#36 そしてプロジェクトは立ち上がる
デモ操作によるゲーム進行も、終盤に差し掛かった頃。
ディスプレイ替わりの窓ガラスを占有するほど巨大なUFOが、ゲームステージに登場した。おそらくはUFOたちの
デモで動く16機の自機は苦戦しつつも、最後にはみごとな連携プレイを見せて母船を撃破してみせた。ゲームクリアを迎え、各々が獲得したスコアや撃破/被弾率がリザルトとして表示されると、各プレイヤの順位がその場で発表されていく。
ゲーム映像のデモはここでストップし、また
「最後に。このゲームの体験そのものが、守破離の『離』。新たな作風になります。プロジェクトマッピングを介したリアル空間でのシューティング。お客さまが得られる体験は前例のないモノになるでしょう。しかも、やっていることは旧来のまま――つまり、当時のプレイヤであれば……って言うか、シンプル過ぎて誰もがって感じですけど、なんの予備知識がなくてもすぐにゲームを習熟できるんです」
そう言って、創平は珍しく屈託ない笑顔を見せた。
「東京の上空から
土岐は両手を握りしめ、うつむき気味にプルプルと小刻みに震えると、
「すっご! いや、すごいよ、コレ!!」
興奮ぎみに創平の手をとり、上下にブンブンと力いっぱい振り回した。
「え、えっと。土岐さん……?」
困惑する創平に、
「ねぇねぇ! キャラの操作はどうやる想定なの?」
「あー、それは……オリジナル準拠ですよ。アーケード筐体のレバーを人数分だけ配列して、ひとつの画面上に操作結果を同期させて表示するんです」
ふんふん、と土岐が頷く。今回の映像はあくまでデモだが、創平のことだ――技術的に問題ないことなど、すでに社内の技術者へ確認をとっているに違いない。
土岐の手から逃れるように距離をおいた創平は、軽く咳払いすると、
「資材はコンソールにある倉庫のありあわせで大丈夫だと思いますよ。大量に在庫が残っていたし……変なデザインとかも蛇足ですよね、今回の場合は。それに投射装置だって、市販のプロジェクタ数台で済む算段がたってます。肝心の
「うん、そだよ」
「だったら、単純なハードウェアしか費用はかからないから、開発費は数十万ってとこで完パケできそうかな」
土岐が思わず「へっ?」と目を見開く。
(ありえない……なにそのコスト!?)
思わず手で口もとを覆ったのは、動揺を隠すための無意識な行動だ。今まで見ていたデモ映像だって、クオリティを鑑みれば、社外に頼んだらおそらく数百万は簡単に飛んでいくに違いない。
「……えっと、創平くん。座組はどうする? ってか、キミはどうしたい?」
創平は考える素振りも見せず、
「進行管理とディレクタ、あとゲームステージのプランニングは僕が担当します。プログラマは、ゲームと……プロジェクトマッピング用のソフト開発が必要かな。フリーソフトじゃ限界があるから。それでもシンプルなゲームだし、できる人なら1人で済むでしょう。グラフィッカも演出まで考えられるヒトを1名確保で。あとデバッグ要因に久利生さんはいてもらえると助かります」
「最低でも4名か――あ、あと工期はどう見積もってる?」
「単純な開発だけなら、2ヵ月もあれば――」
「はぁ!?」
土岐が素っ頓狂な声をあげる。あまりにも現実離れしたスピード感に頭がついていけず、余裕ぶった態度もどこかへ吹き飛んでしまっていた。
創平はその機微を察したのか、
「……スイマセン、さすがに見積もりが甘過ぎでしたかね?」
「そ、そうだよ、もぅ、ビックリしちゃったじゃないか」
アハハ、と互いに愛想笑いを浮かべ合う。少しの間、創平は考えこむと、
「問題が起きなければ、1.5ヵ月で完パケできるとお約束します」
先ほどよりさらに短縮した納期を提示されて、(ちがう、そうじゃないからっ!)と土岐が心の中でツッコミを入れた。
創平はそんなことなどお構いなしといった様子で、
「とは言え、プロジェクトマッピングだから、投射する
「あ、そっか。立地条件……どういう場所が良いと思ってるの?」
取り繕うように土岐が質問する。
「空と投射先がいっしょに視界に入るランドマークがベストかな。東京駅の外壁とか――」
