朝に放送されるニュース番組のロゴが、彼らが着ているジャンパの背面に印刷されていた。



 季節はすでに8月の終わり。


 創平の企画提案から二か月――そして、完成した新作ユーフォー・アタックが一般公開されてから、早くも一週間ほどが経過しようとしていた。



「あっ、ほらほら、見てください。ゲームを遊びにきたヒトが、あんなにたぁーくさん並んでるんですねぇ! 開演は19時からなんですけど、1番先頭のヒトは……ちょっとお話を伺ってみましょうか。あ、こんにちはー!」


 オーバーリアクション気味にふり返ったリポータが、展望台入り口付近の待機列――その先頭の男へ愛想を振りまく。男は「オレ?」と自分の顔を指さしながら、


「……えっ、あ、はい、ども」


 と、キョロキョロ落ち着きのない態度で答えた。


「すっごい行列なんですけど、今日は何時から並んでるんですかぁ?」

「あ、お、お昼すぎからで……はい」

「えっ!? それじゃあ、もう6時間以上は待ってるんですね!?」

「はい、えっと、まぁ」

「スッゴーイ! みなさん聞きました!? それくらい人気ってことなんですねー!」


 リポータが目を大きく開いて、大げさにカメラにふり返る。カメラマンはヨリ気味に近づくと(余計なモノを映さないよう配慮しているのだろうか?)、リポータの歩調に併せてゆっくり移動パンしていった。

 

 リポータがアトラクション正面を背に立つと、ゲームコンソール全景が画角に収まるように、カメラの位置と絞りを調整していく。計算されつくしたようなコンビネーションだ。


 レポータは大きく息を吸い込み、


「じつはワタシも特・別・に! さきほど開演前にゲームを遊ばせてもらったんです! いやぁ~楽しかったなぁ……そのときの様子もパッチリ撮影していますので、みなさんにもちょっとだけお見せしちゃいますねっ! それではぁ……どうぞっ!!」


「――はい、カットぉ」


 撮影の責任者とおぼしき男の一声で、現場の空気がいっきに弛緩する。メイク箱をもったスタッフが、カーレースのピットインさながらにレポータへ向かって走っていった。化粧直しをするレポータを数名が取り囲む恰好で、次のカットについての打ち合わせが始まる。



「……なんなん、アレ。媚びとんの見え見えやん。あんなしょーもないんが、男ウケするん?」


 撮影場所から離れた壁際で、様子を見ていた艸楽がフンと鼻を鳴らした。


「見ててイラっとくるっすよね。イラっと」


 久利生が肘を直角に曲げ、拳をぶんぶん振り回している。


「クリボーさぁ、こんなトコで腹パンの素振りとか止めてくんない? もぉー、なんなんウチの女子たちって。戦闘民族なの?」


 あきれ顔で応じたのは御法川だ。3人とも会社のロゴマークになっている、ユーフォー・アタックの敵キャラが背面に印刷された真っ赤なスタッフジャンパに、チノパンという出で立ちだ。


 今回のアトラクションに従事するスタッフたちは、みな同じ衣装で統一されている。逆に言うと、この場で異なる恰好をしているのは、取材陣に顧客、それにビルの関係者しかいない。


「で。アレって結局なんっすか?」


 久利生が不躾に質問する。 


「アレとか……いちおうお客さんなんだから、指ささないの。朝礼でTVの取材があるって言ってたでしょ? ちゃんと聞いとけよなぁ」


 御法川がぷひーと鼻息をたてる。空調が効いているにも関わらず、額にはびっしょりと汗を浮かばせていた。


「どこの局やっけ? いつ放送するん?」

「それも話してたじゃん……艸楽って頭ポン? それかその年で更年期障害?」


 御法川がこめかみを指先で叩く。艸楽はニッコリほほ笑むと、御法川の足を容赦なく踏みつけた。ノイズが入ったのか、機材を確認していたテレビクルーがイラついたようにふり返る。手でクチを押さえた御法川が、苦鳴を押し殺しつつ、片手をあげて謝罪した。


