エピローグ

―――本星への報告――――

この惑星の第一知的生命体(それらは自らを人類と呼んでいる)は、今回のウィルス拡散による集団免疫の獲得には至らず。すなわち、生物学的な進化は見られない。

この程度ではあれ或るレベルにまで知性が備わっている場合には、集団免疫獲得に至るスレッショルドを越える以前の段階において、医学的処方の確立に至ることは容易に想像される。つまり、集団免疫の獲得が云々される知性なのかどうかの閾値こそがこのレベルであるとも言える。

第一義的実験の成果としては、知性のレベル特定は成し得たとしてよい。

次に、行動様式の変化について。

広くウィルスが感染拡大するよう、各地域(なんとこの星の知的生命体は一つの組織集団に統一されておらず、「国家」と呼ぶ単位でバラバラの運営がされている)ごとに協力者を設置した。医学情報攪乱、防疫体制確立遅延、などの工作を行う者たちである。また、ある「国家」ではリーダー自らに事態を軽視させるよう工作を図った。

これは集団免疫獲得を試み感染拡大を図るための工作ではあったが、しかしながら、社会学的に行動様式の変化が見られ、以下の結果となった。

この惑星の第一知的生命体は、この実証実験を機に、集団での密閉空間での共同作業を忌避するように変化した。生命体同士の距離感が徐々に広がり、それ以前のこの生命体の営みに於いて見られた密接した関係は徐々に希薄になる。生命体個々も別々の活動空間を求めるようになり、そしてこれら生命体同士の直接の接触も低減が見られた。一つ一つの生命体が一定規模以上の居住空間に個別に生存し、閉じ籠って暮らすようになっている。

そのため、密閉された空間に、自分以外の別の者と一緒に収容されるという状況への耐性が徐々に低下していった。

かつて、この生命体の惑星では、ごく狭小な空間にいくつかの生命体同士で宇宙船に同乗し惑星外へ進出する試みを行っていた。自らを人類と呼んでいるこの知的生命体は、このスタイルでの宇宙飛行、宇宙への進出を長い間、続けてきた。これは遺伝子情報のかなりかけ離れた生命体同士が、狭小な空間で生命活動を共にし宇宙への進出を果たすということである。だが、このように遺伝的つながりの薄い生命体同士での狭小な空間(それらはこの空間をロケットと呼んでいた)に密閉された状態で宇宙への進出を行うことを、このウィルスによる自粛生活によって、忌避するようになったのである。

この知的生命体の存在する恒星系から外宇宙への進出は、彼らの時間感覚でいうところの200年~500年(報告者註:「年」という単位はこの知的生命体の存在する惑星が公転軌道を一周する時間単位のことであり、5.8538235×10^50 tpとほぼ同じと考えていただきたい。従って、左記期間は、1.1708×10^53 tp~2.9269×10^53 tp)ほど遅れることとなった。


ただ、このウィルスが猛威を振るっている期間中、この惑星が静寂を手にした数日間、本星への報告には最適な通信環境であったことを付記しておく。

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Evolution No.19 迫峰 茉芙歌 @lestat0331

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