「おっきなビルの展望室とか?」
「そうそう。集客を考えるとそっち方面が良さそうですよね」
言葉のニュアンスに、創平がなにを懸念しているのかを察した土岐が、なるほどと言わんばかりに頷いた。
「そっか、場所だけじゃなくて、シチュエーションも大事だよね……これ、夜以外にプレイできそうなのかい?」
「実験してみましたけど、まずダメですね。背景が暗くないとグラフィックの一部が見えなくなって、ゲームが成立しなくなっちゃうんです」
無念そうに創平が口もとを歪める。
「そう言う意味だと、かなり尖った企画なんですよ。この書類、事業計画書のたたき台なんですけど」
「ほほーう。ずいぶんと用意周到だね、創平くんは。どれどれ」
土岐は書面を受けとると、ざっと主要項目だけ目を通していく。計算式の確認は(創平ならきっと何回も検算しているだろうから)無視して見たが、このまま提出できるほど体裁がよく整っていた。ハッキリ言って、自分の同僚のプロデューサたちが作る資料よりも、よっぽど分かりやすい。
だからこそ、問題点も把握しやすいのだが――土岐が数字の一点を指さして、
「利益まで考えると、うん、コレなかなか計算が難しいみたいだね」
全体コストから導く1プレイ料金、プレイ時間から逆算した回転率、設置面積における家賃コストetc。おもに収支に関わる部分で、試算が乱れた痕跡――取り繕ったような数字の羅列を土岐は見抜く。
創平は困ったような表情を浮かべて、
「ええ。最初に偉そうなコトを言っておいて恐縮ですけど。どうすべきかちょっと悩んじゃってまして……」
「そっか。じゃあ、そこはもう考えなくていいから」
土岐は資料に目を落としたまま、キッパリと言い切った。
「そういうところをバランス良くやるのが、プロデュースワークの醍醐味だからね。そこは私の仕事であって、創平くんがリソースを削ってやることじゃない」
「えっと、じゃあ……」
「ほら、創平くん。外、見てごらんよ」
土岐は創平の手をひっぱり、窓際に立たせる。自分が見ている光景を共有するため、階下を指さして創平の背中に手をそえた。
「……あ」
創平が小さく息を漏らす。階下――正しくは正面玄関で定期便のバスを待っていた大勢のスタッフたちが、自分たちのいる会議室の窓ガラスを指さして、興奮したように騒ぐ光景を目にしたからだ。
「……ね? ウチのスタッフなら見慣れていて当然のゲームに、ほら――あんなに楽しそうにハシャいでる。アタシもね、そこそこ長くこの会社にいるけど、こんな光景は初めて見たよ」
土岐が満面の笑みを浮かべて言った。
「いやぁ、企画提案でこんなにドキドキするなんて思わなかったなぁ。これでOKださない方がどうかしてるって」
土岐は階下にいたスタッフたちに手を振って、窓際を離れると、
「んー。明日にはスタッフィングまで済ませて、今週中にプロジェクト承認の社内稟議とって……創平くん、朝イチで打ち合わせ、いい?」
「もちろん。2人でやります?」
「クリボー入れないと拗ねそうだからなぁ……あ、あとで私からスケジューラ押さえとくから」
「了解です」
「……ってか、そのクリボーはどうしたの? 今日はまだ見てないんだけど?」
「あ、忘れてました」
そう言って、創平が頭を掻く。
「サウンドの再生をお願いしていて、いまは放送室に……って、あ」
ピロンと聞き慣れた音がして、デモ映像を再生していたPCのディスプレイにメッセンジャが表示される。
そしてそのまま――大観衆が未だ見続けているデモ映像の中央に、
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From : tomoe_kuriu
To : souhei asobe
遊部さーん。
このデモ映像、いつまで映していたほうがいいっすかー?
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と、間の抜けた久利生からのメッセージが晒されることになったのだった。
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