6章閑話

#37_ext 衝動

「最近、なんかオモロイことあった?」

「ぜーんぜん」


 艸楽さがらの問いかけに、御法川みのりかわが顎についた脂肪を揺らしながら首を横に振った。


「運用系の更新案件ばっかで目新しいプログラムも暫く書けてないし……グラフィック班そっちはどうなんよ?」


 御法川の問いかけに、艸楽は顎に手を添え首をかしげると、


「うーん。こっちも似たようなもんやなぁ。別段、目新しいことはしとらんし」


 ふぅむ、と御法川が腕を組み、小さく唸った。


「じゃ、ヒマなん?」

「だったら良かったんやけどな」


 艸楽は苦笑しつつ、すっぽりと頭に被っていたパーカを手にかけ、顔を露にする。乱れた髪を手で撫でつけながら、


「また辞めてく子がおってな。その穴埋めをどーしたもんかと」

「あぁ……今度は誰なん?」

「一昨年くらいに新卒で入った子。御法川ミノリンは知らんと思うで。あの年のライン、これで全滅やわ」


 はぁ、と艸楽が大仰にため息をつく。気持ちを察したのか、御法川は神妙な面持ちになると、黙って夕暮れ時の空を見上げながらポリポリと頬を掻いた。

 

 

 定時を少し過ぎた時分の、蛯名開発センタ入り口付近。


 駅に向かう社用バスの停留所には、結構な数のトウア社員と一緒に、艸楽と御法川が並んで立っている。道が混んでいるのか、定刻になっても未だにバスは到着していないため、行列の長さはちょっとしたものになっていた。この場にいる全員が手持ち無沙汰な様子で、気もそぞろな雰囲気を漂わせ始めている。



 そうした沈黙の中、


「オレんとこもさ」

「……ん? なんよ急に」


 小声で喋る御法川に、艸楽が鼻にかかる舌っ足らずな声で聞き返した。独特のイントネーションもあって、慣れない者にはすこぶる聞き取り辛い。いろいろな方言が交じり合ってすらいるため、土岐からは『艸楽弁』と揶揄われたこともあるくらいだ。


 御法川はつっと遠くを見るような目つきになり、


「プログラム班もさ、来月くらいにまたヒトが抜けまして」

「おぉ、そっか。どっこも世知辛いもんねぇ」

「まだ繁忙期じゃないから、どうとでも対処できそうだけどさ……って、こんなこと、オレたちの立場じゃ言っちゃ駄目なんだろうけど」


 御法川が腹についたたっぷりの脂肪をさする。


「なんか、さぁ」

「ん」

「あ、いや、やっぱいい」

「なんよ? 男らしない」


 御法川の突き出た腹に、艸楽が肘鉄を食らわせる。御法川は「おふぅ」と間延びした声を漏らすと、


「いや。なんか面白い仕事あった? って聞こうと思っただけ」

「それ、最初にウチが質問したことやって気づいとぉ」


 もう忘れたと? と艸楽が苦笑を浮かべた。そして、


「あ……それで思い出したわ」

「なにを?」

「今な、例の新入りくんが、土岐やんに企画提案してるみたいやえ」


 御法川がへぇ、と息を漏らす。興味をもったのか、目が少しだけ大きく見開かれていた。


「それってやっぱ、例のヤツ?」

「そそ」

「通ると思う?」

「土岐やんは期待してるみたいやけど」


 ふぅん、と御法川が頷いた。艸楽は(スタッフアサインのことも考えてたみたいやし)と、独りで納得顔をしている。


「ミノリンはさ、創平あの子と話したことある?」


 御法川は見降ろし気味に艸楽を見て、


「もちろん。ちょっと前にも、プロジェクトで世話になったお礼がてら、お昼いっしょに行ったし」

「どんな子なん? 話したことないから、よぅ知らんくて」

「いや、普通だよ。大人しいけど。あんま本社っぽい感じがしなくて、逆にビックリしたかな」

「本社っぽいってなんやのん」


 艸楽が楽しげに、くくっと忍び笑いを漏らす。



 その時――バスを待っていた他の社員たちの列から、ざわっとした声が挙がった。



「ん、なになに?」


 背伸びして前の方を覗こうとする艸楽の肩を、御法川が軽くつつく。胡乱げな艸楽の視線をスルーしつつ、


「なぁ、艸楽。アレ……なんだと、思う?」


 御法川はそう言って、開発センタ2階にある大会議室の窓――今では光溢れるソレ――を指さした。



◆◆◆ 



「あれって、ユーフォー・アタック……やんなぁ?」

「そう。そうだ。絶対そう」


 御法川が呆けたように、同じ言葉を繰り返す。


「わ、アハハ……すっご、なんコレ、創平くん、こんなん作ろうとしとると?」


 艸楽の声が興奮気味に上ずっている。御法川は手にしたスマホで時間を確認すると、


「土岐さんたち、会議室にいるって言ったよね?」


 と念を押すような口調で艸楽へ質問した。


「せやよ」


 艸楽はいそいそとリュックからスマホを取りだし、スケジューラを御法川にも開示して見せる。ふぅん、と御法川は頷くと、唐突に開発センタの入り口へ向かって歩きだしていく。


「あれ? なん、ミノリン、どうしたと?」

「会議室に行ってくる。アレ、どうやってるのか直接見たいし。それに――」


 御法川がふり返って、屈託なく笑った。


「艸楽は気にならない? あんなの、オレ、見たことも聞いたこともないんだけど。やるんだったら、自分の手で創ってみたくってさ」


 そう言うや否や、御法川はドタドタと地響きを立てながら社内へ戻っていった。



 1人ポツンと残された艸楽の視界の端に、ようやく到着したバスが見える。艸楽は「あっ、あっ」と視線を左右に彷徨わせたあと、意を決したように、


「あーもー! ミノリン、ちょっと待って!! ウチもいっしょに行くから!」


 そう言って、小走りに御法川のあとを追いかけていった。

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