「……あっ、土岐さんがインタビューされてる」


 小声で久利生が指さした方向に、3人の視線が集中する。 


「どこよぉ……ぷっ、あははは! ウケる、土岐やんごっつい顔しとんねんけど」

「いやぁ、見たことないイ~イ笑顔してるねぇ」

「アレ、内心そうとうイラついてんで、たぶん」

「写メ写メ」

「クリボー、止めときって。揶揄からかっとるのバレたら、あとで〆られるえ」

「よくて折檻くらいは覚悟しないとねぇ……あ、開発部の共有フォルダにパスかけた場所作っとくから、アップよろ」


 しばらくの間、面白おかしく見物していた矢先、


「や~、でもさぁ」


 艸楽が遠い目をして呟いた。


「ゲームが公開されてからまだ1週間も経たへんのに、なん、ずいぶん繁盛しだしたよね」

「わかるっす。2日目くらいまで微妙だったからビビッてたっすけど……ここ数日で波がきたみたいな?」


 久利生の言葉に、御法川も頷いて同意した。


「そだねぇ。今日は休日だし、遊部氏も『いちばん混雑するのを想定しておいて』って言ってたなぁ」

「あれ? そう言えば遊部さんはどこいったんすかね」

「あっこ、あっこ」


 艸楽が指さしたのは、取材をうける土岐――ではなく、その後方だ。久利生が目を細めて見て、「あっ」と小声を漏らす。スタッフジャンパが馴染み過ぎて気づきにくいが、仏頂面した創平が直立不動で立っていたからだ。誰に教わったのか知らないが、フロントスタッフの基本である『ヘソの下に右手、それを左手で覆う』ポーズも様になっている。


「なんやあった時んフォローでな。大丈夫と思うけど、土岐やんの側でスタンバっとんねんて」

「ふーん…………っす」


 久利生が無意識のまま唇を突き出した。今日は朝に姿を見かけたものの、忙しそうで話しかけるタイミングがとれず、なんだか面白くなかったからだ。


 ザザッというノイズに、御法川が装着していたインカムに耳をそばだてた。


「――ねぇねぇ。なんか、待機列のキャパ超えそうだから、開始時刻を早めたいってさ」

「げ、マジかい!? え、え、どこまで列が伸びとるんやろ?」

「2階のミュージアムコーンまで……っぽい」

「うわっ、それヤバくないっすか。1階ホールから溢れちゃってるじゃないっすか」


 久利生が目を見開き、口もとに手を添えた。


「アタシたちも誘導のフォローに……って、艸楽さん? 御法川さん?」


 2人は待機列を見つめたまま、その場を動こうとしない。久利生が思わず、艸楽の袖口へ手を伸ばすと、


「あ、ごめん、ごめん」


 艸楽は苦笑すると、頭をかきながら謝罪した。

 

「いや、なんか――スゴイ光景やん。ちょい、感慨深こうてねぇ。こっから離れ難かったんよ」

「うんうん。それ、オレもちょっとわかるなぁ」


 御法川が大げさに相づちを打つ。


「オレたちの作ったモノをさ、こんなに大勢のヒトたちが楽しみにしてくれるなんて、今までぜんぜん想像したコトもなかったからねぇ」


 艸楽も目を細めると、


「そそ。なんて言ったらいんやろ――まるで自分たちが、世間の皆さんから肯定されとるような――ヘンな気分になっとってかんわ」


 笑ってごまかしあう2人を見て、(あぁ、そっか)と久利生が表情を綻ばせる。


 2人にとっても、これが初めての経験だったのだ。作っていたゲームが、顧客に受け入れられてもらえるという現実を直視したことを。


 しかも、入社したての自分よりも、何年もおおく作業していて――



(だから遊部さん、スタッフとして参加しろって言ってくれたんだ)



 久利生はにやける顔を無理やり引き締めると、


「――はいはい、お2人とも。お客さんが待ってるっすからね。早くお出迎えする準備に行くっすよ!」


 声を押し殺しながら、艸楽と御法川の手を引いて歩く。名残惜しそうな2人には申し訳ないが、いまは彼らの感情に配慮するだけの時間もゆとりもない。


 久利生は散々なだめながらも、2人をエレベータホールまで着実に引きずっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る